白色の自己主張

~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~

がいじゅうたちのいるところ

Photo:gift By:demandaj
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You are the reason why I write. あなたがいる、それがわたしの書く理由。
Donna Jo Napori (ドナ・ジョー・ナポリ)http://www.donnajonapoli.com/about.html



     白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



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「人間て、勝手なもんやで。このロバや馬なら、まだ可愛がりよる。しかし何もせん蛇やトカゲやと、憎むのや。子供は蛇をみるとすぐ殺そうとするやろ。あれは何故か知っているか」

首を振った一平に、

「それはなア。ただ蛇が人間から見て異形な形をしているからや。つまり足がなくて動くからや。それだけの理由で蛇は人間に憎まれるのや。不気味やと思われるんや。しかし蛇が何を我々にしたんやろ。そう思うと俺は蛇が可哀想でならんねん」

一平は思わず笑いだしたが、上田は真剣そのものの顔だった。

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幼少期より吃音のため人間関係が築けず、物言わぬ動物を生涯の友とした福本一平(ふくもと いっぺい)。言葉が不自由なため即戦力とはならず勤労動員され、召集を待つ間に終戦を迎えた。敗戦後の故郷に帰り着くが、一面焼け野原。徴兵検査前入学が決まっていた私立大学は再開の目処が付かない。

そんなある日、『あなた、そんなに動物が好きなら・・・・・・動物の勉強を一生やったら。誰にも負けない動物学者になったら、素晴らしいんじゃない』教師の誰もがどこか煙たい存在と思うなか話し掛けてくれた小学校時代の音楽教師 秦直子(はた なおこ)から手紙が届いた。

高校受験に失敗し落ち込む自分を動物園へと誘ってくれたあの日のことを思い出した一平は、宝塚動物園へと足を運んだ。そこで、東大理学部で動物学をやりながらも病気のため中退。兵役を免除されて終戦を迎え、飼育員として働く青年 上田(うえだ)に出逢った。通い詰め、動物心理学を教えてもらうなか、戦争を行った人間の愚かさに重ね合わせるように上田が言った。

遠藤周作(えんどう しゅうさく)さんの小説『彼の生きかた』(新潮文庫)



親愛なる あいに

もうすぐ待ちに待った夏休みですね。
学校から距離ができる時期だからこそ、見つめられるものも有ると思います。

わかつきめぐみさんの漫画『ご近所の博物誌』に、こんな場面がありました(きょうあたり届いている文庫本『言の葉遊学・ご近所の博物誌 (白泉社文庫)』を開いてみてください。あいへのプレゼントです)。


とある村に、都から植物の調査に訪れた博物学者 二羽(にう)さん。着任早々、両親を亡くし村長に育てられている男の子 三稜(みくり)くんのいたずら現場に居合わせます。村の人が飼っている犬にある草を食べさせたことで、肌や毛に草の色が、牛のような模様として付いてしまっていたのです。

それを見た飼い主は、カンカン。

村長さんに怒りをぶつけていると、その傍らで二羽さんがあっさりと草の色を落としてみせました。あざやかな早技でとりあえずいたずらは解決しましたが、度重なる三稜くんのいたずらに村の人の怒りはおさまりません。

それではと、村長さんはあることをひらめきます。

いたずらをしたものの植物に通じ、実はちゃんと落とせることまで知っていた三稜くんを、二羽さんの身の周りのお世話や調査のアシスタントとして働かせることにしたのです。

両親代わりでもあり、度重なるいたずらにもおおらかな愛で見守ってくれている村長さん夫妻のためにも、しぶしぶ引き受けることにした三稜くん。天衣無縫な人柄で、時にしっちゃかめっちゃかなことをしでかす植物を愛してやまない二羽さんと接するうちに、漠然としていた将来の夢が三稜くんの中で芽を出し始めます。


二羽さんのような博物学者になること。


まだはっきりとは二羽さんに伝えられないけれど、その気持ちを感じた二羽さんは、学生時代から書き綴っている研究日誌を見せてくれました。そのなかに出てきた『わたりぎ』という植物が三稜くんの心を捉えます。


夏になると涼しいところへ移動し、冬になると暖かいところへ自ら移動するわたりぎ。街ナカであろうと、畑であろうと、家の庭であろうと、人間から見れば気候に合わせてどこへでも勝手気ままに移動してしまうことから先々で忌み嫌われ、切り倒されてしまうのです。やがてそれが繰り返されたことで、わたりぎは地球上から消えてしまいました。


二羽さんが、なぜ博物学者を続けているのか。
それは、地球のカタログ(=目録)を創っているから。

『害虫』『害獣』なんて人間の勝手な呼び名で呼ばれる生き物が居るけれど、害を与えるために産まれてくる生き物なんて居ません。それと同じ。植物に罪はない。人間の勝手な都合で誰の眼にも触れることなく、誰の記憶にも残ることなく地球上から消えてしまう植物がないようにと、二羽さんはこの星のカタログを創っている。

その想いを知った心から植物を愛する三稜くんは、『本でしか見られない植物なんて嫌ですよ、ぼく』ぽろぽろと涙するのです。



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高校の生物の授業の時、小学生の頃から抱いていた疑問がふっと脳裏に蘇り、授業後職員室で先生にぶつけてみたことがあります。



世の中には『害虫』『害獣』って呼ばれる動植物が居るけど、害を与えるために産まれてくる生き物なんて居るんですか?

