~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~

『生きる』をかんがえる ~ 余命篇 ~

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photo credit:藍川芥 aikawake via Flickr (license)



白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



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日曜劇場『A LIFE 〜 愛しき人 〜』#1に、こんな場面があった。
http://www.tbs.co.jp/ALIFE/



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舞台は、壇上記念病院。



一流の脳神経外科医でありながら
経営手腕においても比類なき力を発揮する

壇上壮大(だんじょう まさお)は
http://www.tbs.co.jp/ALIFE/chart/

院長の壇上虎之介(だんじょう とらのすけ)にその力を見込まれ
入婿となって

娘で小児外科医の深冬(みふゆ)と結婚。



冷徹に数字を追う壮大と
あるべき医者・医療の理想を追う虎之助はたびたび意見が衝突しながらも

脳神経外科
心臓血管外科

二枚看板を持つ病院へとおおきく育ててきた。



ある日の朝も

所属医師らが全員参加する
経営合理化を進める会議の場で壮大が

小児科
産科

両科が利益化を阻む目の上のたんこぶだと言い放ち
小児医療が壇上記念病院の原点だと考える虎之介に噛みついた。



いつになく激しく意見が衝突し
譲らない壮大を声を荒らげて叱責する虎之介だったが
直後に胸の痛みを訴える。



それは以前よりあった違和感だったが

『ちょっと疲れているだけだ』

そう言って気丈に振る舞ったものの
夜になって容態が急変。

一時意識不明に陥る事態となる。



すぐさま二枚看板のひとつ

壇上記念病院第一外科部長であり
心臓血管外科の名医でもある羽村圭吾(はむら けいご)が診察に当たるが

心臓の状態
虎之介の年齢を鑑みると下された診断は

『持って半年』

非情なものだった。



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翌朝

深冬と壮大が『羽村がベストを尽くしてくれる』と伝えるが
虎之介は治せないならそれならばとある医師の名前を挙げ

彼に診てもらいたいと口にする。



沖田一光(おきた かずあき)



心臓血管と小児が専門の外科医だが

学閥が幅を利かす医学界において
日邦(にっぽう)大という無名の私立大学出身故に

手術の機会になかなか恵まれず
技術を高めることができないで燻っていたため

10年前壇上記念病院から
虎之介の尽力によって

シアトルの病院へと発った医師だった。



沖田の中ではこの渡米は

自身の将来のことを熟慮してくれた
虎之介の尽力ということになっていたが実は

研修医時代から交際していた深冬と一光の仲に嫉妬した壮大が
思いを寄せるふたりの仲を裂こうと

虎之介に進言し形にしたものであった。



『親友だからこそ一光を思って』と偽って。



虎之介も
深冬もこのことは知る由もなく

壮大は

深冬も
次期院長のポストもまんまと手に入れ

順風満帆のはずだった。



突然の名前に

『なんで?』
『わざわざシアトルから呼ばなくても』

深冬も
壮大も困惑の表情を隠せないが

虎之介は頑として譲らず
数日後沖田が来日する。



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嵐の予感がした。



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病院へ着くや否や
虎之介の寵愛を受けていた沖田は
挨拶もそこそこにすぐさま診察をはじめる。



胸の音を聴いただけで
手術不可能とした羽村の診断をあっさりと覆し


沖田:オペ、すぐにやりましょう。
深冬:治せるんですか?
沖田:あぁ、大丈夫だ。お願いします。


信じられないといった思いと不安が綯い交ぜになった
深冬の想いを晴れやかにするように力の宿った瞳で告げると

虎之介に深々と頭を下げた。



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手術前夜
院内に用意された一室

研修医時代
沖田と共に病院の屋上で練習した縫合の練習機を使って
あの頃と変わらない姿で黙々と手術のイメージトレーニングに励む沖田を

深冬が訪ねた。




深冬:

あの・・どんなオペでもなにが起こるか判らないから、父に伝えたいことは伝えておいた方がいいのかなって迷ったんだけど・・わたし、なにも伝えてなくて・・だから・・・

沖田:(不安でたまらない深冬の心情を察して力強く)大丈夫だよ。
深冬:(その言葉を受けて)父のオペ。よろしくお願いします。




二度目の大丈夫に深冬は
10年前の想いを乗り越えて沖田に父を託した。



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大丈夫の言葉通り

同席した羽村や羽村に付き従う
エリート意識と野心むき出しの心臓血管外科医 井川(いがわ)を前にしながらも

鮮やかな手術で成功裏に終わった。



はずだった。



翌朝、容体が急変する。



血液の流れを良くするため心臓に取り付けた人工弁が機能不全を起こし

懸命の蘇生措置でなんとか持ち堪えたものの
心停止に陥り低酸素脳症に。

人工呼吸器でなんとか命を繋ぐ
綱渡りの状態に陥ってしまった。



意識が戻らない父を前に深冬は
壮大にこう告げた。




オペするんじゃなかった。
沖田先生には、もうシアトルに帰ってもらっていいよね?




裏切られた思い



失意を抱えた深冬は
沖田にも同じ思いを伝えに行く。



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深冬:失礼します。

(床一面に広げられた資料の山を見て)

なにこれ?
はぁ・・昔から整理整頓が苦手でしたもんね。

沖田:だから一目で判るようにしてる。

深冬:えっ?こ、これ整理されてるの?
沖田:そう。
深冬:こんなに広げてなにしてるの?

沖田:

左心室の出口が狭いから、左室流出路狭窄解除の方法を全部調べてみたんだけど、壇上先生の症例にはどれも適用できない。

深冬:またオペするつもり?

沖田:まだ考え尽くせてないから。
深冬:そういうことじゃなくて。

沖田:まだなにか方法があるから。
深冬:もうオペをするつもりはないから。

沖田:本人がそう言ったの?

(無神経にも映るこの言葉に深冬は声を荒げる)

深冬:

口なんか利けるわけないじゃない!

(肩で息を吸い落ち着きを取り戻し)

父のオペはさせられない。
わたしは娘よ。

沖田:娘が諦めてどうすんだよ。

(笑みを浮かべて言ったことに言葉が鋭くなる)
(その言葉が背を向けた沖田に刺さる)

深冬:

大丈夫だって言ったじゃない。
なのに・・父は目を醒まさない。

はぁ・・・

わたしは、主人と5歳の娘と3人で穏やかに、幸せに暮らしてきたの。病院のことも、主人と父とでやってきた。意見がぶつかることもあるけど、ふたりとも病院に対する思いは同じだから、それなりにうまくいってるの。

それを、今になってあなたが現れて・・

帰ってください。
シアトルに帰ってください。




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深冬の言葉を受け止めながらも背を向け
壁面のホワイトボードに向かい
それでも手術の可能性を探る沖田。



そんな沖田に言いたいことは山ほどあるけれど
飲み込んで深冬は部屋を出て行った。



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深冬の言葉が刺さる。
だが、恩のある虎之助を完治させずにシアトルへは帰れない。



不眠不休で

医学書や論文
過去手掛けた6千件以上の手術記録といった膨大な資料と格闘し

手術の可能性を探る孤軍奮闘の沖田に援軍が現れた。



最初の手術に同席し
沖田の腕に感服。

一流の外科医を凌ぐほどの知識を持つオペ看護師 柴田(しばた)が
手術失敗で院内で孤立する沖田に援軍として加わったことで

行き詰まっていた沖田にあらたな視点が生まれた。



アイディアを出し合い
ついに虎之助を完治させる方法へと辿り着いた。



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(手術法を胸に全体ミーティングへ単身乗り込む沖田)

事務長 真田(さなだ):

院長が受けられたオペは倫理的に問題の可能性があるオペでしたが、危険を承知で院長自らのご意志で受けられました。これがもし患者様とのことでしたら、訴えられてもおかしくありません。きょうはもう一度コンプライアンスの見直しを榊原先生と共にしていきたいと思います。

