~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~

善き未来

Photo:Views By:Leo Hidalgo (@yompyz)
Photo:Views By Leo Hidalgo (@yompyz)



白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



                    *



                  343通目



                    *



茂木裕人(もぎ ひろと)の物語
http://www.tbs.co.jp/rikuou_tbs/character/group2.html
日曜劇場『陸王』より



                    *



高校時代

甲子園を目指すほどの野球青年だったが肘を痛め
夢を諦めることとなった茂木。

それでも腐ることなく
肘が駄目なら走ることは出来ると陸上部へ転向。

メキメキと頭角を現し
大学時代には箱根駅伝5区で

天才と称される毛塚直之(けづか なおゆき)とデッドヒートを繰り広げるが
力及ばず一勝しか出来なかった。



雪辱を誓い

ダイワ食品陸上部へと入部して
実業団ランナーとなった茂木は

同じくアジア工業陸上部員となった毛塚と
豊橋国際マラソンで再び激突することとなった。



大学以来となる対決は注目を浴び
予想通り茂木と毛塚が前に出てきた。

相変わらず毛塚は強いが
喰らいついて離さない茂木は

40km を過ぎた所でスパート。



このままぶっちぎりでゴールするかと思われたが
ブチッという鈍い音とともに茂木は力を失った。



関節や筋肉に負担のかかる踵から着地する走法であったため
練習時より違和を感じ懸念していたが
軽く見た不安が的中した。



倒れ込む茂木を見遣りながらゴールを目指す毛塚を

茂木はまだやれると何度も立ち上がろうとしては伏し
立ち上がろうとしては伏しを繰り返し

懸命に小さくなる背中を追いかけようとしていた。



その様子を中継で見ていた監督からストップが掛かり
チームメイトの平瀬に体を張って止められ
茂木は失格(=大会関係者以外が触れると即失格)となった。



この試合を自分に重ね合わせて見ていた男が居た。

100年続く足袋製造会社
『こはぜ屋』四代目社長

宮沢紘一(みやざわ こういち)だった。



しぶといことだけがこはぜ屋の強みでここまでやってきたが

斜陽産業となってきた足袋業界一本では
いよいよ先行きが危なかしくなってきた。

メインバンクの埼玉中央銀行行田支店で融資を担当する
こはぜ屋の味方でもある坂本から

このままでは今後融資が出来なくなる恐れがあるため
お金を生む新規事業へ早期に取り組む必要性を説かれていた。



宮沢は娘に頼まれたランニングシューズを買いに行った折

たまたま見かけた五本指のランニングシューズ
それも店員からこうしたものが売れていると聞き

これなら足袋の技術を応用出来るのではないかと密かな期待を寄せた。



シューズ作りのノウハウなんてない
夢見事とは思いつつも坂本に打ち明けると

坂本の紹介で知り合うこととなった
スポーツ用品店オーナー有村から

従来の踵から着地する関節や筋肉を痛めやすい走法ではなく

人間本来の走り方で足の裏全体で着地する
『ミッドフット着地』と呼ばれる走法を可能にするシューズを

100年培ってきた足袋の技術を応用して
開発してみてはどうかとのアドバイスを受けた。



『そのためにも一度試合を見に行ってみませんか』と誘われ
早速出掛けたのがあの茂木の試合と諦めない姿勢だった。



茂木は

半腱様筋(はんけんようきん)
https://bodix.jp/4666

と呼ばれる太腿裏の筋肉を痛めていて

サポート契約を結んでいるアメリカのスポーツ用品メーカー
アトランティス日本支社が持つデータによると

『過去この怪我から復帰した選手はゼロだ』と突きつけられる。



またこの怪我は

完治しても再発を繰り返す癖となる厄介な怪我で
フォームの改善が早急に求められているうえ

このまま走れないようならば用済みと