虎や百獣の王ライオンが生まれながらに強いのとは訳が違いますよね。
毒を持つ生き物は居るけど、あれだって生きていくための、自分を守るための力でしょう?

害を与えてるからって、人間の勝手な都合で駆除してもいいんですか?

害を与えるようになったのって、人間が生態系に影響を与えてそうさせたんじゃないんですか?仕方なく彼らは、人間から見たら害を与えているように映るんじゃないですか?ほんとうは生きていくためなのに。

そもそもほんとうに害ってあるんですか?

ゴキブリみたいに見た目が気持ち悪いってだけで駆除してるだけじゃないんですか?(【参考】Yahoo!ニュース 殺虫剤研究者がみたゴキブリの生き様 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180503-00010002-newswitch-bus_all



先生は


おれは、答えは言わん。
これ読んでおまえの考え、聞かせてくれるとうれしんだけどな。
待っとるぞ。


と言って、作家 有吉佐和子(ありよし さわこ)さんのご著書『複合汚染』からヒントになるところを教えて渡してくれました。


有吉佐和子さんは、社団法人(現・財団法人)慈光会の創設者 梁瀬義亮(やなせ ぎりょう)医師が多量の薬で病気を治して病人をつくるのではなく、農薬禍から守られた無農薬・有機栽培の食品によって人間が本来持っている生命力を取り戻そうとする活動を取材していました。

取材を続けていたある年。農薬を使いながらも畑に害虫が発生し、大打撃を被った農家がある一方で、梁瀬医師に協力し、無農薬・有機栽培で蜘蛛が住みついている畑ではほとんど被害がみられませんでした。なぜか。

その訳を、梁瀬医師はこう語っています。



害虫は、益虫の餌なのです。害虫がいませんと益虫が死んでしまいます。白菜でもキャベツでも、多少の虫食いは辛抱して頂かんと、益虫の餌が喰うんですから。しかし益虫という天敵のおかげで、白菜もキャベツも、中の方は無事なんです。



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モーリス・センダックさんの絵本『かいじゅうたちのいるところ』をもじって、『害虫』『害獣』のことを書きました。

あいはなにを感じたでしょう。
あいはどう思うでしょう。

プラントハンターのような、繊細なバランスの生態系に影響を及ぼす職業然り。
自然界は、人間界の鏡です。
回り回って考えたことが、今あいが抱える悩みに解決策をもたらしてくれるはずです。

『小学生には難しすぎるでしょ』なんてぼくは思いません。
『見つけたよ』の時間が訪れたら、聴かせてください。

あいに、笑顔が戻る時です。


ヒロより。
2018.7.18



「さ、猿が、あんたたちに、ど、どんな悪いことをしたというんや。さ、猿が人間に、ど、どんな害を、あ、あたえたと言うんや。さ、猿はものが言えん。に、人間のようにものが言えん。し、しかし、ものが言えんでも、猿かて・・・・・・か、悲しみはあるんや。さ、猿かて・・・・・・悲しみはあるんや」

朋子は思わず、耳を両手でふさぎたかった。猿はものが言えん。でも悲しみはあるんや。この言葉は一平が口の不自由な自分自身のことを語っているのだと彼女にはわかったからだった。

「あんたらは強い。あんたら人間は強い。でも強いさかいに弱い猿にどんな仕打ちをしてもええと限らんのや」

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幼少期の恩師の言葉で野生猿の研究者になった福本一平。野生のまま研究することにこだわり餌付けをしてきた猿たちが、観光の名のもとに、そして開発会社の専務が接待した海外の研究者に野生猿をプレゼントするという約束をなんとしても果たすために、猟友会を巻き込んで強引な捕獲作戦に乗り出し、今にも捕獲されようとしていた。

そこには専務の秘書を務め、夫との死別後専務と再婚する幼馴染みで、望外の再会を果たしていた朋子(ともこ)の姿もあった。

かつていじめられても抗することができない一平を、その後も優柔不断な一平を見るにつけ『弱虫』となじったが、今朋子の眼前には、追い立てられ逃げ惑う猿たちの前にたったひとり身一つで立ちはだかり、猿を守ろうとする一平の姿があった。

遠藤周作さんの小説『彼の生きかた』(新潮文庫)