選択 - 白色の自己主張
~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~

選択

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photo credit:藍川芥 aikawake via Flickr (license)



白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



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                  318通目



                    *



最初から

『これが正解』
『これを選んでおけば間違いない』

って判っていたら、どんな人生になっていただろう。



                    *



東京 ←→ 名古屋
日本 ←→ アメリカ

のちに13年間に及ぶ遠距離恋愛をすることになる女性と出逢ったのは

ぼくが東京へ出掛けたときに
友人が紹介してくれたことがきっかけだった。



その後は

遠距離ということもあり
まだお給料も余裕がなかった頃で
直接逢うことはなかなか叶わず

電話で話したり
(今ではもう死語なのかな)文通をして

こころの距離を縮めていった。



そうしてやりとりを重ねること一年



お互いのスケジュールがようやく合い
東京でゆっくり逢えることになった。



                    *



東京駅まで迎えに行くので

新幹線を降りたら
どの出口から出てきてほしいか

彼女から事前に伝えられていた。



なんてことはない。

新幹線を降りたら
指定された出口を出ればいいだけのこと。

それだけのことなのだけれど
ぼくはあり得ないほどの方向音痴で

おまけに人混みが苦手だ。



新幹線を下車後

人波にどどどっと押され
あれよあれよとくるくる回って方向感覚を失い

なにかイベントでもあるのかと思うほどの人の数に息苦しくなって
一旦逃げるように一番近い出口から出て

それから指定された出口へ向かおうと思った。



でも、考えが甘かった。



そもそも方向音痴なのだから現在地が判らない。

案内表示を見ても
詳しすぎて逆によく判らない。

駅員さんに尋ね
身振り手振りで丁寧に教えていただいても

日本語なのにちんぷんかんぷん。



それでも

半泣きになりながら
へろへろになりながら

なんとか待ち合わせ時間に間に合わせようと
指定された出口へえっこらえっこら辿り着くと

待ち合わせ時間になっているのに彼女の姿がない。



目を皿のようにして案内板を見てみる。
指定された出口で合っている。

何度も
しつこいくらいに見てみる。

間違いない。

『よし!』
指差し確認までしてみた。



約束にも
時間にも律儀な人だけれど

訳あって遅れてくることもあるだろうとしばらく待ってみるが
30分経ってもやって来ない。



今なら

スマートフォンなり
ケータイなり
メールなりで

簡単に
すぐに
ちょちょいとしただけで連絡を取れるけれど

当時はスマートフォンなんて存在すらしない。

ケータイもまだ出始めたばかりの頃で
お互い持っていなかった。



構内放送で呼び出してもらう方法もあるけれど
ぼくが方向音痴だからこれは難しいし余計にややこしくなる。



となると唯一の連絡方法は

彼女のおうちにある固定電話にかけて
留守番電話にメッセージを残し

彼女も自分のおうちの固定電話にかけて
メッセージを確認することしかない。



これは以前やったことがあった。
だから、『ひょっとしたら』という期待に賭けた。



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出口前で1時間近く待ったけれどやって来ないから

『なにかあったのかな?』

さすがに心配になった。



『公衆電話から連絡しよう』



駅員さんに尋ね
公衆電話がある場所へと走った。



走って走って
迷いに迷って

サッカーのフェイントみたいに人を避けに避けて

走りに走って
迷いに迷って

おおきな太い柱が2本階段中央に

で~ん
で~んとある場所へと辿り着いた。



『ここを上がれば公衆電話がある』



息を切らせながら
階段を一気に駆け上がったときだった。



柱の向こうにすっと人影が見えた。
ふだんなら気にも留めないだろう。



でもこのときは直感が

『振り向いたほうがいいよ』

そう教えてくれた気がした。



駆け上がる足を止め
後ろを振り向くと
階段下から彼女が見上げていた。



『!!(ちなみにこっちが彼女)』
『!!!(こちらがぼく)』



ぼくは階段を駆け下り
彼女は駆け上がって

東京駅構内ということも
大勢の人が行き交うのも忘れて

逢えた嬉しさから抱き合った。



まるで、ドラマや映画。
いつまでも語り継がれるかのようなワンシーンだった。



あんなにも広い東京駅構内で

何百人
何千人
何万人もの人が居る東京駅構内で

お互いに連絡を取ることも出来ないなかでよう逢えたねぇ・・



抱き合いながら
何度も何度もつぶやいた。



                    *



彼女は

時間に間に合うようにおうちを出てきてくれたのだけれど
乗ってきた中央線が人身事故で止まってしまい

今はどうか判らないけれど
当時は並走していた総武線に乗り換えて

どうにかこうにか東京駅まで来てくれていた。



ところが

予定よりも大幅に遅れてしまったことで
事情をまるで知らないぼくは

彼女のおうちへ電話しようと
公衆電話がある場所へと向かうため

待ち合わせ場所の出口を離れてしまっていた。

そこへ彼女がやって来たものだから
入れ違いになってしまっていたのだ。



ぼくが電話をかけようと出口を離れた事情を彼女は知らないから
彼女はぼくを探そうと駅構内を探し回ってくれていた。



巨大迷路を上から見れば

どこに誰が居て
どうすれば逢えるのか一目瞭然。

そんなふうに出来たらと
お互い歯痒かった。



でも

そんな歯痒さが
お互いを思う気持ちを強くし

奇蹟を呼び寄せて
ぼくらを引き逢わせてくれたのだと思う。



                    *



彼女と逢う約束をしてから
ずっと彼女のことを思っていた。



その日が近づくのを
カウントダウンしながら
ずっと彼女のことを思っていた。



おうちを出てから
新幹線に乗っているときもずっと
彼女のことを思っていた。



出口で待っているときも

30分
1時間と待っているときも

ずっと彼女のことを思っていた。



連絡をなんとか取ろうと
駅員さんを探しているときも
ずっと彼女のことを思っていた。



駅員さんに公衆電話の場所を教えていただき
そこ目掛けてダッシュしているときも
ずっと彼女のことを思っていた。



そうやって思い続けてきたことが奇蹟を呼び寄せ
ぼくらを引き逢わせてくれたのだと思う。



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最初から

『これが正解』
『これを選んでおけば間違いない』

って判っていたら、どんな人生になっていただろう。



『選択』について

思い悩むとき
迷うとき
後悔するとき

ぼくはいつもこの東京駅での奇蹟を思い出す。



『選択』のすべてが詰まっていると思うから。



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8月末

肺がんの治療開始を待つ間に肺炎を併発
救急搬送後に入院した父
http://ippunkan.blog.fc2.com/blog-entry-361.html

9月21日(木)
主治医から病状と今後のことについて話があった。



救急搬送された際

ステージⅣの肺の腫瘍部に肺炎を併発したために
まずは肺炎の治療を優先。

末期がんは詳細な検査の結果
脳をはじめ内臓や骨など全身に転移していたが

まっさきに手を付けたい肺は
肺炎のため指一本触れられず

それでも手を打てるところからと
脳への放射線治療を並行して進めてきた。



そうして約一ヶ月



先月28日に最初の病状説明と治療方針等を受けたときは
余命3ヶ月から半年という見立てだったが
思うように治療効果があがらなかった。



飲み込みに難がある嚥下障害のために

水分も(仮に取るとしてもとろみ剤と看護師さんの協力が必要)
食事も(一時昼食のみ嚥下でも食せるゼリーだったが今はそれも不可)

