~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~





白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



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『雨に打たれてると、生きてるって実感が湧くんだ』
『存在を感じられるんだ』と言っていた人が居た。



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東京 ←→ 名古屋
日本 ←→ アメリカ

のちに13年間に及ぶ遠距離恋愛をしていた頃
彼女の高校時代からの一番の親友と逢う機会をセッティングしてもらった。



一番の親友『かもちゃん』は
彼女がぼくにずっと逢わせたかった人。

そして

彼女のご両親
特にたいへん厳格なお父様と共に

婚約者としてふさわしいと認めてもらえるかどうかのハードルとも言える人だった。



『ここでダメと言われたら・・・』
逢う前から戦々恐々としていた。



でも実際逢ってみたら

話に聴いて勝手に思い描いていた怖~い人ではなく
なんともなごやかにランチをご一緒することが出来て

帰り際には

『ヒロくんならだいじょうぶ。任せたよ』

太鼓判を押してもらえるほどだった。



その後かもちゃんとは
彼女を交えた3人でよく逢うようになり

女子会みたいなノリのなかで
『場違いじゃないかな』と思いながらもちょこんと身を置いていたら

あるとき、こんなことを言ってくれた。



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『なんか、ヒロくんが居ると話はずむよね』
『そうそう。なんだろう、なんか、不思議だよね』




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それまでのぼくは(というか今でもだけれど)

小心者で
筋金入りのマイナス思考で
極度のコミュニケーション音痴で

じぶんから声をかけたり
じぶんから人の輪に入っていくことが出来なくて

独りでいることが多かった。



勤め人には向いていないからとアーリーリタイアするまでは
職場などではかなり浮いていたと思う。



だから

人間関係の潤滑油ともいえる
ランチや飲み会は苦痛で仕方がなくて

『早くお昼休憩終わらないかな』
『早くお開きにならないかな』

なんて思いながらもその後の関係を考えると
さっとその場をひとりだけ離れることも出来ず

独り黙々と食べたり飲んだり
ただただ時間が過ぎるのを待っていた。



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見ているのは、時計とメニューばかりだった。



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人の輪に
話の輪に加わるのを
はなからあきらめていたわけじゃない。

でも、どう頑張っても踏み込めなかった。
(行こうかどうかで迷って身体を前後に揺らす感じ)



そんなぼくについたあだ名は

『お店の置物』
『マネキン』
『お地蔵さん』

あげくに

『居ても居なくても同じだから空気みたい』
『空気悪くするってわけでもないのがなんかムカつく』

とまで言われたこともある。



それならばと

吐きそうになるくらいのストレスを感じながら輪に加わるよりも
無理してキャラクターを変えるよりも

小心者で
筋金入りのマイナス思考で
極度のコミュニケーション音痴

そんなぼくの持ち味を活かして

じぶんから踏み込めないなら
輪に迎えてもらえる人になろう。

積極的に話せないなら
話しかけてもらえる人になろう。



逆張りをした。



そんな方向転換がいつしか

『なんか、ヒロくんが居ると話はずむよね』
『そうそう。なんだろう、なんか、不思議だよね』

ふたりのことばに結びついたのだと思う。



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その後は、ありえないようなおもしろい展開になった。



彼女と親友ふたりが逢う場だけでなく
ふたりの友達の女子会に呼ばれたのを皮切りに
あちこちから同席のお声がけをいただくようになったからだ。



基本、出かけて行ってその場に居るだけ。

例えて言うなら
作曲家エリック・サティが手掛けた

インテリアのように生活に溶け込む音楽みたいに。



シチュエーションは

女子会あり
読書や勉強などしている人の隣や向かいの席に居ることあり
ちょっとシリアスな場面あり
別れを切り出す場面あり
『好き』の気持ちを告白する場面ありなど

人の数だけバリエーション豊かだ。



一緒に食べたり
一緒に飲んだり(下戸なのでソフトドリンクオンリー)

