過去からの応援 1974 - 2017 - 白色の自己主張
~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~

過去からの応援 1974 - 2017





白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



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2015年12月22日ぼくはブログに
「過去からの応援」と題してこんな想いを綴っていた。



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作家歴8年となった
川上未映子(かわかみ みえこ)さん。

作家としてのキャリアを重ねられるまでを振り返った
「しんぶん赤旗 日曜版」のインタビューにこんなことばがあった。



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10代半ばから、無数のアルバイトを経験。

「コンビニやチラシ配りなど、朝から晩まで働いて弟を大学にやりました。タフな10代をよく乗り越えたと思います。支えは文学。お金がなくても明るく生活していました」

24歳で歌手デビューするも成功せず・・・。

「大変だったけど、学びました。売れなくても、手を抜かずにやった感触は次の自分を応援してくれる。だから常に全力でやる必要があると。そうしないと、後で振り返った時、自分が信じられなくなる。アルバイトも、音楽も、全力で続けてきていまがある。全力であることが、生きていることと同義なのかな。いつも、これが最後の作品になるかも、という緊張感をもって小説と向き合っています」




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先日、会社の忘年会があった。



「忘年会」とは読んで字のごとく
今年一年の苦労を忘れるために開く年の瀬の宴。

きれいさっぱりさよならしたい。
ゆく年くる年の気持ちだろう。



「忘れる」忘年会だ。



でもぼくにとっては
記憶に留めておきたい想いが溢れる宴。



「忘れない」「忘れられない」忘年会だった。



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ぼくが今の会社に入社したのは
じぶんから応募したのではなく
人生初のスカウトだった。



去年の12月に

しかも年の瀬が迫った慌ただしい時期に
ちょっと時期外れの入社をする前

その年の9月30日付けでぼくは会社を退職していた。



ちょうど、勤続一年を迎えたところだった。



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話のはじまりは、そこから遡ること4年前になる。



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当時働いていたお店は宅配を手掛ける会社で

ぼくはその会社のオーナーさんと
店長さんのお人柄に惚れて

その場で入社を決めた。



定着率がすこぶる良く
求人が出ていないにもかかわらず
じぶんから「募集してますか?」と電話して。



そこからぼくとしては
ロングランとも言える3年弱の勤続に至るのだけれど

それまでのぼくはといえば
コケにコケまくっていて

仕事は懸命に頑張っているのに長続きせず
早いところでは一日(もっと言うと午前中)でクビになっていたりした。



お世話になる先々で
スピード解雇の記録を塗り替えていた。



やる気がないわけじゃない。
だって、生活がかかっているから。

でも

人見知りでぶきっちょで人間関係を築くのが苦手だったり
とろくて小心者で質問出来ずに仕事を覚えるのにもたもたしてしまって

「もう帰っていいぞ」
「職場体験に来たんかおまえ」

「穀潰し」
「給料泥棒」

などと言われ、あっさりと用済みにされてしまっていた。



ただ、スピード解雇の記録を塗り替える一方で

ピタッ!とはまる場所ではぶっちぎりの成果を出せることもあったり
年単位で仕事を続けられることもあり

だんだんとじぶんの居場所がどこにあるのかを見つけられるようになってもきていた。



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宅配会社は、まさにそのピタッ!とはまる場所だった。



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ところが3年弱の勤続を迎えた頃
会社のオーナーさんが交代することになった。



代わりにやってきた新社長さんは

先代のオーナーさんが大切に守り続けてきた企業文化
安心してはたらき続けることが出来る環境をいとも簡単にぶち壊し

最低賃金でいかに人を安くこき使って利益をあげるか
(ある意味命を張ってバイクで配るのに最低時給)

そんなことしか考えない環境へと強引に変えていった。



社内の雰囲気は殺伐として急速に悪くなり
はたらくひとたちの意欲も穴の空いた風船のようにしぼんでいって

ぼくが慕っていた店長さんは
はたらくひとを使い捨てにしか見ない新方針に反発して退職。

ぼくももうここでははたらき続けられないと
後を追うように退職した。



それからは異業種ではたらきはじめたのだけれど

ピタッ!とはまるじぶんの居場所をなかなか見つけられず
苦戦を強いられながらも

なんとか食いつないで生きていた。



けれど、万策尽きてしまった。



そのとき、求人誌で目にしたのが新社長のお店だった。

住所が違っていて
移転してはいたけれど

(経営者としては当然だが一円でもお金を浮かすため家賃の安い所へと引っ越した)
(ただ、はたらいてくれていたスタッフさんの通勤の便は無視)

