~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~

写真学校 ハートフル・ファインダー

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photo credit: Aikawa Ke via Flickr (license)



ライフワーク「写真学校 ハートフル・ファインダー」が産まれるまでの物語。



          *



写真家の友人の結婚式に招待された。
友人兼カメラマンとして。



ただ

式場にはプロのカメラマンさんもいて
最初はなんでぼくに

「カメラマンとしても出席してほしい」

って言ってくれたのかわからなかったのだけれど

後日撮った写真を観せてくれながら
その訳をこう話してくれた。



          *



プロのカメラマンに撮ってもらったのと
ヒロが撮ってくれたもの。

失礼な言い方になってごめんなんだけど
おれは、ヒロのが好きなんだよなぁ。


プロがいるのになんでヒロに頼んだのか
不思議に思ってるだろ?

おれたちプロのカメラマンには撮れない一枚を
ヒロは撮れるかもしれない。

って思ったんだよ。


プロは上手いよ。
そりゃ、プロだから。
これでメシ食ってるからね。

でもさ、前にヒロが話してくれただろ?
「キレイ」と「美しい」は違うって。

「キレイ」は、表面的でインスタント。
「美しい」は深みがあって、時間をかけないとできないんだって。

ヒロの写真はさ、なんかいいんだよ、なんか。
ばかにしてるわけじゃないよ。

技術的には未熟だけど
それを補って余りあるものがある。

味わい深さっていうかなぁ。
なんか、じんわりくるんだよな、観てると。
あぁ、ほっこりもあるな。


アマだから撮れるものがある。
敵わない一枚ってあるんだよ。

技術的には未熟だけど、それを補って余りあるもの。
それが、ヒロの写真。

ばかにしてるわけじゃないよ。
褒めてんだからな。



          *



事のはじまりは
友人がぼくのブログを読んでくれていて

「アイキャッチ」と呼ばれる
冒頭を飾る写真選びのセンスを

「スジいいんじゃない?」

褒めてくれたことからだった。



じぶんでは思ってもみなかったことだから、ちょっとうれしかった。
しかも、プロからだし。



ちいさくガッツポーズした。



そこから

本職の彼がブログに使う写真選びを手伝うようになり
彼の友人たちがブログに使う写真選びを手伝うようになり

彼が仕事で使う写真選びを手伝うようになり
彼の友人たちがそれぞれの仕事で使う写真選びを手伝うようになり

いつしか

方方から指名されるうちに
方方でこう口説かれるようになっていた。



          *



「撮ってみたら?」



          *



「無理」とは言わなかった。
ただ、ぼくには即答できなかった。
こころの澱があったからだ。



          *



ぼくは

丸刈りで筋肉質といういかつい見た目から
肉食系のギラギラなオトコに観られるけれど

内面は
何事にも受け身で

草食系のヘナチョコだったりする。



ぼくのなかには

男性的な部分と
女性的な部分が仲良く同居していて

女性が興味・関心をもつものも
大好きだったりする。



なぜだかわからないけれど好きだし
なぜだかわからないけれど心惹かれるから。



でも、そんなぼくのキャラクターなどおかまいなしに

両親

学校の先生
恋人
周囲の大人たちは

子どもの頃からこぞって
自らが理想とする「男らしさ」を求めてきた。



「強要」と言ってもいいくらいに。



女性が興味・関心をもつものを眺めていれば

「気持ち悪い」
「オトコオンナ」
「女々しい」

などとなじられて

アクセサリーやお花などは
ひとつ残らず全部ゴミ箱へ捨てられた。



それなのに特段厳しい父は

自分の趣味である写真には
惜しみなく愛情をそそいでいて

その姿がぼくには
なんとも腹立たしかった。



          *



母が末期がんで
余命わずかと告げられたとき

ヘビースモーカーだった父は
母に受動喫煙のリスクを負わせてしまい

「それが、がんを発症させたんじゃないか」

という負い目を感じているようだった。



その後母が亡くなったとき

ぼくは父のタバコが原因で
母を死に追いやったのだという怒りから

父が家に買い置きしていたタバコを
二度と吸えないようにしてやろうと

カートンごと踏みつけてくしゃくしゃに潰し

ライターは踏みつけて粉々に
マッチはハサミで切り刻み
灰皿は鉄アレイで粉々にして

すべて捨てたことがある。



そのとき一緒に

ぼくにはそそがれない愛情をそそがれているカメラを
鉄アレイで粉々にしてやろうと思った。

今まで写真を撮ることで表彰された数々の賞状を
破り捨ててやろうと思った。

受賞してきた数々の盾もトロフィーも

叩き割ったり
粉々にしてやろうと思った。

撮りためてきた写真を破り捨て
ネガも切り刻んで捨ててやろうと思った。



          *



でも、できなかった。



          *



子どもの頃公園で

お父さんと息子さんがキャッチボールをしているのが
羨ましかった。

野球嫌いの父を持つぼくにとって
それは、叶わない願いだったから。



そんなぼくにとって
父とキャッチボール代わりになるものがあるといえば
観るのが好きだった写真。



写真集を眺めているひとときは
大好きな絵本を読んでいるときと同じくらいしあわせだった。

でも

父を恐れていたぼくは
その想いを話せなかった。



          *



親子関係は

自らが理想とする「男らしさ」を求められることで
拒むぼくとの間で完全に冷え切っていたけれど

ほんとうはこころのどこかで
公園で観た親子のようにキャッチボールをして

親子の絆を深めたいと願っていた。



カメラを壊すことは
