~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~

代読屋 ノック ノック こんにちは

9546230148_1cab441fb2_z.jpg
photo credit:chibitomu via Flickr (license)



ライフワーク『代読屋 ノック ノック こんにちは』が産まれるまでの物語。



                    *



ぼくは子どもの頃

話そうとするとどもってしまう吃音(きつおん)症を抱え
独り悩んでいた。

『相談すればいいじゃん』
『なんで相談しないの?』

簡単に言う人も居たけれど

自分にとって息を吸って吐くように出来ることが
他の人にも同じように出来るわけじゃない。



話そうにも話せないのだ。
想いを伝えようにもことばが出てきてくれないのだ。



『日本語なのになんで?』

そうしたもどかしさが
余計にこころに負担をかけ

さらに悪循環を招く。



そんなぼくは

いたずら好きの小学生にとっては
からかいの格好のターゲットになった。

大勢の前で
誇張も交えてどもるマネをされ

顔や耳が真っ赤になるほど恥をかいた。



悔しくてひとことでいいから言い返そうと
震えながら勇気を振り絞ってわめいたこともあったが

幼稚園に通い始めた頃からコミュニケーション音痴の自覚があって
人付き合いが極度に苦手だ。

じぶんに自信がないから
声はふだんからちいさい。



まさに、蚊の鳴くような声。



それに加え筋金入りのマイナス思考だし

日本代表があれば
レギュラー入り確実なくらいの小心者だし

声変わりで小学生とは思えないほどに低音ボイスになったことと
運動も得意ではなくて肺活量が乏しいことから

お腹から声を出そうにもさらに出ない。



わめいた声はちいさくかすれた。



それでもなんとか聞こえていたはずだが

『はぁ?』
『なんか言った?』
『なんて言ったんでしゅかぁ?』
『なに言ってんのかわかんねぇよ、ハハハ』

キスするくらいの距離にまで顔を近づけられ
代わる代る露骨なほどに耳に手を当てる仕草をされ
嫌味なほど何度も何度も大袈裟なほどに聞き返され

『なに、このちいさい声』
『お葬式?』
『誰か死んだの?』

度が過ぎた悪ふざけで
クラスメイトみんなに笑われた。



そんなことが何日か続き
重い足取りである朝学校へ登校すると

みんな下を向いて
やけにクラスが静かだった。

ふと見ると
ぼくの机の上にお花が一輪

花瓶に入れて置いてあった。



『なに、このちいさい声』
『お葬式?』
『誰か死んだの?』

あの言葉が蘇り
お花の意味が判った。



声を出すことを練習する人は
唄う人や人前に立って話す人以外ほとんど居ない。

なぜなら

特段練習せずとも
意識せずとも

出来てしまうから。



おぎゃぁとこの世に産まれ落ちてから
声を出してくることがもう既に練習で

別メニューで一所懸命自主練習して
声を出せるようになったわけじゃない。

そんな意識せずに出来てしまうことが『できて当たり前』を生み
いじめる連中の根底にはあったと思う。



こころに癒えない傷を負った。
葬式ごっこは応えた。



                    *



もう話さない。
もう声なんていらないって思った。



                    *



