『生きる』をかんがえる ~ 想像力篇 ~ - 白色の自己主張
~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~

『生きる』をかんがえる ~ 想像力篇 ~

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photo credit:noe** via Flickr (license)



白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



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【シリーズ】 『がん』をかんがえる
http://ippunkan.blog.fc2.com/blog-category-64.html

ここで赤裸々な心情を綴ってきましたが
今ぼくは父を看取ろうとしています。

主治医から

『早ければ余命3週間』

と伝えられているからです。



今週はその3週間目に入り
考えたくなくても数字を意識してしまいます。

容体が悪くなりつつあり
重症化個室へと移動していることも考えてしまう材料です。



母も、父も、判ったときには末期がんでした。
『夫婦揃ってなんなんだよ』と思いました。



ただ母は

余命3ヶ月を告知されてから
6年近くも長生きしました。

平成7年7月4日午前9時20分

この時間に母が旅立つことは
誰ひとりとして言い当てることは出来ませんでした。



そんな母を告知されてから看取るまで見てきたことや
誰にも余命が終わる瞬間は判らないという想いがぼくの胸には芯のようにあって

父が末期がんだと判り
入院して治療してきたこの2ヶ月間

43年生きてきてこんなにも父と向き合いこんなにも父と話してきた
カルピスの原液をそのままごくごく飲むような濃い日々を過ごす中で

介護保険の申請と認定(=自宅へ戻れるかもという期待)
主治医からリハビリの指示(=寝たきり状態から回復の見込みがある)
作業療法士さんが定期的に病室まで来てくれてのリハビリ

リハビリ室へ向かってリハビリするときに備えて買ってきてほしいと頼まれた
ベッド下に置いてある脱ぎ履きしやすい靴

酸素吸入器が取れないとがんの治療は難しいと言われながらも
(=治療効果は一定のコンディションと引き換えなので)
原発や全身への転移のうち脳転移への放射線治療が始まったこと

10段階ある酸素レベルが一時『5』まで上がったが
今は『3』まで下がり落ち着いていること
(『2』まで下がってくれたこともあった)

嚥下障害があって飲むことも食べることも出来なかったけれど
昼食時のみ栄養価の高いゼリーが食べられたり
とろみ剤を混ぜてのお茶や水が飲めるようになったこと

このまま順調にいけば流動食あたりが食べられるようになるから
お茶を飲むのに使う軽くて落としても安心なプラスチック製のカップを
買ってきてほしいと頼まれ買い置いてあること

父のおせっかいで認知症 + ゴミ屋敷の孤立から脱した人たち
障害のある方の外出をガイドボランティアとしてサポートし世界が広がった人たち
父の人柄に惚れて早くまた一緒にボランティア活動をしたい人たち

そんな待っていてくれる人が居るということ・やることがあるということ
きょうよう(=きょう用事がある)
きょういく(=きょう行く所がある)

去年のクリスマスに大好評で
訪れた幼稚園や保育園からその日のうちに指名されて今年も是非にと
子どもたちが心待ちにしているサンタクロースのボランティア

パートナーのご両親とおばあちゃん・父(=兄)の弟や妹が
遠路はるばる『入院したって聞いたから』とお見舞いに次々来てくれたこと

父が地域の委員をしている折いつも気にかけていた方が入院した時
仲間の委員さんとお見舞いに来てくれたことで退院したいと思う力が湧き
『4ヶ月後に退院出来たから今度は私も』とお見舞いに来てくださったこと

父が地域の委員をしている折いつも気にかけていた方
仲間の委員さん・父の3人でよく集まっては近所の珈琲屋さんへ出掛け
他愛もない話をするのが楽しみだったから『また行きたいね』
仲間の委員さんと気にかけていた方とで励ましに来てくださったこと

緩和ケア病棟・ホスピスへの橋渡しをしてくれる相談窓口の方が
本当に親身で頼りになり気が利く人に恵まれたこと

そして緩和ケア病棟・ホスピス転院への前準備となる外来受診予約が
予約だけでも一ヶ月待ちなどあるなか早くも10月に取れたこと

そけいヘルニアの術前検査のレントゲンで
肺の腫瘍(=原発)が見つかった第一の好運と幸運

肺がんの治療開始を待つ間に肺炎を併発し
救急搬送されたのが一日遅かったら命を落としていたという第二の好運と幸運

『二度あることは三度ある』とお見舞いに来てくれていた親類と話していたら
相談窓口の方が併せてエントリーしておいてくださったキャンセル枠に早々に空きが出て
本命の外来受診予約も含めて2週間も予定が早まった第三の好運と幸運

治療開始を待つときには外来受診や検査日程が決まる度に
予定が書き込まれたカレンダーに『これもダメ』『あれもダメ』と斜線を入れ

治療開始を待つ間に坂道を転げ落ちるように衰弱していったときには
今まで出来ていたことがひとつまたひとつと出来なくなっていたそんな父の周りに

当初はそけいヘルニアの手術を終えて
肺の腫瘍の治療にもある程度目途がついたら
自宅からかかりつけ医に通って治していくと希望を持ちながらもそれが叶わなかった父の周りに

