『生きる』をかんがえる ~ からだ篇 ~ - 白色の自己主張
~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~

『生きる』をかんがえる ~ からだ篇 ~

Photo:DSC_0135 By:MAD|Photoworks
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白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



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生きづらさを抱えてきたぼくは
中学2年生のときいじめを苦に自殺して以来
35歳になるまでで7度の自殺未遂を繰り返してきた。



鋼のメンタルを持つわけでもないぼくが
どうして42歳の今まで生き永らえることが出来たのか?



理由のひとつは

血の中の貯金
http://ippunkan.blog.fc2.com/blog-entry-158.html

にも綴ったように

先祖代々使い切れなかった運が繰り越されてぼくに受け継がれたことや
好運に幸運が重なったこともあったと思うけれど

それ以外にも幾つかあり
自殺サバイバーの集まりに招待されたときには

お役に立てるならと
自身の経験として惜しみなく語らってきた。



先日は、こんなことを語らってきた。



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災害拠点病院

翔陽大学附属北部病院救命救急センターを舞台にした医療ドラマ
(ドラマ内の病院呼称:翔北救命センター)

コード・ブルー ~ ドクターヘリ緊急救命 ~ THE THIRD SEASON
第3話「命よりも大切なもの」に、こんな場面があった。
http://www.fujitv.co.jp/codeblue/index.html



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フライトドクター候補生「フェロー」として
各地の救命で研鑽を積み赴任してきた