その後社会人になるまで

挨拶とか必要最低限以外
ほとんど声を発することなく

随分とこころの荒んだ生活を送っていた。



一日に発することばは
MAX 両手で足りる。

休日ともなれば

『あっ、きょう誰とも話してない』

なんてことはざらだった。

『あっ!』

独りの部屋で
声が出るのか言ってみたりしていた。



まだ声が出る安心となんで声がなくならないのか。
恨み辛みが同居していた。



ほんとうは人と話したい。
ほんとうは仲良くなりたい。
ほんとうは友達がほしい。

そんな痛いほどの気持ちを抱えながらも

思うように話せないイライラから
いじめによるこころの傷からも素直になれず

人との間に
じぶんから

壁や距離を作ってしまっていた。



それゆえに

幼稚園時代から付き合いのある頼みの綱
唯一の親友とも高校進学を境に距離が出来てしまい

その後は彼以外の友達はもちろん

気軽に話せる人も
相談出来る人も
応援してくれる人も

ほとんど居ない人生を送ってきた。



そんな人生はどんどんこころを蝕み

いつしか誰かを目の前にして話そうとすると
なぜかこころの大黒柱がふにゃっとしてしまい
へなへなと力が抜けて踏ん張れなくなり

ことばが零れ落ちるように消えていって
挙動不審なほどに沈黙を貫いてしまう

緘黙(かんもく)症を抱えるまでになった。



『口があんのに話せないんか』問い詰められることも地獄なら
フリートークなんて場を設定されるのも地獄だった。



あまりに話さなくなったことで顔の筋肉がたるみ、人相が変わった。
声帯が老化して声が枯れた。



『声の出し方』っていうのもなんだか変な言い方だけれど判らなくなった。



癒えないこころの傷が疼くから
治そうなんて思うわけがない。

声を出すことなんて別メニューで練習するものでもない。
そうも思っていたから。



声帯が老化して声が枯れたのは待ち望んでいたことだった。
こうなると負のスパイラルから抜けられない。



自暴自棄になり

もう話さない
もう声なんていらない

小学生のときにも増して思った。



激情にも近い想いだった。



今まで電話に出ると虐待の権化 父と間違えられ
声が似ていると言われるのが嫌だった。

わざと大声を出して喉を潰したことがあるくらいだったから
このままぼくの声が消えてくれないかとさえ思った。



手話を死に物狂いで覚え
筆談でも意思疎通した。

『どう見ても詐病』と言われても
それがぼくに残された唯一の話す方法だったから

中傷されても必死に生きた。



                    *



そんな傷だらけの日々が変わったのは、社会人2年目。
20歳のときだった。



東京で運命的な出逢いをした女性と
その後13年間に及ぶ遠距離恋愛をすることになったある日の夜のこと。

遠距離恋愛だから
しょっちゅう逢えるわけじゃない。

文通のように手紙でやりとりし
声が出ない訳を伝えてはいたけれど

声帯を失ったわけではなかったから
逢えないこころの距離を埋めるために

『話したい』という彼女の想いに応えたかった。



声が聴ける電話はぼくらにとって
直接逢うに等しいくらい大切なコミュニケーションツールだ。



話さないわけにはいかない。



癒えないこころの傷におどおどしながら

小学校でいじめに遭ったときにも増して
ちいさくかすれた声ながら話していたら


彼女:

ヒロの声って、素敵だよね。竹野内豊(=俳優・たけのうち ゆたか)さんみたいに低音で渋いし、聴いてると落ち着くから、なんでも話せちゃうんだよ。

目を閉じて聴いてると、竹野内豊さん・・なんだけどなぁ・・
目を開けると・・残念。

ヒロ:残念言うな、最後の最後に。
彼女:ふふふ、ごめんごめん。

ヒロ:不戦敗。
彼女:ははは、不戦敗っておっかしい、ふふふ、ははは。
ヒロ:ちょっと、ウケすぎ。

彼女:ふふ。勝負にもならないなんて、わたし、言ってないからね。


笑い声に包まれながら褒めてくれた。



最初はお世辞かと思ったけれど
そのことばに嘘偽りはなかった。

ほんとうに彼女はなんでも打ち明けてくれていたから。

嬉しくて
嬉しくて

電話口でむせび入った。



そのひとことで
ぼくの声に
話せる歓びが宿った。



                    *



幼い頃から両親に虐待されて育った。
http://ippunkan.blog.fc2.com/blog-entry-360.html

1ミリも期待されずに育ってきた。
褒められたことなんて一度としてなかった。



産まれて初めて褒められた。
何度も何度も飛び上がって身体で歓びを爆発させた。



それまで手話を覚え
筆談でも意思疎通して暮らしていたけれど

こころの奥底では
彼女となんとか話せるようになりたいと

ありとあらゆる話し方教室
心理学系のセミナーやセラピーなど

藁にもすがる想いで数えきれないくらい受けてきたのに
まったく話せなかった。



声が出る・出せるというのは
単に音として出ればいいのではなく

意味を伴ったことばとして
想いを乗せたことばとして届いてほしい。

それがぼくの願い。



でも

大勢の人の前で講師からキツ~イダメ出しをこれでもかと連発され
自尊心はぼろぼろになって

出掛ければ出掛けるほど傷は深くなるばかりだった。



教える側や他人のこころには前提に

ほんとうは赤ちゃんの頃から声を出す・話す練習をしているのに記憶も自覚もない
意識せずとも話せてしまう・声が出る
話せない・声が出ないことが不思議でならない

後天的に身に着ける技術ではなくできて当たり前
出来ないのは本人のやる気の問題・努力不足

ということがあるのだと思う。



それが

彼女のひとことで
ちょっとずつだけれど

じぶんを無理して変えることなく話せるようになった。



彼女のひとことが

ぼくに生きる勇気と
自信を与えてくれたことで

想いを伝えることや
話せる歓びが満ち溢れ

こころが震えた。



彼女に出逢うまで

産まれてからずっと
じぶんに自信を持てずに生きてきた。

虐待されて育ったし
365日全否定の皆勤賞だったから

じぶんを完膚無きまでに否定し
生きている価値なんてないとずっと思っていた。



声のコンプレックスによる悩みと
いじめの傷があまりに深くて

手話でも
筆談でも

想いがなかなか伝えられない。



『日本語なのになんで?』



彼女のひとことは
誰にも相談出来ず悩み苦しんでいたそんなぼくの存在が
まるごと認めてもらえた瞬間だった。



                    *



もう話さない。
もう声なんていらないなんて思わない。



ぼくの声でこころが落ち着く人が居る。
ぼくの声でこころがときほぐされる人が居る。

ぼくの声で心躍る人が居る。
ぼくの声で笑顔になる人が居る。

ぼくの声でまた歩み始めることが出来る人が居る。



ぼくの声で話せるようになる人が居る。
ぼくの声で伝えられない想いをことばに出来る人が居る。

ぼくの声で自分を取り戻す人が居る。
ぼくの声でこころが救われる人が居る。

ぼくの声で話せる歓びに心震える人が居る。



遠距離恋愛の末婚約した彼女は

挙式直前に病気で亡くなり
不帰の人となってしまったけれど

ぼくの声を待っていてくれる人がこの世界にひとりでもいる限り

もう話さない
もう声なんていらないなんて

もう思わない。



                    *



20代 本屋さんで働いていた頃

絵本が大好きだったぼくは
いっとき絵本屋さんを開くことを夢見て

(今はこんな働き方はオススメしないというかしてはいけません)
(好運に幸運が重なってたまたま健康を害さずに済んだだけなので)

早朝は新聞配達
昼間は本屋さんで正社員としてフルタイム勤務

夜は会員制の高級クラブでバーテンダーとしてそれぞれ働いて
起業資金を貯めていた。



ぼくの流転の人生で
唯一勤め人が続けられた時期だ。



そのときお店で No.1 のホステスだった『楓流(ふうる)』さんに

なんのご縁だったか
いつしかぼくは弟のように可愛がってもらえることとなり

起業することを選ばず
(その方がじぶん的には物事がうまくいくと判ったから)

お店を退職してからも
あれやこれやと気にかけてくださり

たいへんお世話になっている。



そんな楓流さんが体調を崩され入院したとの連絡を
共通の友人を介して受けてお見舞いへと出向いた。



                    *




楓流さん:

相変わらずいい声してるね。
声は、履歴書だからね。
ヒロの人となりが出る。

ヒロ:

ありがとうございます。
あれ、いつになりますかねぇ。
今からだと、23年前ですか。
当時遠距離恋愛してた彼女に声褒められたって話したら、楓流さんも褒めてくださって。
人生二度目の褒め言葉で嬉しかったの、今でもよく覚えてますよ。

楓流さん:うんうん、覚えてる。『顔は残念』もね。
ヒロ:それも憶えてたんですか。もう、それはいいです。

楓流さん:ねぇ、そんなヒロの声見込んで頼みたいことがあるんだけど、いい?