アトランティスのサポート契約が打ち切られることも意味していた。



彼らにとってランナーのサポートというのは口実で
提供するシューズ RⅡ(アールツー)を選手が履き

その姿が
もっと言えばシューズがテレビに映ることを求めており

それによる売上増大が本当の目的であったため
ランナーの危機にある茂木は打ち切りの可能性をちらつかせられ

まさに崖っぷちにあった。



リハビリと再起に向けたトレーニングを積んでいく茂木だったが
同じ走法で走っていては怪我の再発は目に見えている。

そんな時あの試合で

優秀な選手が怪我で再起出来ないようなことをなくしたい
怪我をしないシューズを作りたい
走る楽しみをいつまでも味わえるシューズを作りたい
できることならそれを茂木選手に届けたい

密かな想いを胸に秘め
形にしようと奮闘していた宮沢との出逢いが

茂木を支えることとなった。



まったくの素人が挑むわけだから
失敗作の連続でめげそうになる。

そんな時あの試合の茂木の姿が
なんとしてもと宮沢を鼓舞させた。



やがてひたむきな姿勢は

シューズの要といえるソール(底)の素材に天然の繭を原料とする
軽くて頑強な『シルクレイ』の製造特許技術を持つ飯山を呼び寄せ

まだなんの実績もない新参者のこはぜ屋に
アッパー素材(シューズ全体の布素材)を提供してくれる会社や

同業他社アトランティスを辞して開発チームに加わってくれた
シューフィッター村野をも呼び寄せ

宮沢の夢見事と思われたランニングシューズの完成へとこぎつけた。



シューズは、『陸王(りくおう)』と名付けられた。



理想的なシューズを手にした茂木は

シューズの
こはぜ屋開発チームと従業員一同の後押しを受け

アトランティスから見放されながらも怪我から再起。

復帰後の初戦となるニューイヤー駅伝で
再度対決した小塚を制しただけでなく区間賞まで獲得。

東日本チャンピオンズカップ(10000M)でも大会記録を塗り替えるが

ニューイヤー駅伝では
38℃の高熱をおして強行出場した毛塚の事実を報道で知り

東日本チャンピオンズカップの記録は
翌日あっさりと毛塚に塗り替えられ

復調の兆しに波風を起こし始めた。



いつしか頭の中は

毛塚
毛塚
毛塚
毛塚
毛塚

一度は見限られたアトランティスのサポート担当佐山からは
サポートしている毛塚の情報をこれでもかとよこしてくるために

ますます茂木の頭も心も毛塚で占められ
どうやっても追いつけない現実に気が狂いそうになる。



怪我でくすぶっている間に
毛塚はどんどん先へと行ってしまった。

復調し再度勝負して勝ちを掴み取ったものの
相手が本調子ではなかったのに勝ったと有頂天になり

大会記録を塗り替えても
翌日にはあっさりと塗り替えられてしまう。

加えてダイワ食品陸上部監督城戸からは

再戦を切望していて近々に迫った
豊橋国際マラソンへのエントリーを認められない。



なんとしても毛塚に追いついてやる。
追い越して打ち負かしてやる。

監督に自分の実力を認めさせ
なんとしても豊橋国際へのエントリーをもぎ取りたい。

毛塚ありきの想いに取り憑かれ
茂木はオーバーワークになっていた。



『なぜ豊橋国際マラソンのメンバーに選ばれないのか』
『俺と毛塚のなにが違うのか』

オーバーワークに加え
食ってかかる恥の上塗りのような姿を見かねた監督から

『今のおまえでは毛塚には勝てない』切り捨てられ
『なんのために走ってるのか頭を冷やして考えろ』

突き放される。



ニューイヤー駅伝で
完成した陸王を履いて走ったあの歓びを思い出していた。



翌日、練習場にはリラックスした茂木の姿があった。



茂木を見つけ
またも毛塚の情報を持ってきた佐山は

練習しない様子に
『余裕やな』『もう諦めたんか』挑発するが

茂木は『自分のために走る』
『自分の走りをする』と告げ

佐山が手渡そうとした毛塚の情報を
もう受け取ることはなかった。



                    *



35271169661_49a166717c_z.jpg
photo credit:藍川芥 aikawake via Flickr (license)



