~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~

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photo credit:27147 via Flickr (license)



You are the reason why I write. あなたがいる、それがわたしの書く理由。
Donna Jo Napori (ドナ・ジョー・ナポリ)http://www.donnajonapoli.com/about.html



     白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



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親愛なる 風間先生に

TVアニメ『かくりよの宿飯(やどめし)http://kakuriyo-anime.com/
第5話『あやかしとの約束を忘れてはならぬ。』に、こんな場面がありました。

豪胆な祖父 津場木史郎(つばき しろう)譲りのあやかしを見ることが出来る霊力を持つ津場木葵(つばき あおい)は、ある日史郎が隠世(かくりよ)でこさえた一億円の借金の形にと、老舗宿『天神屋』の大旦那に現世(うつしよ)からさらわれてしまいます。

生前史郎は稀有な霊力によって隠世と現世を自由に行き来し、両界で豪快に遊んで暮らしていましたが、ある時天神屋で呑めや歌えやと遊んでいたところ国宝級の壺を割ってしまいます。大旦那は、返済に窮する史郎から形として葵を貰い受ける約束をしていたのでした。

母親に捨てられ、餓死寸前のところを名前も知らないあやかしに助けられた。養護施設に預けられたところを史郎に引き取られ、育ててもらった。恩こそあるものの、自分の気持ちなどお構いなしに進められた話に葵は当然納得がいきません。文句を言おうにも、もう史郎はこの世に居ません。

花嫁となることを拒むと、借金返済を求められました。拒めばもう大旦那の庇護は受けられません。葵には、史郎のように隠世と現世を自由に行き来することは出来ません。ここで生きていくしかありません。

腹をくくった葵。

天神屋で仕事を探すものの人間への態度は実に素っ気なく、方々でけんもほろろに断られます。それならばと、祖父が仕込んでくれたあやかし好みの料理の腕前(=現世で人間を襲うこともあるあやかしから葵を守るために密かに仕込んでいた)を活かし、今は使われていない天神屋の離れで食事処『夕がお』を開いて借金を返してみせると啖呵を切るところから物語は始まります。


『あやかし』など用語解説はこちらをご覧ください。
http://kakuriyo-anime.com/keywords/


現世に居た時人間に家族を殺されたことで人間を恨み、次々に襲って霊力を高めていた土蜘蛛の暁(あかつき)。ある時史郎を襲おうとしたところ、腕っぷしの強い史郎に返り討ちにあってしまいます。

何故人間を襲うのか。

事情を知った史郎は、暁の妹で女郎蜘蛛の鈴蘭(すずらん)ともども自身の屋敷に招き、水餃子を振る舞い、使用人として居場所を与えて共に暮らすことを許します。

暁にはあれやこれやと口うるさく用事を言いつけますが、女好きですから鈴蘭には甘い。独り身ゆえ、溺愛と言ってもいい。救ってくれた恩はあるものの、暁は史郎を煙たく思ってもいました。それでも暁と鈴蘭にとっては、親元を離れて初めて味わう穏やかな日々でした。

ただ、現世はあやかしにとっては生き辛い場所。本来の居場所である隠世で暮らすのがあやかしにとっては良い。史郎は使用人である暁と鈴蘭に隠世へと渡ることを申し付けました。両界を行き来するうちに旧知の仲となった大旦那に算段を調えてもらって。

主人の命令には背けません。隠世へ渡った暁と鈴蘭は大旦那の計らいで暁は天神屋の番頭に、鈴蘭は仲居となりますが、史郎を慕っていた鈴蘭は史郎が度々妖都(ようと)に現れると伝え聞き、逢いたい一心で都一の芸妓となるべく修行を始めます。

ですが芸達者となった頃、史郎はぱったりと姿を見せなくなってしまいました。葵を引き取った時期と同じ頃でした。もう独りではない。それは喜ばしいことではあったのですが、どこか淋しさが滲むものでもありました。