取ることが出来ずに衰弱が加速。

寝たきりで
作業療法士さんの定期的なリハビリで
体力・筋力の維持も試みてきたが

衰弱に歯止めがかからず
為す術がなく

早ければ余命3週間ほどと告げられた。



3連休明けの火曜日顔を見せたとき
連休前の金曜日に顔を見せたときよりも弱っていたのが気に掛かっていたが
嫌な予感が的中してしまった。



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現時点での選択肢はふたつ。



ひとつは、抗がん剤の『ペムブロリズマブ』。
https://oncolo.jp/news/pembrolizumabnivolumab

一般的な抗がん剤のように

悪さをするがん細胞だけでなく
正常な細胞までも巻き込んで見境なくやっつけてしまう諸刃の剣ではなく

自身の免疫能力を高めて
がん細胞をやっつけるあたらしいお薬。

外からか
内側からかの違いといったところだ。



夢のようなお薬だが副作用がないわけではない。
従来のものに比べればマイルドといった程度。



甲状腺機能の低下
糖尿病を発病
大腸炎
間質性肺炎

これらがあり
今の父の状態を鑑みると

どれもこれも寿命を縮めかねない。



やはり抗がん剤治療には

主治医もおっしゃっていたが
これらに耐えうる一定の良好なコンディションが欠かせない。

治療効果がコンディションと引き換えというのは
今から23年前

同じく末期がんで他界した母を見ていても思った。



最大の難点は薬価もあるけれど
自身の免疫能力を高めていくのに時間がかかること。



寿命と引き換えに治療効果を引き出す色合いが濃く
免疫能力を高める間に寿命が尽きかねない。

治すための治療なのに
お薬なのに
副作用の代償まで払うのに

それが命を削るなんて馬鹿げている。



高い治療効果を得たときに
父の寿命が尽きていたらなんなのだろうと思う。

それは、治療した甲斐があったんだろうか。
それで父自身や家族は『良かった』と言えるんだろうか。



時間と余命。
治療効果と余命。
相討ちでは意味がない。



8月の一ヶ月間

検査結果が出揃うのを待ち
治療開始も併せて待つ間あんなにしんどい思いをし

入院してからの約一ヶ月もしんどい思いをしてきた父に
これから先も更にしんどい思いを強いることは

いくら治療効果が高い夢のようなお薬であっても
薬価の問題をクリア出来るとしても

家族として同意は出来なかった。



治療法がある。
有り難いことだ。

お金の問題もクリア出来る。
有り難いことだ。

でも、選択出来ない。



長生きしてほしい。
針のむしろだった。



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唯一残された治療法を選択しない。



出来る治療法がもうないなか
もうひとつ示された選択肢は

緩和ケア病棟
ホスピス

への転院。



意思疎通が困難になりつつある父に代わって
家族の意向としてこちらで話を進めることにした。



ただこれも
どこの病院も
順番待ちが常の状態。



寿命と待ち時間の綱引きだ。



前倒しして

紹介状
検査データを持参し

希望する病院を外来受診。

病院の方針や家族の意向などを摺り合わせ
齟齬がないのを確認してから待機リストにエントリーしつつ

今現在入院している病院で
緩和ケア病棟・ホスピスのような

苦痛をやわらげるケアを受け順番を待つ。



今の病院はがんの治療には定評のある病院だけれど
救急病院という性格上『ホスピスのように手厚く』とはいかない。



ギリギリの選択になるけれど

『愛知国際病院のホスピスは比較的声が掛かりやすい』
http://aisen-kai.jp/03hospice/hospice.html

先着順か病状順かはぼかされているが
頼もしい相談窓口の方の助言もあり

またパンフレットを拝見し
環境的にも都心を離れた自然豊かな場所にあり
残された時間を穏やかに過ごすには理想的だったことから

複数候補の中から絞り込み
お金の問題もクリア出来ることから

こちらへエントリーしながら

声が掛かり