下屋加江(しもや かえ)の物語
http://www.tbs.co.jp/kounodori/chart/

金曜ドラマ『コウノドリ 命についてのすべてのこと』
6話『母と子を救え!チーム救命医療』より



                    *



ペルソナ総合医療センターに勤務する産婦人科医であり
素性を隠したピアニスト BABY としても活動する鴻鳥(こうのとり)サクラ

サクラの同僚 四宮春樹(しのみや はるき)を目標に
研修医から産科医となった下屋加江(しもや かえ)。



日々いのちと向き合いながら成長を重ね

配属から二年が経ち
随分と頼りにされ

逞しくなってきたある日のこと。

近隣にある『こはる産婦人科』からピンチヒッターを頼まれ
当直へと出向いた。



切迫早産で入院した34週の神谷カエは

同じような妊婦さんがランチに出掛けたり
すんなり出産している姿を見てきて

自分の周りに切迫早産で入院している人なんて居ないために
なぜ自分ひとりだけこんな形で入院しているのかと不安になり

夫の転勤で引っ越してきたばかりで友達もまだおらず
下屋が様子を見に来た時にはしくしくと泣いていた。



けれど

下屋からふだん勤めているペルソナには
同じような切迫早産で入院している妊婦さんも居ると聞き

下の名前が同じ『かえ』であること
歳まで一緒なことに打ち解け

いつしか涙も不安も消えているのだった。



当直を終えペルソナに戻った下屋は
お産に立ち会っていた。

だがなかなか産まれず

『胎盤用手剥離』という経験が必要な場面になったが
(=子宮内に手を入れ胎盤を取り出す胎盤娩出法)

助産師小松の
上級医であるサクラや四宮を呼んだ方がいいという忠告も聞かず

安易な判断で
また自身の力を過信し単独で行い

患者に苦痛を与えてしまう。



一歩間違えば患者さんの命に関わる。

サクラから医局で指導を受けた下屋だったが
納得がいかない様子でサクラと向き合う。


下屋:なので、次はもっと上手くやらないとって思ってます。

サクラ:

下屋、そういうことじゃないだろ。命を預かってる僕たちに、驕りは決して許されない。それがいつか、大きなミスに繋がるかもしれない。だから、誰かに頼ることも大切なんだ。

下屋:

でも、今のままじゃわたし、いつまでたっても独り立ちが出来ません。鴻鳥先生や四宮先生に頼ってばかりじゃ・・なにか失敗をした時に、自分でリカバーして乗り越えられるようになりたいんです。

サクラ:それは違う。
下屋:えっ?・・

サクラ:僕たち医者が大きな失敗をした時、それは乗り越えるものじゃない。




35週を迎えたカエを
再びピンチヒッターの当直となった下屋が訪ねた。

談笑し
もう眠るよう促して

病室を出ようとした時だった。



『なにか気になることない?』尋ねると

胸がちょっと苦しい時があるけれど
張り止めの点滴の副作用と聞いてる

と言って胸に当てたカエの右手が震えているのが気に掛かった。



当直明け

院長に点滴の副作用以外に考えられることとして
甲状腺になにか原因があるのではと懸念を伝えたものの

『本人からは特に申告はない』と告げられると
思い過ごしかもしれないと懸念を引っ込めてしまった下屋。

ただ院長から

『土曜日だから週明けにでも採血して調べてみる』

と言ってもらったことで安心して病院を後にした。



だが翌日、カエがペルソナに救急搬送された。
心停止だった。



サクラの初見は、『甲状腺クリーゼ』。
https://www.saiseikai.or.jp/medical/disease/thyrotoxic_storm/
下屋が懸念していた甲状腺の病気だった。