そんな史郎への想いが募りに募り、鈴蘭は現世行きを反対する暁と喧嘩となっても現世へと再び渡り、亡き史郎の傍に居たいと、隠世で知り合うこととなった葵に想いを告げるのです。



史郎様の墓があるならその傍で、史郎様と過ごした土地で強く生きてみたいのです。



葵は、このまま兄妹が喧嘩別れをするなんて悲し過ぎる。かつて史郎がふたりに振る舞った思い出の味 水餃子でわだかまりを解きたいと願い、向き合おうとしない頑固な暁を説き伏せました。



葵:鈴蘭さん。現世へ行くわよ。
暁:そんなこと言われなくてもわかってる。

葵:見送ってあげないと後悔するわよ。
暁:・・。

(素直になれず背を向けようとする暁を押し倒して溢れる想いをぶつける)

葵:

おじいちゃんだって、死んじゃった。
本当にあっけなく。
あたし、なにもしてあげられなかった。
でも、あなたは違うでしょ。

暁:

・・何故今もアイツに振り回される?
勝手に死んだアイツに!

葵:

後悔してほしくないの!
あなたは旅立とうとしてる鈴蘭さんを勇気づけることも見送ることも出来るじゃない!



葵に提案され、共に作ったふたりをつなぐ思い出の味 水餃子。
その味は、あの時荒んだ心を救ってくれた史郎が振る舞ってくれた水餃子と同じ味でした。

ですが暁は、鈴蘭には一緒に作ったことを黙っておいてほしいと頼み込み、鈴蘭の元へは持っていかないと立ち去ってしまいます。こき使われ、口では『アイツ』と言いながらも本当は慕っていた史郎のことを、これ以上思い出したくないのかもしれません。


夕刻。

葵が餞別にと鈴蘭へ振る舞った水餃子。
一口食べると箸を置き、涙が溢れました。



この味は、わたしが一番幸せだった時の象徴のようなものです。



暁は居ない。
それでも暁が作ってくれたことに鈴蘭は気付いていました。

餃子の包みのひだの向き。
暁は左利きだったからです。

頑固で不器用な兄からのエールでした。



葵:暁のことはこのままでいいの?

鈴蘭:

わたしを現世へ向かわせたくないのは、兄さんの本心。
史郎様の味を思い出させてくれただけで、わたしは充分兄さんの愛情を感じます。

葵:離れ離れになっちゃってもいいの?

鈴蘭:

もう大人のあやかしですもの。
兄さんには兄さんの居場所と夢があり、わたしは天神屋の番頭として働く兄さんを尊敬していますよ。



先生もご存知のシェフをしている友人たちと始めた『料理創作ユニット ケータリング・ヒーローズ』が産声をあげたきっかけは、福祉施設の料理イベントでオムライスを作りに出掛けたことでした。

当時施設には、心を閉ざしたちいさな女の子が居ました。言葉をひとことも発しない。表情もない。施設へ来る前になにかあったようですが、理由は判りませんでした。でもある時、施設内の本棚にあった料理の本を手に取り、オムライスのページを独りでじっと見つめているのを職員さんが見掛けました。『オムライスが好きなのかな?』そっと話し掛けるとこくりと頷いて、初めて自分の気持ちを伝えてくれました。

『オムライスでなかよしになれるかもしれないなぁ』そこで当時職員さんと親交があり、高校時代オムライスの専門店(厨房担当)でアルバイトをしていたぼくに『手伝ってくれない?』白羽の矢が立ったというわけです。

ぼくひとりでは少々心もとないので、折角ならとシェフをしている友人たちにも声を掛けて出掛けました。とはいえ、包丁が危ないだの火の扱いが危ないだの言っておとながちゃっちゃか作ってはまるで面白くありません。女の子がこの日の主役ですから。出来る範囲で女の子にもオムライスを作ることに参加してもらいました。