業態も社名も同じだった。



生きていくためには
やっていける自信のある
以前うまくいっていた仕事に就くほかない。



ケンカして揉めたとか
恩を仇で返すような後味の悪い形で辞めたわけではなく
新方針にはついていけないという形だったことから

深刻な人手不足もあり
連絡すると意外にもあっさりと採用へと至った。



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前回の退職から3年が経っていた。



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ちょっと嬉しかったのは

新方針にはついていけないという想いはあったけれど
当時真面目に仕事に励んでいたことから

「ヒロなら間違いない」

と言ってくれて即戦力として歓迎され
電話だけで即決採用してくれたこと。



履歴書も、面接も、不要だった。



「ヒロなら間違いない」
この想いに応えようと懸命にはたらいた。



でも

バイクのタイヤはパンクするまで交換しないなど安全面にまでコストを持ち込み(利益>命)
就労環境も以前にも増してブラックな度合いが日に日に濃くなっていったために

当初約束した「最低一年は勤める」を以て
ぼくは社長の元を去ることにした。



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去年の9月30日だった。



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そこから数ヶ月は
フルタイムで働く意欲がどうしても湧かず

静養も兼ねて
単発の仕事でなんとか食いつなぐ形をとっていた。



そうして

このまま定職らしい職に就けずに年を越すのかなと思っていた
12月を迎えた土曜日の夜だった。

自宅にふたりの人が訪ねてきた。



差し出された名刺を見て驚いた。

ひとりは新社長のお店の同業他社で
地元では有力な会社の取締役。

もうひとりは見覚えがあった。



以前同じお店ではたらいていた同僚の女性だった。



「えぇ?」
「どうして?」

まさかの再会で驚くぼくに
彼女はこんなことを話してくれた。



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オーナーさんが代わり

新方針に反発した店長さんが辞め
後を追うようにぼくも辞めてしまった。

彼女もその後新社長の方針についていけず
お店を辞めたのだった。

このことをぼくは知らなかった。

それに職場でのつきあいだったから
連絡もとっていなかった。



けれどそこから数年の時を経て
ぼくは彼女と再会していた。



ぼくは気がついていなかったのだけれど。



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ぼくが新社長のお店に出戻って配達に出ていたとき
彼女はぼくの姿を何度か見ていた。



それもそのはず。



彼女は新社長のお店を退職したあと

ぼくが慕っていた店長さんが
取締役さんが居る会社へと転職したことを知り

店長の元でもう一度はたらきたいと
同じ会社に転職していたからだ。



彼女も配達には出ている。
しかも、配達エリアもかぶっている。
だから、ぼくの姿をちょいちょい見かけていたのだ。



ところがある時期を境に
ぱったりとぼくの姿を見なくなった。



気になった彼女は

その後ぼくが配っていた地域を配る人を見かけたとき
ぼくがどうしているのかを尋ねた。

「ヒロなら辞めましたよ、9月いっぱいで」

11月の終わり頃だったという。



ちょうどこの頃取締役さんの会社は人手が不足していた。
そこで彼女は、まっさきにぼくのことを話してくれた。



ぼくにとって好運に幸運が重なったのは

元同僚の彼女だけでなく
慕っていた店長さんも同じ会社に居たということ。

そして、店長さんは以前ぼくの家に来たことがあった。



転職先でも店長をしている店長さんは
(社名とお名前が出せない故まどろっこしい言い方で申し訳ない)