赤ちゃんこそ救えたが
カエを救うことだけは叶わなかった。



こはる産婦人科で話した時
産まれてくる赤ちゃんに『さくら』と名付けると嬉々として語り

結婚式を挙げる前に赤ちゃんができたから
産まれたらさくらと一緒のドレスを着て結婚式を挙げたいと夢見ていたカエを

仲良くなり
医者と患者の立場を超えて結婚式へ招待してくれたカエを死なせてしまった。



思い過ごしかもしれない。

甲状腺クリーゼの診断は
経験を要するものではあったが

軽く見た自分を責めた。



その後出産に立ち会っても能面のよう。
なんの感情も生まれてこない。

外来で診察に出れば
神経質なまでに甲状腺の状態を疑い

採血のオーダーを連発している。



見かねたサクラと四宮から
しばらく休養するよう勧められるが納得がいっていない。

そんな下屋にサクラが問いかけた。


サクラ:

下屋。
産科医になったこと、後悔してる?

下屋:

いえ。
してません。


その答えにサクラは更に問いかけた。




サクラ:下屋はどんな産科医になりたい?
下屋:わたしは・・・




言い淀んで答えられないまま休職し
色のない世界を彷徨っていた下屋を
気に掛けていた小松が BABY のライブへと誘った。




下屋はどんな産科医になりたい?
その答えが見つかったら帰ってこい。
待ってるから。




ピアノの音色に想いが溢れた。
歓びを共にしてきた日々が。




帰りたい。
やっぱりわたし、産科に帰りたいです。




その言葉通り再び産科へと戻り

いのちの誕生を喜べるようになり
産科はやっぱりいいなと思えたが

今のままでいいとは思えない下屋も居た。



翌朝

カエを救うため産科と共にチームを組んだ
救急救命センター医局を訪ねた下屋は

救命医の加瀬に問いかけた。




下屋:

加瀬先生は神谷さん、あの妊婦さんを救うために医師として最善を尽くしたと言えますか?

加瀬:あたりまえだろ。

下屋:

じゃあ、わたしと加瀬先生の悔しさは違います。
わたしの悔しさは、もっと自分に力があったらっていう・・後悔です。




その足で屋上で空を見上げ
ひとり想いに耽るサクラを訪ねた。




休んでいた間、仕事のことばっか考えちゃいました。嬉しかった時のことも、哀しかった時のことも、いろいろ。やっぱりわたしは産科医なんだって、よく判りました。

わたしは産科に戻りたい。
だから・・わたしを、救命に行かせてください。
今のわたしでは、産科には帰れません。

鴻鳥先生やみんなに甘えてしまうから、救命に行って、全身管理を身に付けたいんです。総合的に患者さんを診られる技術を身に付けて、なにかあった時におかあさんと赤ちゃん、両方を救える産科医になりたいんです。




『下屋はどんな産科医になりたい?』
問いかけに言い淀むあの時の下屋の姿はもうなかった。



救命へ行くことが自分なりの乗り越え方だと強がる教え子下屋を
サクラはこうエールを贈って送り出した。




下屋、患者さんを亡くしてしまったこと。乗り越えることは出来ない。僕の胸にも、いろんな後悔が残ってる。あの時、もっと早く気づいていれば。もっと早く勇気を出していれば救えたんじゃないか。その後悔を乗り越えることは出来ない。忘れることも出来ない。悔しいことも嬉しいこともひとつひとつ胸の中に積み重ねて、僕たちは医者として進んでいくしかない。




                    *



30407020710_f7c76c210b_z.jpg
photo credit:藍川芥 aikawake via Flickr (license)