『人生への期待』『希望』につながるものを散りばめてきました。



治ることは難しくとも叶わなくとも
一日でも長く生きられると信じて。



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今ぼくは、電話が掛かってくることが怖いです。
今ぼくは、電話が掛かってくることが待ち遠しいです。



『怖い』

それは入院している病棟のナースセンターから
『危篤』を知らせる電話かもしれないから。

『待ち遠しい』

それは外来受診し待機リストにエントリーしている緩和ケア病棟・ホスピスから
『空きが出た』との連絡だから。



でも、ふと思いました。
本当に待ち遠しいのだろうかと。
そう思っていいのだろうかと。



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転院先の候補のひとつ
緩和ケア病棟の外来を受診した帰り

一緒に行った姉から『早く空くといいね』と言われ
『そうだね』と応じたものの

ぼくのこころには
なんだか居心地の悪い想いが居座っていました。



『そうだね』は

話の流れでそう言ったという感じのものではなく
本心から言ったものでした。

当然です。

今入院している救急病院はバタバタしていて
個室とはいえ『穏やかに最期を迎える』とはなかなかいきませんから。



居心地の悪い想いはいったいなんなのだろうと向き合っていくと

相談窓口の方が併せてエントリーしておいてくださったキャンセル枠に早々に空きが出て
本命の外来受診予約も含めて2週間も予定が早まったとき

第三の好運と幸運とも思いましたが
外来受診を待つ間に患者様が亡くなったとも言える

(複数エントリーで何処かに空きが出て取り下げただけなのかもしれないのですが)

あの感情に辿り着きました。



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臓器移植を待ち侘びながら間に合わず
亡くなった友人が居ます。



生前彼にこう問いかけられたとき
ぼくは答えを見つけられませんでしたが
『同じ想いだ』とだけ伝えました。




(臓器)移植を待つってことはさ、名前も知らない、何処に住んでるのかも知らない、何歳なのかも男か女かも知らない、何してる人なのかも知らない、どんな人生を歩んできたのかも知らない。知らないことばかりの、何処かの誰かが死ぬのを今か今かって待つことなんだよな。それ以外、僕には生きる方法がないんだから。でもさ、別に悪いことしてる訳じゃないのに、なんでこうも罪悪感抱いちゃうんだろうな。




ドラマ『コード・ブルー ~ ドクターヘリ緊急救命 ~ THE THIRD SEASON』
http://www.fujitv.co.jp/codeblue/chart/index.html

救命救急部部長 橘啓輔(たちばな けいすけ)が
自身の息子に心臓移植が必要だと判ってから
毎朝新聞で幼い子どもが亡くなった記事をくまなく探すようになってしまったように

ぼくも移植を待つ家族の立場だったら
移植を待つ患者自身だったなら

同じように考えたし
同じようにしていただろうと思います。



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緩和ケア病棟
ホスピス(=キリスト教の精神に基づくもの)

ぼくの場合は名古屋ですが

いずれも病室(=全室個室・患者一人に対して看護師一人)は
多くても20程度と限られていて

希望する方が多いために常に満床。

入転院希望の複数エントリーをする方も多く
(外来受診料は家族が代理で出向く場合実費で一病院につき5,000円+税)

個室でありながら医療費を安く抑えられるところには特に殺到し
そうでないところも常に順番待ちです。



待つ期間は病院によっても様々ですが、概ね一ヶ月程度。

待機人数も4~5名の時もあれば
20名以上ずらりと並ぶこともあるといいます。

先着順なのか
病状によっては入れ替わるとか
真偽不明な情報が飛び交っていますが

(待機リストの何番目か教えてもらえるというのも同様)