そのチャンスをなくすということ。



だから、できなかった。



母が厳しい闘病生活中
趣味の編み物を心の支えにしていた。

父の写真も
苦しいこともある会社員生活においての
心の支えにしているのだと感じていた。



だから、できなかった。



写真が好きだから
他の誰でもない父に教えてもらいたかった。



だから、できなかった。



そうすることで父が写真に向ける愛情を
ぼくに、1%でもいいから向けてほしかった。



だから、できなかった。



          *



カメラに向けられる愛情が羨ましかった。



          *



「おまえ、やさしいからね、根が」



話を聴いてくれた友人が
言葉をかけてくれた。



そして、こんなことを言ってくれた。



          *



前に言ってくれたじゃん。

「おれ、センスないから、ファッションのアドバイスしてほしい」

って頼んだときにさ

街行く人観て、「あの人センスいいなぁ」って思えるってことは
かなで(友人の名前)も、センスがあるってことだよって。


写真も同じじゃない?

選ぶセンスがあるなら
撮るセンスもあると思うけどな。

それに親父さん。
セミプロ級の腕前なんだろ?

最高の先生。
身近にいるじゃん。


(ぼくの胸を指差しながら)

あと、ヒロのハートウォーミングなファインダー。
事物を切り取るセンス。

けっこう好きだよ、おれ。

ブログの写真観てても。
ブログ読んでても思うけどね。



          *



さすが、プロのカメラマン。
ノセるのがほんとうまい。
ぼくのなかのスイッチが ON になった。



          *



ぼくは幼い頃から

両親に否定され続けて育ってきたから
常にマイナス思考だ。

いつも人の顔色をうかがっていたし
相手の気分を害さないようにってよく観察していた。



だからなんだなと思う。



誰もが見過ごしてしまう
世界の片隅で日々さりげなく起こる
ちょっと素敵なひとときに出逢えるのは。



いつかやってみたいと思っていたことがある。



大好きな写真家

エリオット・アーウィットさんや
ヴィヴィアン・マイヤーさんのようなモノクロ写真で

誰もが見過ごしてしまう
世界の片隅で日々さりげなく起こる
ちょっと素敵なひとときを

カメラにパチリとおさめてみたいと思っていた。



父の写真も同じだった。



破り捨てようと思った写真も
切り刻んでしまおうと思ったネガも

そこに写るのは

誰もが見過ごしてしまう
世界の片隅で日々さりげなく起こる

ちょっと素敵なひとときだった。



モノクロ写真にこだわるのは
イマジネーションをかきたてられるのもあるけれど

幼い頃男の子でありながら
敏感肌で色白だったことからいじめに遭い

「モノクロ写真の世界なら ぼくはそこに溶け込める」

という願いを持っていたからなんだと思う。



          *



機が熟したのだと思った。
ぼくから歩み寄ろうと思った。
父と過ごせる時間はもう長くないとわかっていた。



          *



父に写真を教わろうと思った。



          *



実家を訪ね
思い切って話してみた。



事前にどう言おうか
原稿を書いて
パートナー相手に練習までしてきて。



「ふん」と鼻で笑われるかもと思っていたけれど
なんだか、うれしそうだった。



「教えてほしいなら教えてやってもいいぞ」的な感じで。



          *



それから時間を創っては
ふたりで出かけるようになった。



ぼくの手には
父が大切に大切に使ってきたカメラがある。



あのとき壊すのをためらったカメラだ。



教えるときのうれしそうな顔ったらない。

「そんなことも知らんのか」

みたいなことを言いながら。



相変わらず怒っているような顔をしながら。

ヒロ: なに? なんか怒ってんの?
父: もともとこうゆう顔だ。
ヒロ: 知ってた。

そんな冗談も交わしながら。



          *



小学生の頃初めて父に

カメラの使い方を教えてほしい
写真のことを教えてほしい

って思ってから、言い出せずに30年。



30年越しのキャッチボールが叶った。



グローブとボールではなく
カメラとふたりの手で。



          *



あれだけ嫌っていた父だけれど。
父に教わること、まだまだありそうだ。
お互い、長生きするもんだね。



          *



今では父を先生にして
ライフワークとして産声をあげるまでになっている。



合言葉は、「世界は素敵で溢れてる。」



Heartful:

「なんかいいなぁ」と心の温度があがる
世界の片隅で起きるちょっと素敵なひとときを

Finder:

1.find + er みつける人
2.人それぞれの感性が持つ心の窓(ファインダー)で写す人

という想いを込めて

9つ目のライフワーク
「写真学校 ハートフル・ファインダー」に。



結婚式や誕生日などの記念日に呼ばれたり
なにげない日常に同行して
ハートウォーミングな写真をパチリ。



デジタルカメラ全盛の時代に
あえてフィルム(にしか出せない色合いと味わい)にこだわり
自ら撮り、自ら現像する。



わたしだから撮れる。
アマだから撮れるものがある。

そんな一枚を愉しみに。
そんな一枚を無上の悦びにして。



          *



Elliott Erwitt
http://www.elliotterwitt.com/lang/ja/

映画「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」公式サイト
http://vivianmaier-movie.com/

Vivian Maier Photographer | Official website of Vivian Maier |
http://www.vivianmaier.com/