白川領(しらかわ りょう)の物語
http://www.tbs.co.jp/kounodori/chart/

金曜ドラマ『コウノドリ 命についてのすべてのこと』
8話『医師の決意 病院を辞めます』より



                    *



ペルソナ総合医療センター新生児科に勤務する白川は

出産時1000gにも満たない小さな命であったり
産まれながらの疾患を持つ赤ちゃんの命をなんとしても救おうと
NICU(新生児集中治療室)で格闘する新生児科部長 今橋らの姿に惹かれ

研修医を経て小児科の専門医とり
自ら NICU への配属を希望。

大学時代から隣に居なかったことがない下屋と切磋琢磨し
日々いのちと向き合いながら成長を重ね

配属から二年が経ち
随分と頼りにされ自信もつき

今橋から一目置かれるほど逞しくなってきた。



尊敬する今橋の考えにも理解を示すが

ペルソナを出る時といえば
慢性的な人手不足のためのリクルートの今橋と違い
外へ出て研究会や学会での発表に出るようになった白川は

発表内容に関心を示してもらって舞いあがり
ペルソナの同僚らに話してちやほやされることに有頂天となり

もっと最先端の医療に携わりたい
もっともっと技術も磨きたい

そうでなければワンランク上の新生児科医になれない
医者がどんどん上を目指さなければ患者を救えない

『医者ならもっと上を見ろ。上を。』

向上心はあるが患者さんを救えればいいという下屋にそう焚き付け
ここの NICU はまだまだと言ってのける自信家になっていた。



そんなある日

吸引分娩での出産に臨んでいた風間真帆(かざま まほ)の赤ちゃんが
新生児仮死の状態で産まれてきた。

産科から NICU へ応援要請が入った折
今橋はリクルートへと出向くところ。

取り止め
要請に応えようとすると

白川が『自分が行きます』と買って出た。



その時今橋がアシストを頼んだ研修医に白川は
『足引っ張んなよ』のひとこと。

新生児仮死で産まれてきた赤ちゃんの蘇生を試みる時には

サポート役の初期研修医一年目
判らないことだらけの赤西に

時間との勝負とはいえ
自身が研修医だった頃を忘れ

手際の悪さに苛つきキツく当たっていた。



その様子を、今橋や出産に立ち会ったサクラは心配していた。

自信は自分の考えに固執したり
能力を振りかざす弊害もあるからだ。

実際今橋が過信がもたらした過ちから学んだことを伝えようと席を設けても
白川は耳を貸さずに席を立ってしまっていた。



NICU へ運ばれた真帆の赤ちゃんは

人工呼吸器で酸素を送っているが
なかなか全身に行き渡らない。

白川はこの症状を見て
『新生児遷延性肺高血圧症』と診断。

出産時産道で詰まったような感じとなり
お産のストレスで赤ちゃんの肺に血液が流れづらい状態が続き低酸素に。

今は『一酸化窒素吸入療法』という
肺に血液が流れやすくなる治療をしていると説明。

『順調にいけば3~4日で回復する』
『この治療に関しては自分がここでは最も実績がある』
『学会でも発表している治療法なので安心してほしい』

と明言し、風間夫妻を安堵させた。



だが、治療効果は芳しくない。

『この子は本当に新生児遷延性肺高血圧症なのか』
『他の病気を疑わなくてもいいのか』

赤西から
赤西だから感じる素朴な疑問をぶつけられても与しない。

看護師から改善が見られないことを指摘され
『今橋に相談してみては?』と振られても

プライドと自信が邪魔をするのか
『その必要はない』不機嫌そうに突っぱねた。



翌朝

上がってきたレントゲンの写真に映る赤ちゃんの肺は
靄がかかったように白くなっていた。

赤西と看護師は白川に危うさを感じ
今橋に相談を持ちかけていて

今橋が診ると風間夫妻の赤ちゃんは
肺に異常があるのではなく心臓に異常があり

早急に手術が必要との判断が示された。



夫妻への説明の場で白川は
夫から医療ミスだと糾弾された。