ヒロ:いいですよ、なんなりと。
楓流さん:これ、読んでもらえないかなぁ。

(そう言って個室に附属の棚から手紙を取り出して手渡してくれた)

楓流さん:

これね、今一緒に住んでる人が『届いてたよ』って持って来てくれて一度読んだんだけど、素直に受け取れなくて。謝罪の手紙なの、それももう随分前のことの。もう忘れたいって思ってたし、『今更なに?』って思うから読まずにお焚上げしようとしたんだけど、謝ってもらえるなら謝ってほしいことだからって手に取ったの。でも、どうしても心がささくれだっちゃうっていうか、拒否してるみたいなんだよね、心が。

ヒロ:それをぼくが・・読む?

楓流さん:

うん。前にね、『朗読屋(山口発地域ドラマ http://www.nhk.or.jp/yamaguchi/roudokuya/)』ってドラマ見て、この前は『話題の』竹野内豊主演の『この声をきみに http://www.nhk.or.jp/drama10/myvoice/』を見てて、ヒロの声思い出して。一回、読んでもらえないかな。

ヒロ:

そうだったんですか。
ぼくも見ましたよ、どっちのドラマも。
嬉しいです、声で思い出してもらえるなんて。

では、微力ながらと言いますか、僭越ながら代読させていただきます。
顔は似てませんが、竹野内豊さんばりのセクシーボイスで。

(声に出して便箋3枚弱のお手紙を代読)
(閉じていた目を開けるとしばし宙を見つめて)

楓流さん:

・・不思議ね。
なんかすぅって入ってきた、心に。
ここに落ち着いてほしいって所に。
わたしが読んだのも、ヒロが読んだのも、同じ手紙なのにどうしてだろう・・

ヒロ:

前に楓流さんに話したかもですけど、ぼく、図書館丸ごと読んじゃうくらい、開館から閉館まで食事も取らずお手洗いにも行かずに読んでいられるくらい絵本大好きで、日本にある絵本全部読んじゃうくらい大好きで、それでももう好きすぎて折に触れてその中から読み返すものがあるんです。卓越した記憶力を授かってるんで、一回読むと頭にほぼ全部入ってるんですけどね。

絵本って、作者さんが改めて書き直したりしない限り描かれた絵も、書かれたことばも一緒なんです。勝手に改変は出来ないんで。でも、同じ絵本なのに子どもの頃に読んだときとおとなになってから読んだときとでは感じる印象が違ってたり、『あぁ、こういうことだったんだぁ』みたいな思いもかけない気づきがあったり、アハ!体験(http://msc.sony.jp/ahap/aboutahataiken/)みたいにあのときは判んなかったことが判ったり、受け取るものが年齢だったり、場所だったり、誰とだったり、どんな人生経験積んできたかだったりで変わるんです。不思議ですよね、絵もことばも同じなのに。何年、何十年経ってもあるんですよ、手に取るとこういうこと。

さっき代読させていただいたお手紙も同じじゃないかなと思ったんです。文面は同じでも、いつ、何処で、どんな心身の状態で読むか、誰と読むか、どんな人生経験の先で読むか。それで違ってくるんじゃないかなって。

例えば『ごめんなさい』。『とぅんまて~ん』ってイラッとするものから、『この度は大変申し訳ございませんでした』思わず『痛み入ります』ってこちらも頭を下げて丁重に応えたくなるものまで幅があって、どう考えても素直に受け取れるのは『この度は大変申し訳ございませんでした』なわけです、同じ『ごめんなさい』を意味する・伝えることばなのに。

例えば『ごはん』。前に、とあるチェーン店でいつも食べるメニューを注文したんです。いつ、何処で注文しても同じ味のはずなんですけど、『あれ?なんか味変わった?』って思ったときがあって、そのときはイライラしてて、『あれ?なんかいつもより美味しい』って思ったときは、ウキウキしてたんです。

人間のこころって、ホント繊細なんですよね。病院という環境、病気療養中という心身の状態が、同じ文面ながらささくれだっちゃったのかもしれませんね。楓流さんが悪いわけじゃないんですよ。受け取れて良かったです。

楓流さん:とげぬき地蔵様(と言って手を合わせる)・・

ヒロ:

お地蔵様って・・
まぁ棘は抜いたかもですけど、頭だけじゃないですか、似てるの。
見たことないですけど、とげぬき地蔵さん。

拝まないでください。
時々おじいちゃんおばあちゃんに『どちらのお寺さんですか?』っ聞かれるんですから。

楓流さん:似せてるの?