サラダをお願いして作る時には

『包丁で切る時のお手手はどんな形だったかな?』
『そう!ねこさ~ん♪』

『切る時は?』
『にゃ~♪』

他にも盛り付けてもらったり、卵を割ってもらったりして和気あいあいやりながら、手際良く一品一品作っていきあっつあつができあがった時でした。オムライスの仕上げをしようとケチャップを手にしたぼくのエプロンを引っ張る女の子。『これ?』ケチャップを指差すと『うん』とお返事。

『じゃあ、お願いね』手渡すと椅子の上にちょこんと上り、同じテーブルで作った人たちの一皿一皿にケチャップでハート(♡)を描いてくれたのです。その様子を微笑ましく眺めていた職員さん。『(ハートは)ありがとうってことなのかな?』尋ねられると、顔も耳も真っ赤にして照れていました。

『いただきます』を言い終わる前には誰よりも先にオムライスを頬張り、施設に来てから見せたことのなかったスマイルをぼくらに、この場に居合わせた人たちみんなに見せてくれていました。帰る時には職員さんの足元に走ってきて、後ろに隠れながらバイバイと手を振ってくれた姿。『美味しいものには人を元気にする力があるんだなぁ』と思いました。

あれから数年経っていただいた女の子からの手紙には、オムライスはママさんが作ってくれた思い出の味だったこと。そして、オムライスを口にしたあの日が彼女にとって幸せな日々の始まりになったことが綴られていました。


オムライスの専門店で働いていた時、厨房担当でお客様に出せるかどうかを先輩社員さんに味見してもらったり、自分でも食べたり、賄いでもオムライスを作っていました。でも、正確な味は判りませんでした。出せる味かどうかの判定は社員さんがしてくれていましたし、ぼくが食べるオムライスの味はいつも血の味がしていたからです。

先生にいつだったかカミングアウトしましたが、幼少期のぼくは両親から365日虐待の皆勤賞生活を18歳まで受けて育ちました。毎日毎日理想の子ども像から1ミリでも外れれば、至らないところがあれば、尋常ではない往復ビンタの雨が降り注ぎました。

頬の内側をビンタの衝撃でいたるところ切る有様で、年がら年中口の中は血が充満していました。生きるために食べましたが、18歳までに口にしたぼくのごはんは365日いつだって血の味がしていました。

そんな日々に別れを告げ、高校卒業後就職して一人暮らしを始めた時。
いの一番に作った自炊のごはんは、大好きなオムライスでした。

初めて血の味がしないオムライスを口にしました。
あの味をぼくは生涯忘れることはないと思います。

幸せの始まりの味でした。


風間先生。

以前先生にオムライスをごちそうした時のこと、憶えてらっしゃいますか?
『私が幸せだった頃の味だねぇ』と話しておられたのを。

現世へと渡った鈴蘭は、大旦那の計らいで随行した葵に案内されて史郎の墓に、傍へと寄り添い、『この味は、わたしが一番幸せだった時の象徴のようなものです。』から、再び幸せの始まりの味へと変えていきました。福祉施設で出逢った女の子は、ママの思い出の味から幸せの始まりの味になっていました。ぼく自身のオムライスも、血の味がするごはんを生きるために食してきた暗澹たる幼少期の人生から幸せの始まりの味へと変わっていきました。

先生の『私が幸せだった頃の味だねぇ』も、過去形から現在進行形へ。
幸せの始まりの味になったらいいなと願っています。
おせっかいながら。

本音を言えば先生には、『幸せだった頃』なんて言ってほしくない。
今も、これからも、幸せであってほしい。

『また食べてやってもいい』なんて思われましたら、なんなりとお声掛けくださいませ。入院されている病棟。キッチンがありますから、アッツアツをお届けできますので(ご家族以外でも利用OKと看護師長さんから了承済みです)。


ご予約、お待ちしております。
ヒロより。

2018.5.10