ameto - ちょっくら、雨宿りしてきませんか?人生の。 ameto
~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~

ameto

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photo credit:Éole via Flickr (license)



ライフワーク「ameto」が産まれるまでの物語。



                    *




けんちゃん:

ようやく2時間の壁、一年の壁越えられそうです。
何度やっても越えられなかったのに、あれほど越えられなかったのに。
ここがあったおかげです。

ヒロ:

いやいや。ぼくがしてきたことっていえば、雨音との相性が良いジャズ、特にお気に入りのジャズヴォーカルを蓄音機で流しながら、親しい人だったり家族をもてなすようにチーズケーキ好きが高じて作り始めるようになった自家製チーズケーキとお茶を雨宿りしてる人にお出しして、請われれば他愛もない話してただけだから。ほとんどうんうんって聴いてるだけだけどね。たださ、第一号だからね、けんちゃんは。そんな人にそう言ってもらえると嬉しいけど。ちょうど一周年記念、やっててよかったなって。

けんちゃん:そうだったんですか?

ヒロ:

うん。ちょうど去年の今頃、梅雨に入る前ぐらいだったでしょ、たしか、って言ってもわかんないか。ふと思い立って、矢尾こと葉(やお ことは)さんのおうちカフェとまではいかないけど、交通事故の後遺症で雨の日は身体がだるくって家に居ることがほとんどだったし、これがために毎日何処かへ出勤しなくて済むアーリーリタイアがしたいって言ってたくらいだから、だったらこれにうまいこと乗っかってなにかできないかなって人生で雨宿りしたい人にって軒先開放したら、その日にさっそくやって来たのがけんちゃんで。まさか初日に人が来るなんて思わなかったからね。こんなご縁もあるんだなぁって今でもよく憶えてる。

そうそう。
ちょうどね、この雑誌にこんな特集が載ってるんだよ。

月刊望星(ぼうせい)7月号の特集
「軒先慕情 間(あわい)の空間に人は集う」
http://www.tokaiedu.co.jp/bosei/index.html

(けんちゃんに部屋から持ってきた雑誌を手渡しながら)

この前栄(さかえ=名古屋の繁華街)歩いてたら、道の端っこのところにちいさな看板が出てて、「隠れ家あります」なんて書いてあるの。気になるでしょ?目抜き通りだからじゃんじゃん人が行き来してるのに、誰も足を止めないわけ。みんなせわしいのか、歩きスマホに夢中なのかな。アーバンリサーチの CM(https://youtu.be/jfo-Z-EC_6E)みたいだけど、出逢いなんて無人島でもなければいっくらでも転がってるのにね、なんて思いながら摩天楼みたいなビルの谷間の細い路地をずんずん入ってったら、「これ?」みたいなところに珈琲屋さんがひっそりあって。あまりにひっそり過ぎて、一回、ん?いや二往復だったかな、通り過ぎちゃったけど。あのお店みたいにおうちの前に「ちょっくら、雨宿りしてきませんか?人生の。」なんて看板置いてたら、けんちゃんが来て。それにしてもよく来たね。

けんちゃん:

ようやくありついた(大手スーパーでの早朝)品出しのバイトクビになって、なんていうんですかね、切れちゃったっていうか、なんにもする気出なかったんですよね、あの頃。

キツイ仕事でしたけど一年迎えられるところまでなんとか漕ぎ着けて、これで4月になったら自己ベスト更新だ!って思ってたのに、4月に入る3日前ですよ、3日前。店の責任者から「次の人、来てもらうことにしたから。お疲れさんでした。今月いっぱいね」とか言われて。今までも笑えない冗談しょっちゅう言う人でヤダなぁって、どっか異動っていうんですか、あれで行ってくんないかなって思ってたんですけど、今回もどうせそんなんだろうって「ありがとうございました~」なんて笑って流してたら、31日にホントに次の人が来て、「引き継ぎお願いします」って。で、クビですよ。

僕んなかで一日2時間以上働くことと一年以上働くことって、ささやかな夢だったんです。スイスイ8時間働けて、何年も同じ会社で働ける人からすれば「なんだそれ?」でしょうけど。でもそれがどうしても越えられなくて。いいところまでいくんですけどね、いつも。だから今回はって手応え感じてたのにこんなんで終わっちゃったから、もうやる気ゼロで。僕にはもう無理なんじゃないかって、一生越えられないんじゃないかって、このまま人生終わんのかなって思ったら、なんか泣けてきて、なにもかも投げ出したくなって、ふらふらしてばっかで。