ヒロ:

ラ王のCM(https://youtu.be/6Txa47PjI9E)じゃないんですから。
違いますよ。
お世話になってたときからこうです、丸刈りです。

楓流さん:そうだった、ふふふ。




                    *



人間のパーツはみんな同じだ。



でも、同じ顔の人は居ない。
同じ声の人も居ない。



この声で良かったと思う。
大切に思う人を笑顔に出来る声で。



もう話さない
もう声なんていらないなんて
もう思わない。



                    *



友人が電話を掛けてきた。
受話器からは、電車の音や駅のアナウンスが聞こえてきた。



鬱で苦しんでいたとき手にしたデビッド・D・バーンズさんのご著書

いやな気分よ、さようなら
自分で学ぶ「抑うつ」克服法
http://www.seiwa-pb.co.jp/search/bo05/bn798.html

分厚い本で
気がつけば睡魔に襲われ
何度枕にして挫折したことやらの本ではあったけれど

それでも毎日ちょっとずつ読み進め
ちょっとずつ実生活に活かしていくを繰り返して

ご著書のシリーズに助けられ
ぼくは鬱の長い長いトンネルを抜けた。



同じように鬱に悩む友人に出逢って
万人向けではないと断ったうえで本を勧め
彼もあの頃のぼくと同じように読み進めていた。



『はたらかない』
『はたらけない』

文字で見れば一文字の違いしかないけれど
内面に抱えるものはまるで違う。



でも人は、ふたつを同じように見ている。



見た目だけで『怠けている』と判断する。
目に見える結果が出ていないだけで『ダメ人間』と判断する。

『本気でやってないだけだ』
『今まで何してきた』
『昼間、遊んでんじゃないのか』

などとなじる。



あなたが知らないだけかもしれないのに。



『いい歳してなんだ。ちゃんとしろ』
『そんなんだからおまえは駄目なんだ』

『その歳で働けないなんてありえない』
『選り好みしてるからだろ。選ばなきゃいくらでもある』

などと説教する。



その人になにがあったのかは聴かなければ判らないのに。



心身のバランスを崩し

はたらきたくても
はたらけなかった友人は

そんな言葉に追い詰められて
自殺を考えるようになっていた。



家族があるのだが
はたらけなくなってからは

奥様が愛想を尽かすことなく
離婚を切り出すことなく働いて支えてくださり

『幼い娘と息子に自分が働いている姿を見せてやりたい』
『THE 昭和かもしれないけど、父親が家庭にお金を入れている姿を見せたい』

そう願って何度となく這い上がろうとしたが
鬱がちょっと良くなったのを治ったと思い込んで復帰を焦り

再発しては失敗するを繰り返してきた。



電話を掛けてきたのはちょうどそんな時期。

受話器から電車の音や駅のアナウンスが聞こえてきたから
『こりゃ危ない』と思った。

前に『線路に吸い込まれそうになる時がある』と言っていたからだ。



彼の口から『死にたい』と告げられるかもと思ったが
言われたのは意外な言葉だった。




友人:

中島美嘉(なかしま みか)の『僕が死のうと思ったのは https://youtu.be/ZH-amYi7_o4』。
唄ってくれよ、ヒロ。

ヒロ:歌?なんだよいきなり。
友人:いいから唄ってくれよ。




受話器越しにアカペラで唄った。
唄い終わると、電話口で泣かれて電話が切れた。



掛けなおしてもつながらない。
何度掛けなおしても出ない。



しばらくしたら掛かってきた。




ヒロ:

おまえなぁ、電話口で泣くなよな。
あれ、一番困る。

友人:

すまないねぇ、ははは。
遠距離(恋愛)してたときに『泣かれて困った』って言ってたもんな。

ヒロ:

女性に泣かれるのがね。
電話口じゃ、お手上げだから。

友人:

あのさ、だったらおれも言わせてもらうけど、おまえだって歌の途中で急に黙るなよな。
心配すんだろ。
テレビとかラジオなら放送事故だぞ。

ヒロ:

『きっと満たされたいと願うから』から『靴紐が解けたから』http://j-lyric.net/artist/a000621/l02e219.html のところとか?あれは、間奏。

友人:

ははは、間奏って・・
電話でアカペラなんだから、ちゃっちゃと唄ってくれよ。
こっちは生きるか死ぬかなんだからさ。
なんでおれがおまえの心配してんの?

ヒロ:アーティストへのリスペクトだよ。
友人:もう・・リスペクトとかなんなんだよ、こんなときに。

ヒロ:

歌い手の中島美嘉さんにも、歌詞を紡いだ秋田(あきた)ひろむさんにも、完成したこの曲にも、リスペクトしかないから。勝手に自己都合で間奏飛ばしちゃいかんだろ。曲を壊すことになるし、忠実に唄いたいし。

友人:理屈っぽい。

ヒロ:

『リスペクト』と言ってくれ。
っていうかさぁ、生きるか死ぬかとか言ってる割には死んでないよね。

友人:

あれだよあれ。のど自慢大会とかでさ、やたらうまい子ども居るじゃん、演歌唄ってる。でも演歌って、酸いも甘いも噛み分ける人じゃないと伝わってこないんだよな、ココに(=どんどんと聴こえるので胸を叩いている音だと思う)。

一時さ、女子高生がルイヴィトンだのシャネルだののバッグ持っててうじゃうじゃ居たじゃん、街ナカにあちこち。あれもさ、ブランドに負けてて、バッグが女子高生持ってる感じだったの憶えてない?自活できて、相応の年令に達して初めてヴィトンもシャネルも似合うだろ。

落伍者の声は響く。
届く。

ありがとな、ヒロ。
帰るわ、ちょうど電車来たし。




そう言って電話を切った友人は

就労体験・就労支援を経て
心身の不調に理解ある仕事(職場)に就き

『幼い娘と息子に自分が働いている姿を見せてやりたい』
『THE 昭和かもしれないけど、父親が家庭にお金を入れている姿を見せたい』

願いを叶えるスタートラインに立った。



                    *



この頃からというか
これを境にというか
不思議とどこからともなく『声』のお声がけが増えてきた。



『どうしても好きになれないけど気になる作家の小説を読んでほしい』

そんなお声がけがあり
半年近くかけて定期的にお逢いし代読していったら

『あれ?思ってたのと違うなぁ』

自分が読んでみたときとは違った景色が広がり
作家さんのことも作品も好きになり

今では他の作品もすべて読破し
新刊を待ち望んでいるという方。



前は好きだったが作風の変化か自身の感性の変化か

『肌に合わなくなり離れてしまったアーティストの歌詞を代読してほしい』

そんなお声がけがあり
過去にリリースされたものも含めて代読していったら

からからのスポンジが水を吸収するように心に沁み入り
歌詞の奥行き深みが齢を重ねてきたご自身とも重なり

『やっぱ好きだわ』

戻ってこれたと喜んでくださった方。



そうしたドラマティックなものではないけれども
江戸時代の頃の飛脚便のように

視覚に障害があったり
識字に難があって読めない方に変わって代読することで

『手紙が読めた』と感謝していただけたりする日々を重ねてきた。



そうした日々の先に楓流さんとの事があり
お話していたら楓流さんから背中を押していただき

ぼくの声がどこかの誰かのお役に立てるならばと
『音読』とも『朗読』ともどこか違う

代読することでまだ見ぬ世界への扉を開いてさしあげる
代読することでまだ見ぬ世界へとお連れする

『ツバキ文具店』のような代書屋ならぬライフワーク
『代読屋 ノック ノック こんにちは』が産声をあげた。



                    *