顧問弁護士 榊原(さかきばら):
皆様にもう一度認識していただきたいのは、インフォームドコンセントの重要性です。

(ミーティングルームのドアが開き一斉に皆が振り返る)

真田:沖田先生、どうされました?
沖田:院長のオペを考えました。

集まった医師からの野次 A:なに言ってんだよ。
集まった医師からの野次 B:まだ切るのかよ。

沖田:院長のオペは

(沖田の言葉を遮るように立ち上がって言葉をぶつける)

井川:

なんでですか?
なんで切れるんですか?
院長意識ないんですよ。
一回失敗したんですよ。
なのにメス入れるなんて、怖くないんですか?
おかしいですよ。

(この言葉に加勢しようと立ち上がる羽村)

羽村:どうせ駄目だから、実験的オペですか。

心臓血管外科の同僚 A:よく恩師を切れるわね。
心臓血管外科の同僚 B:あとはもうそっとしといてやれよ。
心臓血管外科の同僚 C:切らなきゃもっと生きられたのに。

(その言葉を遮るように今度は沖田が想いをぶつける)
(その応酬をいたたまれない表情で聞く深冬)

沖田:

まだ出来るオペがあるんですよ。
心尖下行大動脈人工血管吻合術を行います。

井川:人の命、なんだと思ってるんですか!
沖田:知ってるんだったら教えてくれよ。

(その言葉に固まる井川)
(沖田を見ていた視線をそらす深冬)

沖田:

まず、前回取りつけた人工血管の当て布と人工弁23ミリを取り外して21ミリに付け替えます。2ミリ足りない分を左心房の心尖部を6ミリ切開。そこに、18ミリの血流を確保できる人工弁付き人工血管を縫合します。その人工血管と心尖部の横5センチにきている下行大動脈を縫合します。

羽村:

外科部長として認められない。
事務長、解散でいいですね。

真田:あぁ・・いや

(一斉に席を立とうとする同僚医師等)
(そんな姿を見て深冬の抑えていた想いが溢れ心の叫びとなって響く)

深冬:

ちゃんと生きてます!
父は今、生きてるんです。

さっきからもう亡くなった人みたいに言われて、腹が立ちました。
誰よりも、自分に腹が立ちました。
わたしも、もう無理だって諦めてたから。

父に叱られます。
父は眠ってるけど、絶対に諦めてないと思うから。

あの日、死ぬつもりなんか全然なくてオペ室に行ったんです。

(立ち上がってずっと視線を逸らしてきた沖田を見遣り)

沖田先生。
諦めないでオペの方法を探してくださって、ありがとうございます。

(泣き出しそうな顔・絞り出すような想いで)

大丈夫ですよね?

沖田:

ああ、大丈夫だ。
まだ終わりじゃない。
絶対に救う。

深冬:(変わらない力強い言葉に)

沖田先生。
父のオペをよろしくお願いします。




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再手術は無事終わった。



最初の失敗を不測の事態に変え
沖田は虎之助の命を救った。



頭を下げてお礼を伝える深冬の胸には
三度目の大丈夫がこだましていた。



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【シリーズ】 『がん』をかんがえる
http://ippunkan.blog.fc2.com/blog-category-64.html