転院出来ることを願うことにした。



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命に直結する選択は重い。



だから悩む。
だから迷う。



いつも
いつだって
あれでよかったのか後悔する。



(後悔は相手のことを大切に思っているが故)
(なんとも思っていないのなら悩むことも迷うことも後悔することもない)



ぼくは筋金入りのマイナス思考だから余計に厄介だ。



最初から

『これが正解』
『これを選んでおけば間違いない』

って判っていたら、どんなに気持ちがラクかと思う。




わたしね、今まで正しい選択をしようってずっと思ってた。

アイドルとして間違ってないか。
ネットで叩かれないか。
事務所の人に怒られないか。

いっつも気にしてた。

でも、正しい選択ってこの世にあるのかな?
・・・たぶん、正しかった選択しかないんだよ。

なにかを選んで。
選びつづけて。
それを一個ずつ正しかったものにしていくしかないんだよ。

だからわたしは、武道館には行けない。
彼を選んだことを、正しかった選択にしてみせる。

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武道館のステージに立つことを夢に活動する
女性アイドルグループ NEXT YOU (ネクストユー)。

地道な活動が実を結び念願の武道館ライブが決まるが
メンバーの碧(あおい)と愛子(あいこ)に恋愛スキャンダルが発覚。

武道館に立つには恋愛をあきらめるよう事務所から求められたふたり。

武道館か。
卒業(=恋愛)か。

揺れるグループではあるが全員で武道館に立ちたいとリーダー波奈(はな)から
今一度結束しようと武道館前に集まるようメッセージが届くなか
武道館を見下ろすラウンジで落ち合った碧が愛子に想いを告げる。

ドラマ『武道館』#8 (Live8) から
http://www.fujitv.co.jp/budokan/index.html




碧のことば


でも、正しい選択ってこの世にあるのかな?
・・・たぶん、正しかった選択しかないんだよ。


を思う。



正しかったものにしていく。

それは、自分は悪くないと正当化することじゃない。
それは、取り繕うことじゃない。
それは、『間違ってなかった』と言い聞かせることじゃない。

より良いものにしていくことなのだと思う。



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『父が笑っていられるためには?』
『人生の最期に良い記憶・感情を持った大切な人を送り出せるには?』

父のことで迷ったとき
悩んだときに

ぼくが立ち返る原点。



余命3週間と告げられたとはいえ
きっかり3週間後に余命が訪れるわけじゃない。

母は末期がんで余命3ヶ月と告げられてから
ぼくが成人式を迎えた姿を見せられた年まで

6年近くも長生き出来たのだから。



誰も

平成7年7月4日
午前9時20分

命の炎が消えることなんて言い当てることは出来なかった。



医者が医療が信用に値しないと言いたいわけじゃない。
誰も未来のことなんて判らないということだ。



そこに希望を見出すけれど

過度な期待を抱き過ぎて
『まだきっとだいじょうぶ』などと

やるべきこと
やりたいこと
やれることを先延ばしにし

3週間よりも早く寿命が訪れてしまったときに

『ああしとけばよかった』
『こうしとけばよかった』

そうなってしまうのは最悪で
悔いが残らないようにしたい。



『きょう出来ることを明日に延ばすな』なんていうのとは真逆。

ぼくのモットーは
『明日出来ることはきょうやらない』

『明日のことは明日のじぶんに任せる』だけれど。



でもどちらも、きょう一日を大切に生きることに変わりはない。



父が笑っていられるように
人生の最期に良い記憶・感情を持った大切な人を送り出せるように

迷いながら
悩みながら
家族で選び抜いた選択を

正しかった選択にしたい。



末期がんが判った人
余命が告げられた人
もう出来る治療法がない人は『可哀想な人』なんだろうか。



ぼくは、そうは思わないから。