彼女から話を聴いて
以前の仕事ぶりから

「ヒロなら間違いない」

太鼓判を押してくれた。



「ふたりが言うのならきっと良い人だ」

採用を担当する取締役さんは12月を迎えた土曜日の夜
北風がぴゅうぴゅう吹きすさぶなかふたりで訪ねてきてくれて

「一緒に働きませんか」

お声がけくださり
人生初のスカウトへと至った。



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今まで方方で散々

「おまえなんかいらんわ」

と言われまくったぼくの
人生初のスカウトだった。



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スピード解雇で凸凹な職歴をわんさかこしらえ
お世話になる先々でぼろっかすに言われて

ぼくは
じぶんのことを
ポンコツだと思っていたけれど

(ぼくのことを虐待した両親も失敗作といつも言っていたし)

それでもそのときそのときで
手を抜かずに一所懸命やってきて

ほんとうによかったと思う。



川上未映子さんのように全力ではやれないときもある。
いつもいつもベストは尽くせないかもしれない。



でも、100点満点なんてありえないけれど

仮にそのときの出来映えが30点だったとしたなら
その30点という枠の中で手を抜かずに一所懸命やるということが

大切なことなのだと思う。



そうやって先のことなんて判らないけれど

どんな点数のときも
その点数の中で手を抜かずに一所懸命やってきた過去のじぶんが

未来のぼくを応援してくれたのだと思う。



そうやって先のことなんて判らないけれど

どんな点数のときもその点数の中で手を抜かずに一所懸命やってきた
過去のじぶんを見ていてくれた同僚の女性が

ぼくを応援してくれたのだと思う。



そうやって先のことなんて判らないけれど

どんな点数のときもその点数の中で手を抜かずに一所懸命やってきた
過去のじぶんが見ていてくれた店長さんが

ぼくを応援してくれたのだと思う。



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そんなことをしみじみと振り返った一周年の忘年会だったから

ぼくにとっての忘年会は
「忘れる」忘年会ではなく

「忘れない」
「忘れられない」忘年会だった。



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「ヒロなら間違いない(新社長)」
「ヒロなら間違いない(慕っていた店長)」

こうして並べると
まったく同じにしか見えないけれど

ぼくには違う。



ぼくにとっては新社長よりも
慕っていた店長さんの太鼓判が嬉しい。



仕事がうまくいかず
生きづらさも抱えて
何度も命を投げ出したことがあったけれど
生きてきてよかったと思う。



くさらず
手を抜かず
そのときどきの点数という枠の中で
一所懸命やってきてよかったと思う。



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「間違いない人」

そう太鼓判を押してくれる人が居ることを
そのことばの重みを
その信用の厚みを

ありがたく思った。



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2017年



昨日もだけれど最近になってなぜか各方面から

「一緒にはたらかないか」

そんな身に余るお声がけを再びよくいただくようになった。



まるで一昔前の衛星中継のように。
まるでやまびこのように遅れて。



勤め人には向かないからとアーリーリタイアしたことは

ぼくの父
父と国際結婚で再婚してくれたお嫁さん


結婚したパートナーのご両親
そして勤め人時代の恩人

ごくごく限られた人以外には伝えておらず

「今なにしてるの?」

お声がけいただいて初めてそこで話すために
ありたがいお声がけも断らずにはいられないのがなんとも歯痒い。



意地悪な言い方だけれど

「勤め人時代にお声がけいただいていたらなぁ、飛びついてたのに」
「なんでアーリーリタイアしてからの方がお声がけが多いのさ、もう勤め人には戻らないのに」

と思った。



でも中には勤め人時代

「できて当たり前」という精神的暴力をぼくにだけ振るい
雇われている身・派遣先という身で逆らえないぼくに役職という地位を悪用して
陰湿なハラスメントでじりじりと退職へと追いやった憎っくき人が居たのだが

当時あまりに理不尽なこの退職を苦々しい思いで見ていた
同僚(と言っても彼は正社員でぼくは派遣社員)の一人が

その後ごぼう抜きに目覚ましい出世を遂げて人事権のある役職に就き
ぼくを呼び戻そうとしてくれたことはただただ嬉しかった。



ここでも

過去のじぶんが
過去のじぶんを見ていてくれた人が

応援してくれていた。



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過去のじぶんって、ずっともう遥か昔に置いてきたと思っていた。
だから過去なんだって。
けれど、続いているんだなって思った。