ここで赤裸々な心情を綴ってきましたが
今ぼくは、末期がんの父を看取ろうとしています。

主治医から

『早ければ余命3週間』

と伝えられているからです。



9月21日に主治医から話があり
今週はその3週間目。

考えたくなくても
数字を意識してしまいます。

容体が悪くなりつつあり
重症化個室へと移動していることも

筋金入りのマイナス思考なぼくにとっては
あれこれ考えてしまう材料です。



最近の父は眠っていることが多くなり
まるで『眠り姫』ならぬ『眠り爺』。

痛み止めが効いていて
よく眠れることは良いには良いのですが

呼びかけても
体に触れてもなかなか起きることがなく

一日の9割は眠っているのではと思うくらいです。



先日お見舞いに出向いたときも同様で
『まぁ顔見られたからいいかな』と手を握り
『また来るわ』声を掛けて帰ろうとしました。



すやすやと寝息を立てる父を見つめていて

『痩せたなぁ』

と思いました。



おおきなおおきな背中を持つ父。
一回り縮んだと思いました。



肺の腫瘍が原発となっていることに加え
今では唾液さえも痰となってしまうため

痰のからみが始終酷く
量も増えてきているために

24時間体制で吸引のケアを受けています。



痰のために誤嚥しかねず
また嚥下障害も併せてあるために

入院してからの殆どの期間を

食べられない
飲めない

で過ごし、点滴で命を繋いできたからです。



枯れ枝のように痩せ細った手首に触れ
筋肉が削げ落ちてたぷんたぷんになった二の腕に触れたときでした。



指先に

どくん
どくん

脈打つ鼓動が伝わってきました。



ちょうど直前に痰の吸引を受けていて

痰がからむことも苦しければ
痰の吸引も口から鼻からで苦しいために
(今はしっかり取りきるために時間が長い)

終わった後の父は目を閉じたままで

眉間に皺を寄せ
歯を食いしばり

ひぃひぃ
はぁはぁ
ぜいぜい

肺の腫瘍によって肺が衰弱し
食べることも飲むことも出来ず

寝たきりで動けないために体力が低下していて
言葉を発することもままならなくなってきていて

誰に訴えるでもなく
じっと耐えているようで

脈の速さはそれを物語っていました。



指先に伝わってきた

どくん
どくん

力強く脈打つ鼓動。



苦悶の表情に重なって

『必死に生きようとしている』
『まだ諦めていない』

物言わぬ鼓動が
父の言葉を代弁しているようでした。



右手の指先に伝わったあの感触を
ぼくは忘れられません。



                    *



余命が告げられた人は『可哀想な人』なんでしょうか。
『気の毒な人』なんでしょうか。
『哀れな人』なんでしょうか。



他人様世間様の評は『もう終わった人』のように言われますが
今、父は生きています。



『余命』ってなんなのでしょう。



以前ぼくは『すべては遺言に』で
http://ippunkan.blog.fc2.com/blog-category-2.html


中学2年生の秋

父から母が末期がんに侵されていて
余命3ヶ月だと知らされたとき

ぼくのなかで
「時間=命」という想いが芽生えた。

その日から
母の言葉はすべてが遺言になった。

人は誰もが産まれた瞬間から
例外なく死へと向かっている。

そう考えると
余命を宣告された人の言葉だけでなく

目の前の相手が話す言葉はすべてが
遺言になるのだと思います。


想いを綴りました。



人間おぎゃあとこの世に生を享けた瞬間から
誰もが皆死へと向かっていきます。

カウントダウンが始まるわけです。

余命が告知された人というのは
ぼんやりと終わりが見えている。

そうではないぼくらは
いつ死ぬのかが判らない。



余命宣告となると誰だってうろたえますが
違いがあるとすればそれだけのことではないでしょうか。



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主治医から

『早ければ余命3週間』

と伝えられ、今週はその3週間目。

考えたくなくても数字を意識してしまい
肩に力が入り

あたふた
おろおろ

正直淋しさや怖さもありました。



電話が掛かってくると、びくっとしました。

『危篤』の知らせか
『緩和ケア病棟・ホスピスの空き』の連絡か

いずれか出るまで判らないからです。



でも、父のあの鼓動が

『早いか遅いかだけで、人間いつかは死ぬんだでな』

いつもの名古屋弁でそう言ってくれているようで

お別れの時が近づいているのではないかと
否が応でも数字を意識してしまう
しんみりというか辛気臭くなってしまいがちな3週間目に

気持ちをふぅっと軽くしてくれました。



『余命』と聞いて、大仰に構える必要はないんだよ。
『それはおまえもだろ?』ですから。