不公平を排除するためには
やはり先着順ということになるでしょう。

病状で順番がどんどん入れ替わってしまっては
早くにエントリーしていた方が後回しにされるとも言えるわけですから。

これは、あってはならないことです。



民間療法にふらふらと流れず
医学的根拠のある標準診療の範囲内を守るように

出処不明な噂レベルを出ない情報に惑わされず
不安心理に漬け込まれないよう冷静に居たいものです。

緩和ケア病棟の方も

『それ(=病状による入れ替わり)はないです』

断言していました。

それ故空きを待つ間に寿命が来てしまわないよう
誰だって『早く空いてほしい』と願うわけです。



誤解を恐れず言い換えれば

今現在入院している人の死を待つこと
『早く死んでほしい』と願うことと同じではないか。

罪悪感の源です。



こうした心情。

みんな同じように抱くのかと思いきや
意外にもぼくの周りには同じように考える人はおらず

『なんだかこう考えてしまうじぶんがおかしいのかな』

とさえ思ってしまいました。



同じ『命』でも魚やお肉などいのちをいただくことは
殺生と思うことは仏教徒さんでもない限り殆どありませんし

『いただきます』と手を合わせ感謝こそすれど
罪悪感を抱くこともありません。



なぜ同じ命でも

臓器移植
緩和ケア病棟・ホスピス入院となると

途端に罪悪感を抱いでしまうのでしょう。



そこで

今父が入院している病院に毎週定期的に来てくださる
頼りにしている臨床心理士さんが居る相談窓口へと出向いたところ

その臨床心理士さんも

『そんな心情を抱くんですか?』

まるで珍獣でも発見したかのように驚いていました。

『どうしてそんなふうに思うんですか?』

皆目判らないようでした。



話していくうちに頭やこころの中が交通整理され
罪悪感を感じてしまう正体へと辿り着きました。



キーワードは、『想像力』でした。



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両親から

365日虐待
365日全否定

幼少期を皆勤賞で過ごしてきたぼくは
いつも人の顔色をうかがってばかりでした。



家では、両親の機嫌を損ねれば虐待。
学校では、クラスメイトの機嫌を損ねればいじめ。
先生や周囲の大人の機嫌を損ねれば味方になってもらえない。



だから

いつも機嫌を損ねないようにと顔色をうかがっているうちに
相手がなにを求めているのかを察する感性が研ぎ澄まされ

いつしか極限にまで高まっていました。



結果

想像力の異常な高さと引き換えに
どの他人とも同化してしまうという

諸刃の剣になってしまっていました。



他人事を自分事に置き換えられることは時として善い結果をもたらしますが

ぼくの場合はすべてを背負い込む
引き受けてしまうところがあり

常に他人とイコール。



共感疲れ(=共感疲労)してしまうので

高校卒業後就いた仕事の殆どが
工場勤務など人を相手にしない仕事になっていたのは

じぶんのこころが壊れるのを守ろうとする自己防衛本能だったのだと
今振り返ると思います。



臓器移植も
緩和ケア病棟・ホスピスの順番待ちも

臓器移植する方や
緩和ケア病棟・ホスピスに入院している方の人生を

背負わなくてもいい他人なのに背負い込んでしまったり
引き受けなくてもよいのに引き受けてしまって

それが生来の筋金入りのマイナス思考とも合わさって

亡くなって臓器移植をすることになったことや
亡くなって病室を空けることになったことをどこか

その人のことを知りもしないのに『可愛そうな人』と決めつけ
哀しみの対象として見つめ哀れみ

罪悪感を抱くことへと繋げてしまっていたのだと思います。



臨床心理士さんは『やさしいんですね、きっと』と表現してくれましたが
どうなのかなという想いはまだくすぶっています。



命は平等ですが
ぼくの場合は平等過ぎる。

ずるくなれない。
まっしろ過ぎるのです、こころが。

でも、それでは生きていけない。
生きるリハビリの課題が見えてきました。



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臨床心理士さんとお話する中でナビゲートされ
ひとつの思い当たる出来事がありました。



しあわせの角度
http://ippunkan.blog.fc2.com/blog-entry-221.html

以前この中で

日曜劇場『家族ノカタチ』
http://www.tbs.co.jp/kazokuno_katachi/

のことに触れました、ぼく自身の物語も重ねて。



漁師である父親のためにほったらかしにされ
淋しい思いをさせられてきたとばかり思っていた母が
実は幸せだったということ知った息子が


人の人生を幸せなのかと勘繰ること自体、傲慢なことなんだろう。
おふくろには、おふくろの幸せがあった。


心情を吐露する場面。



きっとぼくは

いびつな形で身に付いた卓越した想像力で
知りもしない人たちの人生を

臓器移植というだけで
緩和ケア病棟・ホスピス入院というだけで
『可哀想な最期を迎えていった人だ』と自分勝手に思い描き

それ故に提供される臓器や個室を
罪悪感を持って見てしまったのかもしれないと気づきました。



彼らには彼らのしあわせな人生がきっとあったはずなのに。



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『identity』の元になった言葉『identify』は、自分と他を分けるということ。




臨床心理士さんが悩めるぼくに贈ってくれたことばであり

卓越した想像力をいいことに人の心が判ると溺れていたことや
ぼくが向き合わなければならない課題から逃げていたことを

教えてくれたことばでした。



ずるくなる。
なっていい。

まっしろなものは汚したくなる。
汚れる。

命は平等だけれど
ぼくの場合は平等過ぎる。



臓器を提供する人たちや
緩和ケア病棟・ホスピスで最期を迎える人たちは

きっとそれぞれに納得した人生を送ってきたはずなのだから。

だからそれを背負うことはない。
引き受けることはない。



命のバトンを受け取ればいい。
穏やかに過ごせる場所への鍵を受け取ればいい。



彼らが『君に』と手渡してくれているのだから。



『想像力があるからこそ出来ることなんだよ』
背中を押してもらえました。



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想像力があったからぼくは

両親から365日虐待
365日全否定
あの生き地獄のような日々を

まだなにも終わってない
まだなにも始まってない

きっと未来は今とは違うものになっているはずと生き抜くことが出来ました。



想像力があったからぼくは他人と同化してしまい

背負わなくてもいいものを背負い
引き受けなくてもいいものを引き受けてしまう

損な人生だったかもしれません。



でも、そんな想像力があったから今ならぼくは

虐待も
7度の自殺未遂も生きて生きて生き抜いて

あの日の友人に
なにかの答えを伝えることが出来るかもしれません。



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photo credit:藍川芥 aikawake via Flickr (license)