でもこれじゃダメだってシューカツ励むんですけど、ことごとくダメで。まぁ、当然ですよね、そんなんなんで。じゃバイトってなっても、これもなっかなか決まらなくて。そんなときヒロさん家の前通って、って言ってもいつも通ってたんですけどね。なんで今まではスルーしてたんでしょうね。で、そんとき目に入ったんですよ、看板が。下ばっか向いて歩いてたからですかね?そのおかげ?ははは。まぁ、そんなんで入ってみたら初対面なのに、「きょうみたいに急に降られた雨だけじゃなくて、長い長い人生にも雨宿りって必要ですからね」って。呑気な人だなっていうか、あったかく迎えてもらって。

雨宿りに来た人に向けにヒロさん、手紙置いててくれたじゃないですか。今も持ってますよ、これ(と鞄から取り出して見せてくれる)。この手紙お守りにして、雨宿り終えて、チーズケーキと珈琲ごちそうになって、あっ、あれ美味かったです、きょうのもですけど。心が満タンになって、面接行って今があるんですから。7月、このままなんの不安もなく迎えられますし、2時間の壁も一年の壁もいよいよ越えられますから、そのお礼にと思って。

バイト探してたとき選考辞退するところに断りのメール送って、「いい応募者さんに機会譲ります。いい応募者さんに出会えることを願ってます」って書いたんです。あと、「世の中にこんな仕事があるなんてこと。人知れず社会の役に立ってる仕事があること。応募するまで知りませんでした。○○さん(=先方企業の採用担当者様)のような人がいること。○○さんの情熱も知ることがないままこれからの人生生きてたかもしれません。こんな機会作ってくださりありがとうございました」って書いたんです。

そしたら返事が来て、(実際のメールを見せてくれながら)「当社としても是非一緒に仕事できればと思っていたところでしたので、非常に残念です。ただ、これも何かの縁だと思います。今後もなにかあれば、お声がけください。」ってあって。ふつうこういうのって社交辞令っていうんですか、この場限りではいはいって流すもんじゃないですか。でも僕バカなんで、せっかくこう言ってもらえたんだからって、バイト辞めないといけなくなってあたらしいとこ探してたときに思い出して、文字通り受け取って連絡とって今があるんですから。理解ある人と職場に恵まれたのは、やっぱりあのときここで雨宿りしたからですよ。

ヒロ:

いやいや、こちらこそだよ。あの日けんちゃんが第一号で来てくれて以来、不思議と人が途切れなくてね。雨の日しかやってないのにだよ?お店じゃないし、商売っ気もないから宣伝するでもなく、偶然の出逢いを楽しみたいからするつもりもなくて、ひっそりとやってるのにね。どっと来てくださっても、このスペースだからお断りするしかなくてちょうどいいんだけど。来てくださる方には横のつながりはないみたいなんだけどね、どこでどう知ってくれてるんだか。お住いはこのあたりじゃない方も居るからさ。

おまけにバッティングしないの。雨宿りしてる人が「じゃ」って席を立つと、しばらくして別の人が雨宿りしに来て、その人が席を立つとまたしばらくして別の人が来て。雨宿りしてる人の雨が止むまでそっとしておいてあげる、みたいな空気があるのかな、うまい塩梅っていうのかなぁ、目に見えない気遣いがあるみたいで不思議だよ。