藍沢耕作(あいざわ こうさく)
https://www.youtube.com/watch?v=xnmw8-xvbhQ

緋山美帆子(ひやま みほこ)
https://www.youtube.com/watch?v=VE9cLEwX6zY

白石恵(しらいし めぐみ)
https://www.youtube.com/watch?v=YA7UCUY2HQY

藤川一男(ふじかわ かずお)
https://www.youtube.com/watch?v=oxri5U2uvXw

4人は困難なミッション
厳しい現実に打ちのめされながらも

同期の絆
互いの存在
命の現場を巡る人間ドラマを支えに

フライトドクター養成課程を修了。



赴任から9年が経ち今では

彼らをサポートしてきたフライトナース
冴島(さえじま)はるか
https://www.youtube.com/watch?v=5NY1a3GpJv0

と共にフライトドクターとして現場に出ながら
自身の背中を見つめるあらたな候補生

名取颯馬(なとり そうま)
灰谷俊平(はいたに しゅんぺい)
横峯(よこみね)あかり

フライトナース候補生
雪村双葉(ゆきむら ふたば)
http://www.fujitv.co.jp/codeblue/chart/index.html

を育てる立場となっていた。



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ある日

森林公園で男性が倒れていると
ドクターヘリの出動要請が入った。

呼吸なし
意識もハッキリせず

すぐさま白石・灰谷・冴島が現場に急行し
病院へと搬送していたときだった。



患者の秋本二郎(あきもと じろう)が機内で突然嘔吐し
吐瀉物が冴島の足にかかった。



気分が悪くなって戻したのだろうと判断し

白石が誤嚥(=吐瀉物が気道を塞ぐこと)を防ぐために
気道(=呼吸の通り道)を確保しようとしたところ

サポートしていた冴島が突然意識を失って倒れ込んだ。

灰谷も気分が悪くなり
たまらずシートベルトを外して窓を開け
外の空気を吸わずにはいられなくなり

白石も視界が二重になるなど異変が。



すぐさま翔北救命センターの藍沢へと繋ぎ
原因は不明だが機内が汚染されていると報告。

スタッドコール(=緊急招集)が掛かり
除染体制を整えヘリの到着を待った。



白石と灰谷は頭痛や嘔吐など軽い症状で
除染処置は身体の洗浄程度で済んだが

嘔吐した秋本と
吐瀉物を浴びた冴島は意識が戻らない。

院内に汚染源を持ち込むことは出来ないため
ふたりにも洗浄の処置を施したうえで院内へと運び込み

原因物質の特定を急いだ。



候補は幾つも挙げられたものの
決定打に欠けたまま時間だけがいたずらに過ぎていく。

それは、秋本・冴島の命の期限が迫っていることと同義。

秋本も
苦楽を共にしてきた仲間の冴島もなんとしても救いたい藍沢は

白石と灰谷に
どんなちいさなことでもいいからと思い出すよう迫る。



すると灰谷が「甘い匂いがした」と口にしたが
同乗した白石は「しなかった」と口にしたことで

藍沢は症状と併せて原因物質が猛毒の「シアン」だと割り出し
すぐさま解毒処置を施すことが可能となり

秋本と冴島の命を救うことへと繋がった。



藍沢が言うには

シアンの匂いは感じる人と感じない人がいて
感じる人の割合は40%。

灰谷はたまたまその40%に入っていたために
ふたりの命を救うことに貢献したのだと。



藍沢の言葉は

ヘリ担当だったきょう出動を待つ間中ずっと震えていた
臆病者で自信がなく医者に向いていないとこぼしていた灰谷に

わずかだが自信を芽生えさせていた。



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診断名は、シアン化合物中毒。

秋本は自殺を図ろうと
カプセルの中にシアンを入れて飲み込んだが

完全に溶け切る前に身体が拒否して吐き出したため
死はもちろんのこと重篤な症状へと至らずに済んだ。



秋本は

アルツハイマー型認知症の原因物質を抑制するプロジェクトのパイオニアとして知られる研究者で
各国の製薬会社がこぞって開発協力を申し出るほどだったが

他国のチームに画期的な治療法の開発に向けた特許を先に出願され
今後研究はこのチームに委ねられることとなり開発競争に敗北。

引く手あまただった秋本の元からは
手のひらを返すように製薬会社がすべて撤退。

用済みとばかりに見放されたことが自殺の理由だった。



意識を取り戻した秋本は

自殺に困惑し
それでも寄り添い支えようとする妻に対して悪態をついていたが

精神科へのコンサルティングを白石がセッティングすると
同席した妻の前で「もう死ぬ気はない」ケロッとして語り

夕方には一般病棟へと移る手はずも整うまでに回復していた。



自分のせいで

白石・灰谷が回復したとはいえ
一時はシアン化合物中毒に侵されたことも

命の危機は脱したものの
未だ目の醒めない冴島を巻き込んだことは知らずに。



ただただ懸命に命を救おうとした医師らは
秋本を責めることが出来ないことも知らずに。



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だが秋本は

そんな医師らの思いを知らずに
知ろうともせぬままに

一般病棟へと移る直前
病院の渡り廊下から

妻の前の前で身を投げた。



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治療室に運び込まれた秋本は

腹部の症状が重篤で
大量出血していた。

すぐさま開腹し
出来得る限りの処置を行うが完全には止血できず

処置に当たった藍沢・緋山・白石は
「ダメージコントロール」を選択する。



大量出血による不足分を補うために大量の輸血をしたが

血液量に対して血を固める凝固因子が足りないために
このまま手術を続行すると命に危険が及ぶ。

そのため開腹した部分に「ガーゼパッキング」と言って
止血のためにガーゼを詰め込み患部をシートで覆い

一時手術を中断して ICU(=集中治療室)へ。



全身状態の回復を待ち
24時間経過後手術再開の可否を見極めると
藍沢は外で待つ妻に告げる。



それは、助からない可能性も含んだものだった。



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藍沢に告げられたものの

心配で
不安で

ソファーに腰掛けたまま夜を明かそうとする妻に
藍沢が「休む場所を」と声を掛けると

妻は、心配と不安が綯い交ぜになった想いを吐露した。




夫は、生きたいと思ってるんでしょうか。
ホントに、研究しかない人だったんです。
あの人、ホントによく頑張ってたんです。
それを失って本当に生きたいと思ってるのか、生きられるのか、私には判りません。




命より大切なものはないと医師は思う。
だから、全力で命を救う。

でも命より大切なものを失った時
医師はなにが出来るのだろうか。



藍沢は、突きつけられていた。



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命の天秤がどちらへ傾くかが決まる24時間後

状態は安定し
手術を再開。

前日手を付けられなかった部分も処置出来
無事手術は終わり

執刀した藍沢・白石は安堵した。



終わったことを外で待つ妻に告げる場で
藍沢は前日の妻の問いかけにこう答えた。



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ご主人が本当に生きたがっていたかどうかは、わたしたちには判りません。ですが少なくとも、身体は生きたがっていた。肝損傷(=肝臓の損傷)に腸管損傷、同じ怪我で命を落とす人も少なくありません。ですが、秋本さんは生きた。

ダメージコントロールは、患者さんの生命力に問いかける行為です。秋本さんの身体は、『生きたい』と答えて(応えて)くれた。身体が答えてくれるまで、わたしたちは24時間待った。でも、心が答えてくれるまでには、きっと、もっと、時間がかかると思います。




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中学2年生のとき
小学校高学年から続くいじめに耐えかね
校舎から飛び降りようと覚悟を決めた。