相槌を打ったり
合いの手をいれたり
一緒に笑ったりもするけれど

振られてぽつりと話す以外は
特段ぼくから話すことはほとんどない。

『お店の置物』
『マネキン』
『お地蔵さん』
『居ても居なくても同じだから空気みたい』
『空気悪くするってわけでもないのがなんかムカつく』

以前言われたまんまだ。



それでいてお開きになったときには
『居てくれてありがとう』と感謝される。

聴き役に徹するのともまた違った
不思議で絶妙なポジショニングになっていた。



そんなこんなで

彼女と親友
その友人から広がって広がって

『ヒロくんが居ると、なんか話せる』
『ヒロが居ると、なんか落ち着く』
『ヒロさんが居ると、なんか盛りあがる』

へんてこなカタチではあるけれど今も
あちこちからひっぱりだこになっている。



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ぼくは、お酒が呑めない。



下戸体質は父親譲りで

洋酒がほんのり入ったスイーツを食べただけでも
親子ともども顔が茹でダコみたいに真っ赤になる。

社会人になって

お酒を交えたおつきあい
『呑みニケーション』がまったく出来ないことで

にぎやかな場に居ながら
ぽつんと佇むことが多かったように思う。



これもまた苦痛だった。



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こうした場に初めて出たのは
高校卒業後就職した新聞社。



高校卒業を控え
大学受験もせず

就職氷河期で
就職活動もうまくいかなくて

父の計らい(というかお情け)で
父が勤める新聞社に縁故入社したことで

『ご子息入社』
ぼくが一番嫌だなと思っていた形で噂になり

新入社員歓迎の場は
所属する部署の先輩方ばかりでなく

父と親交のある社員さんが
一目見ようとわんさか詰めかけて

なんだかえらい騒ぎになっていた。



でも

当の本人であるぼくは
『どうぞ』とみなさんから勧められても

まだ18歳だし(『そんなおかたいこと言ってんじゃないよ』という人も居たが)
一滴たりともお酒は呑めないし

その日初めて会う先輩社員さんたちを前に
次から次へとぼくのところへやってくる初対面の方に

じぶんから話すほどに話題が豊富というわけでも
相手をヨイショ出来るほど話がうまいわけでもない。



そもそも、人と話すのが苦手なのだ。

『フリートーク』なんて芸当はハイスペックな人がやることであって
低スペックなぼくにはあまりにもハードルが高過ぎる。

だから、いつだってフリーズして不審者扱いだ。



かといって

場を盛りあげる役になれるかというと
大勢の人の前に居ること自体がすごく緊張するので

身動き出来ずおとなしいまま。



結局、主賓級の良い席を用意していただきながらもそんなだから

挨拶程度でみんな他の人のところへ行って
それぞれのグループで盛りあがっていたり

父と話したりと好き勝手に皆さんやっていた。



お酒は呑めない。

『じゃあ、お酌は?』というと
視線が怖くて緊張して
手が震えて出来ない。

『なんだ、俺の酒が呑めないの?』
『酒もつげねぇのか。それじゃやってけねぇぞ』
『つきあいわりいなぁ』
『めでてぇ場なのになんだ、辛気臭い』
『お通夜か?お葬式か?』

なんて父に聞こえない程度に
ぽつりと嫌味を言われる。



話すのが苦手で隣近所の人たちとからめない。
場を盛りあげられない。

だからぼくは消去法で

食べる
ソフトドリンクを飲む

これ以外にやること(=やれること&やりたいこと)がなく
独り料理をぱくついていた。



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そうして終わった
見ているのは時計とメニューばかりの

食べる
ソフトドリンクを飲む

ばかりの新入社員歓迎会から数日後
まさかのごはんのお誘いがあった。



挨拶程度でまったく話せなかった
まさかまさかの女性陣から。



『どうしてだろうなぁ』
『面白半分のドッキリなんじゃないの?』

半信半疑のまま終業後向かったお店で
思い切って尋ねてみた。

すると、こんなことを言ってくれた。



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『だって、おいしそうに食べてたでしょ?』
『一緒に食べたらきっとおいしいし、楽しいと思って』




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主役なのにぽつんとしていたぼくを
そんなふうに表情まで見ていてくれた人たちが居てうれしかったのを
今でもよく覚えている。



それからも

ちょくちょくごはんに誘っていただけるようになって
彼女たちのご友人からも誘っていただけるようになって

とはいっても相変わらず話すことはほとんどなく

にこにこしながらちょこんとそこに居て
食べたりお茶を飲んだりしているだけなのだけれど

なんだか一緒に居るとごはんがおいしくなるらしく
なんだか一緒に居るとごはんが楽しくなるらしく

ありがたいことに退社後も
退社してから何十年と経つ今も

『ヒロさんって、ほんとうまそうに食べますよね』
『だから同じもの、つい注文しちゃうんですよ。太っちゃうとか忘れて』

なんてお声がけしてくださる方の人の輪を広げながら
変わらずにつづいている。



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連続ドラマW『本日は、お日柄もよく』第1話に、こんな場面があった。
http://www.wowow.co.jp/dramaw/ohigara/