なんの心配もない状態でこの世に送り出してやれなかった自責の念で苦しむ真帆に
今までの治療が無駄だっただけでなく

先天性の心疾患であること
協力関係にある大学病院へ搬送し
緊急の手術まで受けなければならなくなったことは

真帆をさらに自責の念へと駆り立て傷つけることになった。



自信を喪失し
風間夫妻と一緒のドクターカーに乗ることに腰が引ける白川は
同僚の NICU 医師に代わりに乗ってもらうよう頼むが

『過ちから逃げるな』

今橋から一喝されドクターカーへと乗り込んだ。



大学病院の医師に引き継ぎすると

散々嫌味を言われたうえ
どうにもならなくなった難題を押し付けるのかとばかりに

『もう帰っていいですよ』のひとことを浴びせられた。



『役立たず』に聞こえた。



外で待つ
ベンチにうなだれて座る風間夫妻に声を掛けることが出来ず
逃げるように病院を出た。



ペルソナへ帰ろうとコートをはおりポケットに手を突っ込むと
動揺もあってか財布を忘れてきていた。

ロビーのど真ん中で『しまった』と立ちすくむ白川の両膝を
『邪魔だ』とカックンしたのは

かつての同僚であり
白川と同じようなミスを犯し

燃え尽き症候群でペルソナを去った新井だった。



(実はサクラが白川を気に掛け電話でサポートを頼んでいた)



打ちひしがれていた白川は

久方ぶりに逢った新井がプー太郎から再起し
この大学病院の小児科で週2回アルバイトをしている訳を

NICU を卒業した子どもたちを
外来で応援するためだと語ってくれた

心の重心にある想いが忘れられないでいた。




どんな子どもにだって、未来も可能性もあるから。
自分が出来ることを精一杯やりたい。




真帆の退院の日。

偶然見かけた風間夫妻へ『力及ばず申し訳ありません』頭を下げた白川に
あれほど傷つけてしまった真帆から『お世話になりました』の言葉が。

『悔しい』

NICU へと戻った白川は
ふがいなさに涙が止まらなかった。




(いつもの病院屋上で救命に異動した下屋と逢う白川)

白川:

なぁ、下屋。
オレ、ペルソナ辞めるわ。

(その頃院内では白川が辞めることに驚きが広がっていた)
(小児循環器で研修医からやり直してでも研修を受けたいと今橋に申し出たことも)

下屋:

小児循環器かぁ。
アンタの言ってた上を目指すってやつね。

白川:

違う。
先を目指すんだよ。

下屋:えっ?

白川:

オレ、自分がどんな医者になるかってことばっか考えてて、患者に寄り添う気持ち見失ってた。今回のことでよく判ったんだ。自分がまだまだぺいぺいだってことに。

小児循環器を学べば、産まれてすぐの心臓病でも自分で診断して治療することが出来る。そうすれば、どんな小さな命にも今よりももっといい未来を届けることが出来るかもしれない。

下屋:今よりももっといい未来か・・

白川:下屋。オレはいつか、最強の新生児科医になるから。
下屋:ふふふ。わたしも負けないから。




                    *



『自分を高める』と言うと

『高める』このことばに引っ張られて
つい上を目指したくなるものです。

でも、『上』しかないのでしょうか。



上を目指すと

嫉妬が生まれます。
足の引っ張り合いが生まれます。
焦りが生まれます。

ポスト争いが生まれます。
追いつけ追い越せの競争心が生まれます。
敗北感が生まれます。



先を目指すと

嫉妬も
足の引っ張り合いも
焦りも
ポスト争いも
追いつけ追い越せの競争心も
敗北感も

不思議と生まれないのではないでしょうか。



どちらもじぶんを高め
より良く生きることに変わりはないのに。



上を目指すことでしか成し遂げられないこともあると思いますが
ぼくは先を目指すことで成し遂げられるものを見てみたい。



茂木裕人のように
下屋加江のように
白川領のように

今よりももっといい未来を
善き未来を見てみたいと思います。