両親
学校の先生
周囲の大人たちから
強く逞しい「男らしさ」を厳しく求められ

じぶんの軟弱なキャラクターからは
どうやったところでそうはなれず

誰にも相談出来ずに孤立していたから。



ところが

いざ校舎の渡り廊下の塀に登り立ち
吸い込まれそうな真っ暗闇を足元に見たとき

「んなアホな」だけれど
じぶんが高所恐怖症だということを思い出した。



血の気が引き
足元がすくんで
震えが止まらなくなった次の瞬間

ぼくは目眩を起こしてぐらりとバランスを崩し
まっさかさまに落ちていった。



でもそれが幸いし
落下途中にあったコンクリート製のひさしにぶつかって最初のクッションに。

そしてバウンドしたことで落下の方向が変わり

最後の最後に落ちたのは
コンクリートの階段や地面ではなく

中庭にある花壇だった。



好運に幸運が重なり
なんとか一命は取り留めたが

痛みと寒さで意識が朦朧となるなか頭とこころを占拠したのは

「この怪我のこと、どうやって言おうか?」

だった。



「いじめを苦に」なんて

両親
学校の先生
周囲の大人たちに言おうものなら

脳みそまで筋肉で出来ている人たちだから

「男なのになんだ!」
「情けない」
「軟弱」
「いじめられるおまえが悪い」
「男ならどうして立ち向かわない」

などと言い分もろくに聴かずに
頭ごなしに説教されると判っていたから。



だから

そのあとぼくに気づいて
誰か助けに来てくれるまでの間に

花壇から這い出して
脇にある階段のところまで行き

そこで転げ落ちて怪我をしたことにした。



そうして気がついたときには
病院のベッドの上だった。



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ぼくの診察・治療をしてくれたのは
家の近くに古くからある病院の
よぼよぼで大丈夫かよと思うおじいちゃん先生だった。



先生は

転んで落ちて怪我をしたと言う割には大怪我の状態だったから
どこか不自然というか違和感を感じていたようだったのと

ぼくのことばにできない想いや苦衷を察してくれたのか

「なにか話したいことがあったらいつでもいらっしゃい」

やさしくことばを掛けてくれて深くは聞かなかった。



ぼくにとって初めてのおとなの味方だった。



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入院して日が経ち

こころも幾分か落ち着いてきた頃合いを見計らって
勇気を振り絞って

おじいちゃん先生にいじめのことを話した。



ぼくのことを責めることはなかった。
ぼくのことを叱ることもなかった。

ただただ静かに聴いて
「うんうん」とすべて受け止めてくれた。



こうして

言い分も
想いも

ジャッジせず丸ごと聴いてくれるおとなもまた初めてだった。



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そうして順調に怪我が回復して退院を迎えた日の朝
おじいちゃん先生がやって来て
ベッドサイドに腰掛けながらこんなことばを掛けてくれた。




この聴診器で、きみの胸の音を聴いてごらん?

(手渡して聴いてみるよう促してくれる)

「どくん どくん」って聴こえるだろう?

その音はね、きみを体の中から応援してくれている心臓の音だ。きみがどれほど生きることを諦めたとしても、きみがどれだけひとりぼっちで震えようとも、心臓だけはきみの味方だ。

僕はね、きょうで引退なんだ。
だから、この聴診器をきみにプレゼントしよう。

これから先苦しくなった時には、ひとり心臓の音に耳を澄ませなさい。
きみはひとりぼっちじゃないっていうことを思い出させてくれるからね。




そう言って清拭した聴診器を
ぼくにプレゼントしてくれた。



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以来

生きづらさから苦しくなったときには
おじいちゃん先生からいただいた聴診器を取り出して

眠る前に
ひとり静かに

鼓動に耳を澄ませた。



暗闇に、どくんどくんという音が響く。



どれだけぼくが生きることをあきらめても
心臓は生きることをあきらめない。

ぼくを見放すことなく
いつだって変わらずに

力強くどくんどくんと動いてくれる。



「生きろ!」
「男なら障害に立ち向かえ!」
「困難を乗り越えてこそ男だろ!」

そんな脳みそ筋肉野郎の常套句
暑苦しいことは一切言わない。

「君のためを思って」

そんな押し付けもない。

ただただ静かに
どくんどくんと動いている。



時折こころがささくれ立っているときは

「なんで動いてんだよ」と苛ついてしまったり
丈夫な身体を授けてくれた両親を恨んだりしたものだったけれど

そんな一途な姿を思うとぼくはひとりじゃないって思えたし

気がつけば
もうちょっとだけ生きてみようかって思えた。

どくんどくんという音が
まるでエネルギーを注入するように聴こえて

ぼくに生きるちからを与えてくれたから。



ことばを持たない存在なのに。



それを繰り返してぼくは42年生きてこられた。



ぼくの味方はモノ言わぬ心臓だけじゃない。

おじいちゃん先生が残してくれた
モノ言わぬ聴診器も

味方だと思っている。



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自殺未遂を繰り返す度に
懸命に救命の場で命を救ってくれた先生方の中には

今一度止まった心臓が動き始めたことを祝して

「誕生日おめでとう」

目を醒ましたぼくにそう声を掛けてくれる粋な先生もいた。



でも中には目を醒ましたぼくに開口一番

「君はきっと大丈夫」

そう言ってくれる先生がいた。



自殺未遂を繰り返してしまったのはぼくの弱さだけれど

あのときはドラマの秋本みたいに
「なんでそう言えるんだ」悪態をついてしまったけれど

7度目で止まった理由が今なら判る。



先生がなにを見て

ぼくを
未来を

信じてくれたのかが。