笑わなかった理由 - 白色の自己主張
~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~

笑わなかった理由

Photo:The Magic Touch By:David Blackwell.
Photo:The Magic Touch By David Blackwell.



白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



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笑顔は、人と人とを繋ぐ架け橋。
でも、笑わなかったから繋がった架け橋もあった。



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以前名古屋に来られた留学生の方たちとの交流会があって
お声がけをいただき出席した。

各国から来られた留学生のみなさんが
母国の料理を作ってもてなしてくださり

立食パーティーのような感じで来場者は
各テーブルを訪れては料理を楽しみ歓談する。

そんなスタイルだった。



とあるテーブルで日本の学生さん数人が
きゃ~きゃ~言いながら騒いでいた。

当日の会場は大勢の人が訪れていて活気に溢れていたから
彼らの騒ぐ声はかき消されてはいたが

背中合わせですぐ隣のテーブルに居たぼくには
なにやらふざけた様子が伝わってくる。



多文化に触れて盛り上がっていたのではない。



そこには昆虫食があり
初めて見るのだろう。

まるで汚いものでもつまむような仕草で箸で取っては
仲間の女の子の目の前へとぶらんぶらん下げ

嫌がる反応を見ては喜んで遊んでいた。



たまたまこのテーブルの留学生さんは席を外していたので
幸いこのバカ騒ぎを目にすることはなかったがこころが痛んだ。

食べ物を粗末に扱う姿をあまりに見かね
場の空気を壊さないよう気を遣い
やんわりと角を立てないよう注意したら

「なんだよ、こんなん罰ゲームで使うあれだろ?あれ」
「だいたいこれ、食いもんじゃなくね?なんでここにあんの?」

そう言って「アンタ、いくつだよ」と思うほどに
見事なくらいふくれっ面になったかと思うと

箸でつまんでいた昆虫食を投げ戻し

「来て損した」

捨て台詞を吐いてみんな会場を出ていった。



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交流会がお開きとなり
お皿の片付けなどをえっちらほっちら手伝っていたら
昆虫食のテーブル担当だった留学生さんがぼくに声を掛けてきてくれた。



昆虫食で遊んでいた学生さんたちが居たときも出ていってからも
彼は他のテーブルに呼ばれて歓談中。

「いつ戻ってくるかなぁ」

昆虫食をいただきながら人波の向こうを背伸びしてちらちら見ていたが
なかなか戻ってくる雰囲気ではなかったので

せっかくお招きいただいたのだからと
いろいろ見て回って各国料理に舌鼓を打ち
みなさんとお話したかったぼくは

昆虫食のテーブルを離れ
会場内で世界旅行を楽しんでいるうちに

気がつけばお開きの時間になってしまっていた。



彼とは目が合うことはなかったし
人波でこちらは見えなかったと思うから
なぜぼくに声を掛けてきてくれたのだろうと不思議だった。



彼はぼくに「さっきはありがとう」と言い
来日して間もない頃に見たというテレビ番組の話をしてくれた。



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以前とある深夜番組で

女性アイドルグループのメンバーが
ゲームに負けた罰として昆虫食を食べる場面があった。

運ばれてきたときは銀の蓋がかぶせられていて中身はまるでわからない。
においもしないのだろう。

しかし開けられた途端スタジオ中に悲鳴が轟き
中には泣き出したり逃げ出すメンバーも。

まるで汚いものでも触るかのように箸で嫌そうにつまんだり
周りで見ているメンバーにびっくりさせようと投げたりする。



昆虫食は、罰ゲームではない。



昆虫食は食糧事情に厳しい国や地域に住む方たちにとって大切な栄養源であり
生きていくうえで欠かせない食糧なのだ。

君たちが昆虫食を手に追いかけ
わ~きゃ~言って逃げまわったり
投げつけたりして面白がっているのを

昆虫食を日々の食糧として口にしている人たちが見たらどう思うだろう。



日本人の和食や自身が作った料理を
目の前で同じようにされたらどう思うだろう。



スタジオでスムーズに出されたということは
裏方として昆虫食を作った人がいるということ。

その人を前に

まるで汚いものでも触るかのように箸で嫌そうにつまんだり
昆虫食を手に追いかけわ~きゃ~言って逃げまわったり
投げつけて面白がったり

「無理!」などと言ってべろんと汚らしく吐き出す。



昆虫食を作った人は

まるで汚いものでも触るかのように箸で嫌そうにつまんだり
昆虫食を手に追いかけわ~きゃ~言って逃げまわったり
投げつけて面白がったり

「無理!」などと言って吐き出してもらうために作ったわけではないだろう。



日本のテレビでは絵的には面白い(?)のかもしれないが
自分にはなにが面白いのかまるで理解できない。

日本ではこんなことがウケるのか?
それとも自分がおかしいのか?