きょうもまたけんちゃんが席を立つと、どなたか来られるんじゃないかな。




                    *



以前、呆れるようなひどい交通事故に遭ったことがある。



バイクで右折待ちをしているとき
助手席に広げた地図を見ながら脇見運転する自動車に
猛スピードで追突された。



後の警察の調べでは
ブレーキをかけた形跡はまるでなかった。



衝撃でバイクとともに反対車線にまで跳ね飛ばされたとき

スローモーションで見えた対向車が迫る様子から
正面衝突はまず避けられないと覚悟し

「これは助からない」

死んだと思った。



でも、目に見えない「なにか」が守ってくれた。



跳ね飛ばされ
反対車線に叩きつけられるとき

幸いにもバイクが先に落ち
ストッパーの役割を果たしてくれたおかげで

急ブレーキをかけた対向車がバイクに衝突してスピードが緩まり
直後に道路に叩きつけられたぼくの数センチ手前で止まった。



追突されたときぼくは
郵便局で働いていた。

3輪で荷台が付いている
「ジャイロ」と呼ばれる重量感のあるバイクに乗っていたために

追突時
頑丈な荷台部分がクッションの役割を果たしてくれた。



そして

跳ね飛ばされた後
道路に叩きつけられたときには

今度は重量感ある車体が
まるでお相撲さんのようにストッパーの役割を果たしてくれて助かった。



道路で動けなくなりながら見た
ぼくのいのちを救い盾となってくれたバイクは

スクラップされたように
熱で溶かされたように

くにゃくにゃだった。



一発で廃車だった。



突然のことで動転する運転手さんに代わって
すぐに近くにいた人が救急車を呼んでくれて病院に運ばれた。



予期しない追突であったために
防御の姿勢がまったくとれず

ヘルメットをかぶってはいたものの
頭部を強打していたので精密検査などをした。



でも、目に見えない「なにか」が守ってくれた。



検査結果は異常なし。
以降今までも異常なし。

外傷は擦り傷程度で済んだ。
ただ、むち打ちの症状だけは避けられなかった。



幸い数週間で痛みはおさまったが

事故以来雨の日になると
おとなの男性をひとり背負っているかと思うほどに身体が鉛のように重くなる。

頭痛や吐き気も併発して
起きあがるのもやっとになった。



もともと雨の日は好きじゃなかったけれど
以前にも増して雨の日は憂鬱になった。

もう以前のぼくには戻れない。

脳天気な加害者への憎しみとともに
その想いがぼくをさらに内向的に出不精にした。



郵便局はアルバイトでの雇用で

今はどうかわからないけれど
当時の扱いは使い捨て同然で酷いものだった。

通報を受けて駆け付けた所属局のお偉いさんは
ぼくのことなんかそこそこでバイクの損傷具合をしきりに気にしていたし

休業補償なんてものもない。

「痛みが引いたなら働けますよね?」なんてどの口が言うかのごとくのたまうかと思えば
「バイクに乗るのが怖いです」と話すと

「じゃ、結構です」でお払い箱となった。



労災からだったか雀の涙程度の支給金はあったけれど
それでは当面の生活資金にはなりえない。

生活のためには無理をしてでも働かないといけなくて
這うように支援機関へ相談に出向いたら

一回目のヒアリングを受けての二回目の面談で
相談員の一人が前回まとめたメモを手にしてぱらぱらめくりながら

「鉛みたいに身体が重くなるんでしたっけ?あ~はっはっは!」

「ここ、笑うところじゃないだろ?」みたいなところでバカ丸出しで笑い転げ
もう一人隣にいた相談員も一緒になって笑い転げだしたので

「ぼくはいいけど、あんたたちみたいな人間性の人に支援される人が可哀想だわ」