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言葉のスペシャリスト
歌人 二ノ宮キク代(にのみや きくよ)の孫で

トウタカ製菓総務部に勤める OL
二ノ宮こと葉(にのみや ことは)は
http://www.wowow.co.jp/dramaw/ohigara/chart/

総務部から広報部への異動という不本意な内示
http://ippunkan.blog.fc2.com/blog-entry-296.html

幼馴染みで密かに想いを寄せていた
今川厚志(いまがわ あつし)の結婚というダブルショックの中

厚志の結婚披露宴に招かれる。



複雑な心中で新郎新婦を見つめ
心から祝福出来ない自分をもどかしく思っていたが

新郎の知人として登壇した
スピーチライター久遠久美(くおん くみ)の

祝辞が
言葉の力が
こと葉の想いを変え

気がつけば厚志に
『おめでとう』の言葉を贈ることが出来ていた。



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歌人の孫でありながら
言葉の力に疎かったこと葉だが
祝辞に心奪われていた。



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その余韻冷めやらぬなか

広報異動後の初仕事で
会社創立80周年記念プロジェクトチームの一員として指名された

社長のスピーチ原稿作成。



歌人の孫ということで期待され
少しは文才があるかもと臨んだものの

プロジェクト第1回会議で発表すると
役員にけちょんけちょんに言われて途方に暮れたこと葉。

渡りに船とはこのこととばかりに
勢いで久美の事務所に押しかけ

原稿作成を依頼する。



当然といえば当然だが

披露宴で顔を合わせた程度の図々しい申し出に
久美は多忙を理由に一旦は断る。

それでも食い下がること葉に
原稿は自分で書くよう釘を刺しつつも

自身の仕事を手伝わせてあげるから
原稿作成に必要なものを盗みなさいと

学ぶ機会を与えてくれた。



そこから

アフター5や休みの日を使って久美の仕事に同行し
言葉だけでなく一挙手一投足にも

全身を目と耳にして吸収。

短期間ではあったが盗んだすべてを注ぎ込み
自信満々に久美に差し出した原稿は

一瞥するとくしゃくしゃに丸められ
こきおろされる有様だった。



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なにが久美の逆鱗に触れたのか。
こと葉には皆目判らなかった。



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失意のまま迎えた翌日の出勤。

プロジェクトを成功に導くため外部から招聘された
広告代理店のコピーライター和田日間足(わだ かまたり)に

机の上に置かれた
くしゃくしゃに丸められた原稿のことに触れられると

久美にこきおろされたことを吐露し
『なにがいけないのかさっぱり判らない』と文句ばかり言う。



そんな悩むこと葉にヒントを与えられればと
自身の言葉の師匠を紹介したいと
日間足はこと葉は連れ出した。



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連れられてやって来たのは
老人福祉施設の庭園。



広告業界で知らない人は居ないと言われる
遣り手のコピーライター日間足が『師匠』とまで呼ぶ人。

いったいどんなすごい人だろうと思っていたこと葉。

『師匠』と呼ぶのだからこと葉は
てっきり施設に入所している人かと思っていたが

日間足に

『あの人です』

言われた視線の先に居たのは
入所者たちの話に一心に耳を傾ける

こと葉や日間足よりもやや年上の女性だった。



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北原正子(きたはら まさこ)

普段は大学で臨床心理学を教えているが
その傍らここで10年ほど

『リスニングボランティア』をしているのだという。



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(ボランティアを終えた正子と合流)
(庭園を歩きながら語らう)

こと葉:

わたし勉強不足で、リスニングボランティアのこと全然知りませんでした。
あぁやってお話をじっと聴くんですか?

正子:

えぇ。
お年寄りになると話がくどくなったり、同じことを繰り返してしまうでしょう?
それが疎まれるのが嫌で、話さなくなる人が居るの。
ただ話したいだけで、他にはなんにも求めてないのにね。

こと葉:

わたしには出来ないかも。
じっと聴いてられなくて、自分の愚痴言ったり、弱音吐いちゃうから。

(ベンチを前に)

正子:あぁ・・座らない?
日間足:どうぞ。
こと葉:はい。

(こと葉を挟んで座る3人)
(真ん中のこと葉の方を向いて)

正子:

わたしも昔はそうだったわ。
大学教授という立場に胡座をかいて、自分のことばっかり考えて。
病気の母親をひとりぼっちにしてたの。

(そう言うとおもむろに鞄を開けてなにかを取り出した)
(ちょっと照れくさそうに)

わたしの高校時代の生徒手帳。

(広げて見せるとそこには若き日の正子の写真)
(手渡されて見た写真にこと葉も日間足も微笑む)
(だが見開いたところにあった直筆の言葉に笑みが消える)


正子へ
生まれ変わってもあなたのお母さんになりたい
今度はいっぱいお話しましょうね


亡くなった母が書いたのよ。
ずっとわたしのお守り。

(ずしんとくるものがあり日間足を見遣ること葉)
(こと葉の目を見つめ『うん』と頷く日間足)
(手帳を返すと正子は手帳をじっと見つめる)

わたしに向かって話してくださるお年寄りは、みんなわたしの父であり、母なの。

(想いが溢れ言葉に詰まる)・・楽しかった想い。
辛かった想い。
ひとりひとりの想いを、今はぜ~んぶ受け止めたい。

こと葉:

北原さん。
さっき、最後だけなにかおっしゃってましたよね?

正子:

ひとことだけ言うの。
『たいへんですねぇ』とか。

(イケメンの日間足を見遣り)『素敵ですね』
(その言葉ににっこり微笑む日間足)

『だいじょうぶですよ』って。

百人いれば百通り。
千人いれば千通り。

相手の心にとことん寄り添って、一番大事な言葉を相手に届ける。
それが、リスニングボランティア。




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なぜ日間足が
こと葉と正子を引き合わせたいと思ったのか。



すくっと立ち上がり


和田さん。
ありがとうございます。


そう言って頭を下げたこと葉には
原稿を書くにあたって大切な『なにか』が芽吹いていた。



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食事の席などに招いていただいたり

『話したいなぁ』
『ちょっと相談があるんだけど、いい?』

そんなお声がけがあって出掛け

ちょこんと座って食べたり飲んだり
お話したり(といっても聴いていることがほとんど)

相談を聴いたりした後。



なぜだかおじいちゃんおばあちゃんに好かれるぼくに

あちこちで
初対面のときもあったりしながら
あれやこれやと話してくださったのを聴いた後

みなさんきまって

『ありがとう』

と言ってくださいます。



ぼくはずっと今まで

『(良い悪いをジャッジせずに)想いを受け止めてくれてありがとう』
『(途中でしゃしゃり出ず)最後まで話を聴いてくれてありがとう』

そんな意味での『ありがとう』だと思って
ひとつひとつ有難く受け取ってきました。



ですが

昨日観ていたドラマから
みなさんの『ありがとう』のほんとうの意味を

ぼくは知ることが出来たように思いました。



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NHK ドラマ10 『この声をきみに』
第5回『キスはどうですか?』に、こんな場面がありました。
http://www.nhk.or.jp/drama10/myvoice/



妻の病気を機に

誰もが知るラジオのアナウンサー職を退き
自宅で朗読教室『灯火親(とうかしたしむ http://yoji.jitenon.jp/yojib/838.html)』を開いている

佐久良宗親(さくら むねちか)
http://www.nhk.or.jp/drama10/myvoice/html_myvoice_cast.html



妻の病気があるとはいえ

自身はもちろん
その生活を支えるには

いくら蓄えがあるとはいっても
アナウンサーという職を離れるわけにはいかないでしょう。

人気や実績を頼りにしたフリーアナウンサーへの転身と言えども
成功の保証などなく

生活への不安は拭えません。



なにより脂が乗り
年齢的にも円熟味を増していて
仕事への魅力は捨てがたいはずです。



それでもなぜ人気絶頂期に退いたのか。



その訳を

朗読教室にひょんな縁から通うこととなった
人の気持ちがまったく理解出来ない数学者 穂波孝(ほなみ たかし)に

自宅書斎で語りました。



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妻は、病気でして。
ずっと入退院を繰り返してます。

生徒さんたちは僕のことを『愛妻家』と言ってくれますが・・とんでもない。

かつて僕は仕事にかまけて、妻が病気であることに長いこと気づけなかった。
病院で妻は言いました。


『私は、貴方に多くは望んでいません。
ただ、ひとつお願いがあります。
少しでいいから、私の話を聴いて下さい。
私は、私が今ここに居る意味を感じたいんです』


そう言われました。
・・で、僕は仕事を辞めました。




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Photo:Talking and Listening By:MTSOfan
Photo:Talking and Listening By MTSOfan