いくらバラエティ番組とはいえ
グループのメンバーやスタジオにいる方たちのように自分には笑えない。



いずれも来日して間もない頃だから
なにを言っているのかはよく判らない。

でも

表情
叫び声
仕草

それらを見ていれば彼らがどんな気持ちなのか
昆虫食をどう思っているのかは判ると。



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そう話してくれた彼の目には
テーブルでのおふざけが重なったのだろう。



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ぼくは昆虫食に馴染みがあって

子どもの頃
田舎のおばあちゃんが作る佃煮などで食べていた。

おとなになって海外旅行へ出かけたときには
昆虫食でもてなされたこともあった。



「げっ!」のような表情で曇るでもなく
ぱくぱく食べる様子をもてなしてくださった方たちは驚いていたが

それは食べ慣れていたからというよりも
出されたものだから食べなくてはという義務感みたいなものでもない。

彼らにとってそれがいかにごちそうなのかは
作ってくださっているご様子から痛いほど伝わってきたし

貴重な食料源であるその昆虫食を
たまたまやって来たに過ぎない一旅行者であるぼくに振る舞ってくれたその想い

遠路はるばるやって来たぼくを
自分たちに出来る精一杯のもてなしで迎えたい気持ちが判るもの
それが昆虫食だったから

ぼくはひとくちひとくち大切に口へと運び
噛みしめるように残さずすべて美味しくいただいた。



以前紹介した多文化体験の原点「黒いジャガイモ」と同じ想いだった。
http://ippunkan.blog.fc2.com/blog-entry-293.html



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芸能人が貧乏時代のことを笑い話として語るとき
河原の草を食べていたとか話すことがあるけれど

それと同一視して

「昆虫食は貧しい国の人が仕方なく食べる可哀想なもの」

なんて見方をするのは、傲慢さの塊のような偏見でしかない。



「昆虫食なんておかしいでしょ」と言う人もいるが
おかしいのはそう言っている自分の方かもしれない。



昆虫食は、憐れみの対象なんかでもない。



ましてやそれを罰ゲームの材料にするなんていうのは
自分たちの文化が上であると豪語するような行為で失礼極まりないと
ぼくも以前見たことがあって同じ想いを抱いていた。



こういう言い方は今回限りにするけれど

罰ゲームに昆虫食を持ってくれば笑いが取れる。
数字が取れる。

人の痛みを踏み台にして笑いや数字を取るなんてさもしい発想だなと思った。

罰ゲームの定番=昆虫食としか発想できない
そんな企画職の連中なんてクズだなとさえ思った。



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アイドルの子たちからすれば

デビュー間もない自分たちの数少ないアピールの場であり
嫌とは言えない空気があるだろう。

ぼくが同じ立場なら
気がちいさいからとても言えない。

異論を唱えたり
文句を言ったり
断ったりしようものなら場が白け

何様なんだともう二度と呼んでもらえなくなったり
下手すれば冠番組が消えることにもなりかねないわけで

そうなればここでアピールしたいと思っている露出の少ないメンバーや
グループ全体に迷惑がかかると思って飲み込むしかない。

だから、彼女たちを責めるのは酷な話。

ただ弱い立場とはいえ
どう見えているのかは知っていてほしいなと思う。



こういうときはおとながしっかりしないとダメだろう。
見ていて情けない限りだ。

彼らも立場上局との関係で弱いのかも知れないが
MC や番組制作に携わる人間がなぜ

「これっておかしくないですか?」
「止めませんか、こういうのもう」
「こんなことでしか笑いが取れないなんて、企画力疑われますよ」

誰一人声をあげられないのだろうと。



そんな想いを抱いていたから

ぼくはテレビ番組を見たときも
テーブルで学生さんが昆虫食を手に遊んでいるときも笑えなくて

だから、注意をしたのだった。



世間と笑いの感覚がずれているとは思っていないし
媚を売って合わせようとも思わない。

MC がどれほど世間的には売れている人でも
「こんな人、芸のある芸能人とはとても言えないな」と思うし

出ていたら消すかチャンネルを変える。



そんなぼくのことを彼はあの時間の中
どこかで見ていてくれたのだった。



同じ日本人として恥ずかしいなという思いもあって昆虫食で遊ぶことを止めさせ

あの番組の人たちのように
あのテーブルの学生さんたちのように笑わなかったから

ぼくらは握手を交わし、友人になった。



彼を入り口に後にぼくは
名古屋に居ながら世界旅行できるほどに
外国人の友人に恵まれることになる。



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ライフワークのひとつ

ファッションのチカラで じぶん Love ♥
パーソナルスタイリング * モテハピ * で
http://ippunkan.blog.fc2.com/blog-entry-20.html