捨て台詞を吐いて後にするなんて苦々しい思いも雨がもたらした。



起業している友人がオフィスを移転したので

「一度遊びに来ない?」

気分転換に誘ってくれたのはそんなときだった。



訪れてみて、気になったことがあった。



移転前のオフィスもそうだし
彼女のおうちもそうなのだけれど

駅から近いことや
眺望にもこだわりを持っている人なのだ。



移転前のオフィスは
名古屋の夜景が一望できるところだったし

彼女のおうちからは
ライトアップされたテレビ塔が見える。

もちろん、どちらも駅からは近い。



でも

移転先のオフィスは
駅からはちょっと離れている。

高層階というわけでもないので
周りはビルに囲まれていて

眺望はまるで期待できない。



「どうしてここを選んだんだろう?」
不思議でならなかった。



尋ねてみたら

「ヒロ、事故で身体がしんどいと思うけど、よかったら雨の日にまた訪ねて来てみて」

ちょっと意味深なことばが返ってきた。



雨の日に?
なんだろう、気になるなぁ・・・。



事故以来
天気予報で雨の日マークを見るのはふぅとため息ものだったけれど
彼女の意味深なひとことでちょびっと楽しみに変わっていた。



なんだかいつしか雨の日が待ち遠しくなっていた。



そうして、待ちに待った雨の日がやって来た。
身体は重いが、こころと足取りは軽かった。



オフィスを訪ねると

待ちきれないとばかりに手招きされ
窓際に案内してくれた。

上から下までガラス張りなので眼下がよく見える。



友人:ヒロ、下、見てみて。
ヒロ:下?下って、歩道と道路があるだけでしょ?
友人:いいからいいから。



彼女に促さされるままに下を見ると眼下には

「わぁ・・・」

思わず声をあげたくなるほどの光景が広がっていた。



傘の花が咲いていたのだ。



人通りの多いところだから
細長い道はまるでプランターのようで
傘の花でいっぱいだ。



傘をさそうとする姿は、蕾(つぼみ)。
傘をゆっくり開こうとする姿は、花開く瞬間。

色とりどりの傘の花が
次から次に蕾として顔を出し

あちこちで花開こうとしていた。



咲き乱れていた。
咲き誇っていた。



咲いたお花がウキウキした様子でくるくると回っていたり

まるで花束を創るようにカラフルな色が集まっていたり
お花屋さんのショーウィンドウみたいにきれいに整列していたり

ピンボールのようにあちこちへ愉快に跳ねていたりして
時間が経つのも忘れるほどうっとりとしていた。



「傘の花が咲く場所だから」

そう話す彼女を見ながら
ここをオフィスの移転先に選んだ理由がなんとも彼女らしい理由だと思って

久しぶりに
雨の日に

ぼくの顔にも花が咲いた。



帰るとき

彼女が「はい、これ」
メッセージカードを手渡してくれた。

そこには、こんなことばが書かれていた。




Life isn't about waiting for the storm to pass ...
It's about learning to dance in the rain!

Vivian Greene
http://www.viviangreene.com/




ガッチガチの文法訳読ではなく、フランクに訳すならこんな感じ。
友人が、ぼくに伝えたかった想い。




人生はね、嵐が過ぎ去るのをただただじっと待つだけの場所じゃないよ。

名画「雨に唄えば(Singin' in the Rain)」のあの名シーンのように
https://www.youtube.com/watch?v=D1ZYhVpdXbQ