大好きな人の前ではカッコよくいたいから
アイドルの握手会へ行くときに着る洋服をスタイリングしてほしい

そんなオーダーを受けたことからはじまり

以来定期的にオーダーをいただける
お客様がお客様を呼ぶクチコミの最初の一人になった方から

「紹介したい人がいるんです」

ありがたいお声がけをいただいた。



もともと彼はぼくと同じ敏感肌で

着心地のいい服
http://www.iikigokochi.jp/

のようなオーガニックコットンの洋服を希望されていて

ぼくも普段から愛用していることから着回しできて
手頃な価格帯で上から下まで揃えられる強みがあり

いつしかオーガニックコットン専門のスタイリングも
* モテハピ * で手がけるようになっていた。



紹介したい人方もまた敏感肌で
常日頃から着るものに困っていて

「いい人が居ますよ」と話したところ
「是非会ってみたい」となったとのことだった。



ただ当日紹介者であるお客様がお仕事の都合で来られないために

連絡先
待ち合わせの場所と日時を頼りに

ぼくらは待ち合わせすることになった。



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日差しが痛いほどの真夏の名古屋・栄(さかえ)

百貨店の入り口近くでちょっと早めに着いてお待ちしていたら
待ち合わせ時間の5分前。

地下街から地上へと繋がる階段を
それらしい方が出てこられた。



鞄から折りたたみの日傘を取り出し
ぱっと差してこちらへと歩いて来られたのだが

男性が日傘を差すことはまだ珍しいこともあって
行き交う人たちが老若男女問わず例外なくちらちら見ては

ひそひそなにかを話したり
こそこそ笑っていたりする姿がぼくの目に入った。



まっすぐにこちらへと近づいて来られ

ぼくに気が付き
一礼して傘を畳むと手を差し出し

まだひとこともことばを交わしていないのにこうおっしゃった。



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男性:

スタイリング、是非お願いします。

あなたがもし私を見て、ほんの少しでも笑ったりした時には、この場でお断りするところでした。事前に日傘のことはお伝えしていなかったので、試すようなことをして申し訳ありません。事前に伝えると、人は、準備しますから。素のあなたがどんな方なのか、見たかったのです。

きょうここに来るまで、外を歩く時はずっと日傘を差していましたが、誰もが好奇の眼差しを向けます。地下街を出てから、ここに来るまでのように。そんなに男性が日傘を差すことがおかしいでしょうか。いけないことなんでしょうか。

私は、聞いておられるかと思いますが敏感肌ですし、肌が薄くて、日に当たると火傷のようになってしまうのです。だから夏に限らず、ほぼ一年中日傘が手放せません。

ヒロさん。
どうしてあなた、日傘を差す私を見て笑わなかったんですか?

ヒロ:

理由があると思ったからです、誰しも。
その人になにがあったのかは、聴かなければわかりませんから。
ほら、こんな感じで(日傘を鞄から取り出し)。

男性:あぁ!ヒロさんもでしたか。
ヒロ:はい。こちらこそ、よろしくお願いします。

(握手を終え)

ヒロ:

それに、そもそも日傘に性別を持ち出すこと自体がナンセンスですよね。
使う必要があるから使う。
それだけのこと。

女々しいとか言うんでしょうか、イマドキ。
昭和の親父じゃあるまいし。




                    *



ぶっちぎりの天才が言うことが
世間から受け入れられないことがあります。

でもそれは

その天才の言うことが間違っているとか
頓珍漢だからということではなく

あまりに時代の先を行き過ぎていて理解されないだけ。

やがて時代の方が追いついてくれば
広く受け入れられるようになるものです。



日傘もまた然り。



男性が日傘を差すことほ
お逢いした当時は好奇の目で見られていましたが

最近では健康意識の高まりと相まって差す方もちらほら見かけるようになり
以前のように刺すような視線を感じなくなりましたし

百貨店などでも専用の売り場を設け
販売されているのをよく見かけるまでになりました。



色白なことをなじる女性もいましたけれど
日焼けしている男がカッコイイとか男らしいなんていうのを真に受け
スケベゴコロに流され

紫外線で目をやられて病気になったり
皮膚がんになったりするなんて

ぼくはまっぴらごめんです。



そもそも敏感肌なので日差しからのダメージに弱く
日焼けなんておいそれとは出来ませんがそれよりも思うのは

日傘を差すことはじぶんを守るだけでなく
大切に思う人を守ることでもあるのですから。



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あの日

「こちらこそ、よろしくお願いします」と握手したお客様から
さらなるお客様のご縁をいただくだけでなく

「男性が差したいと思える、カッコよくオシャレな日傘を一緒に創りませんか」

なんてお誘いまで受けることへとまさか繋がるなんて、夢にも思いませんでした。



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友人がアマチュアではあるけれど

本業の傍ら漫才コンビを組んで
平日はネタ作りと数稽古

週末を中心に高齢者福祉施設を訪ねてはネタを披露し
行く先々で喜ばれています。



あるときいつものように

若さ故の元気で派手なボケとツッコミで漫才を繰り広げ
会場はどかんどかんとウケまくり

終演後上機嫌で簡単なアンケートをお願いして回っていました。

要望や改善点など忌憚のない意見をお聴きし
より良いものへとしていくためのものです。



ただこの日はいつもとは違って
おひとりだけにこりともしないおばあちゃんがいました。



「たまたま持ちネタが合わなかったのかな」

くらいに考えていましたが
おばあちゃんが席を離れ戻ってくると

持っていた本にひとこと「不愉快」と書いたアンケート用紙を挟み

「返さなくていい」

突きつけるように渡してお部屋へと帰っていきました。



なにが不愉快だったんだろうと挟んであったページを開くと
そこには、「木の実」と題された詩が載っていました。



茨木(いばらぎ)のり子さん作の詩「木の実」です。



アンケートを受け取り
福祉施設を後にしたふたりは
帰りの電車の中で読んでみました。



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高い梢に
青い大きな果実が ひとつ
現地の若者は するする登り
手を伸ばそうとして転り落ちた
木の実と見えたのは
苔むした一個の髑髏(どくろ)である

ミンダナオ島
二十六年の歳月
ジャングルのちっぽけな木の枝は
戦死した日本兵のどくろを
はずみで ちょいと引掛けて
それが眼窩(がんか)であったか 鼻孔であったかはしらず
若く逞しい一本の木に
ぐんぐん成長していったのだ

生前
この頭を
かけがえなく いとおしいものとして
掻抱いた女が きっと居たに違いない

小さな顳顬(こめかみ)のひよめきを
じっと視ていたのはどんな母
この髪に指からませて
やさしく引き寄せたのは どんな女(ひと)
もし それが わたしだったら・・・・・

1977年刊 詩集『自分の感受性くらい』 花神社より




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それまで彼らはツッコミといえば

人気のあるとある芸人さんみたいに
相方の頭をぺし!っと音がなるくらい

力いっぱい叩(はた)くことだと思っていた。

それであの芸人さんはどかんどかん笑いを取ってきたし
僕らも今までウケてきたし

なんの疑問も持っていなかった。



でも、あのおばあちゃんは違っていた。



あのおばあちゃんの世代からいって
戦争を体験した世代であることは間違いない。

ただ、どんな体験をされたのかはわからない。

それでもきっと僕らが頭をぺし!っと音がなるくらい叩くことに
木の実の詩を
僕らの知らない誰かを重ね

言葉にならない不愉快な思いを抱いたことだろう。



相方を見て
その頭を愛おしいと撫でる人のことを思い

「どうしてあんたはそんなふうに叩くんだい?叩けるんだい?」

心が痛んだのだろうと思った。



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1977年刊、僕らが産まれる前の本に思った。
何度も読み返された歴史が判る本に思った。
おばあちゃんの歩みが刻まれた本に思った。
どんな想いでこの本を託してくれたのかに思った。



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僕らはふたつの意味で痛かった。

頭を叩く姿は見ている人にも
疑似体験として痛みが伝わる。

頭を叩く姿がウケていると思ったが
気を遣って笑ってくれただけのことだと気がついた。



以来お手本としてきたお笑い芸人さんを離れ
ツッコミは軽く「こちらです」のような仕草で相方に触れる程度にした。



自分たち都合の元気で派手なボケツッコミで笑いを取ったり
あざ笑うようなネタをお笑いと勘違いしていたことを恥ずかしく思い
そんなことで笑いを取ったりするのは一切止めた。



そんなことでしか笑いが取れないなんて
プロであってもそれはもうお笑い芸人とは言えないだろうし

僕らはアマチュアだけれど
それだって胸を張れるものじゃない。

笑わせるんじゃなくて
そんなことをせずとも思わず笑ってしまう。

そんなネタで勝負したい。



そう心に決めて活動を再開し、半年。



再び訪れたあの場所で
あのおばあちゃんは笑ってくれていた。



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笑顔は、人と人とを繋ぐ架け橋。
でも、笑わなかったから繋がった架け橋もある。