雨であっても
雨だからダンスを楽しめる
そんな生きかたを見つける場所。

だから、見つけに行こう。
出逢いに行こう。




                    *



作家 半村良(はんむら りょう)さんの短編
「雨やどり」に、こんな場面があった。



新宿裏通りのバー街。

「ルヰ」のバーテンダー「仙田(せんだ)」は
一介のバーテンダーから店を持ち

やがて顔馴染みの和菓子屋店主が
持ち家の跡地に建てたマンションを購入するまでになった。



バー街で親交のある面々がどっと詰めかけた
新居のお祝いの賑やかさも去ったある夏のこと。

4階建てのマンションにはエレベーターがなく
新聞も郵便も階段で一階まで取りに行かなくてはならず

億劫ではあったがこの日も
雨がぽつりぽつり降りはじめるなか取りに行った。



すると

強まった雨脚を避けようと
ハンドバッグを髪の上にかざした和服姿の女性が

マンション入口に飛び込んできた。



女性は
仙田も知っているバーのホステス「邦子(くにこ)」。

すぐに止む気配はない。

ここではなんだからと雨が止むまでの間
部屋へとあげることになった。



小一時間ほど談笑していると雨は止み
邦子は礼を言って帰っていくのだが


「雨が降ったらまたおいで。雨やどりさせてやる」


仙田がそう見送ったことで雨が降ると邦子は
雨やどりを口実にやって来るようになる。



次第に深い関係になっていった仙田。



邦子の左手薬指に指輪の跡がついているのを見て
その跡を自分の指輪で埋めてしまいたい衝動に駆られる。



宝石店へと連れ出し
抑えがたい衝動を達した優越感に浸っていたある日
警察が仙田のもとを訪ねてきた。

はぐらかすような尋ね方ではあったが
邦子がはめている指輪の石が盗品ではないかと疑ってのことだった。



この一件があってか邦子の足が遠のいていくなか
やがて事情が明るみに出る。



邦子にはヒモのヤクザがいて
仙田が連れ出した宝石店に4人組で盗みに入ったという。

ふたりが出会った雨の日は
そのヒモが逮捕された日で

邦子はちょっと近くまで来たのではなく
気を揉んでヒモに会いに来ていたのだった。



道理で格好もラフなものではなく
怪しまれないようにと和服姿でしっかり着込んでいたのだろう。



指輪の跡がある訳も合点がいった。



邦子は

事情がバレたあとも仙田に未練たらたらで
勝手に部屋に来ては寝たりもしていたが

やがてヒモが出所すると姿を消した。



仙田は

雨が降ると姿を消した邦子を思い出し
古傷が疼くのだが

こうも思い
邦子を憎めないでいた。




「そうか。あいつ、俺に雨やどりしたんだ」
雨やどりなら、いずれ出て行く。
・・・・・・仙田はなんとなく納得した。




                    *



東京 ←→ 名古屋
日本 ←→ アメリカ

13年間の遠距離恋愛の末婚約した愛しき女性を
挙式直前に病気で亡くした。



13年という時間は数字で見れば13年だけれど

ぼくらにとっては13年ではなく
もっともっと濃密で

生涯をともにした伴侶といってもいいくらいだった。



婚約に至るまでの長き道程
その間にあった数えきれない試練を思うと
あまりの喪失感にこころが荒んだ。



生活が荒れた。
仕事を失った。



昼夜逆転の生活になった。
ひきこもった。



自傷行為が止まらなくなった。
過食と拒食を繰り返した。



とにかく生きていくのが嫌になった。
なにもする気力が湧かなかった。



そんなじぶんがどんどん嫌いになっていった。



ある日宅急便が届いた。
幼稚園時代の心友からだった。
家族の次に長い付き合いの友人だ。



なにやら細長い箱に入ったものを受け取り開けると
開けたすぐのところにポストカードが一枚入っていた。



手書きでこう書いてあった。



「心の雨には 傘が必要だろ?」



さらに箱を開けると、中から本当に傘が出てきた。
思わず苦笑した。

「あいつなりのユーモアなのかなぁ?」

そんなことを思いながらちょっと傘を開いてみたとき
ぼくのこころにおひさまの光が当たったような気がした。



そこには思わず深呼吸したくなるような
抜けるような青空が描かれていたからだ。



MoMA (The Museum of Modern Art) のスカイアンブレラだった。
http://www.momastore.jp/shop/g/g4996971067967/



厚い雲に覆われていたぼくのこころに晴れ間が見えた。
陽が差した。
青空が広がった。



MoMA の Web には
デザイナーさんたちの想いがこう綴られていた。




カサを開いた瞬間、どんな嵐もいつかは晴れることを信じたくなるスカイアンブレラ




劇的な魔法じゃない。
でも、「なにか」がこのときから変わった。
ぼくにとっての人生のターニングポイントだったと思っている。



多くを語らずとも
余白でわかりあえる仲。

人間関係を築くのが苦手で
人付き合いがあまり良くないぼくに

そんな友がいることをしあわせに思った。



いつか彼が同じように
絶望を前に立ちすくんでいたならまっさきに駆けつけ
今度はぼくが彼の力になろうと思った。



                    *




雨宿りするあなたへ

語源からはちょっと離れ、いや、かなりでしょうか。
『傘』という字は、『人』がひとつ屋根の下に集まっているように映ります。

ぼくが雨の日交通事故の後遺症でだるく憂鬱だったとき、とあるビルのオフィスから眼下に広がる傘の花を見せてくれた人がいました。

ぼくが13年間の遠距離恋愛を実らせた婚約者を病気で亡くしたとき、『心の雨には 傘が必要だろ?』なんて歯の浮くような台詞とともに、ぱっと開くと内側に青空が広がる傘を贈ってくれた人がいました。

ココ『ameto(あめと)』の to は、&。
接着剤。
雨とまだ見ぬ誰かをつなぐ場所。

あなたという屋根の下に、素敵な人たちが集うきっかけになれたらと願ってこの場を創りました。

                    *

『雨』と聞いて思い浮かぶのは、どんな光景でしょうか。

きょうの空模様のようにどんよりとした鉛色の雲。
むせ返るようなじめじめした空気。
お気に入りの服も靴も濡れる。

嫌なことばかりでしょうか。

そんな雨も所変われば、恵みの雨。
そんな雨も所変われば、ライスシャワーや花びらの雨。
そんな雨も所変われば、カーニバルの紙吹雪。

ココ『ameto(あめと)』の to は、英語の to。
矢印 → です。
雨とまだ見ぬ何処かをつなぐ場所。

『止まない雨はない』も良いですが、あなたにとっての雨が、いつかこんなしあわせな雨になりますように。

雨宿り、どうぞごゆるりと。




                    *



けんちゃんとの出逢いがあらたな人を連れてきてくれて
そうして出逢った人がまたあらたな人を連れてきてくれる。

宣伝もしないのに。
ひっそりとやっているのに。

こうした不思議なご縁に恵まれながら
ライフワーク「ameto.」は産声をあげた。