白色の自己主張

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白色の自己主張
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白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



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作家 色川武大(いろかわ たけひろ)さんが

劣等生
落伍者に向けて書いたエールとも言えるご著書

うらおもて人生録
お母さま方への章

に、こんなことばがありました。



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戦争も含め数々の災難がありながらも

博打打ちなど
無頼な生活を送りながらも

50年以上を生き抜いてきた色川さん。



自分よりも遥かにすごい人
並外れた努力をしている人たちが

事故や病気で早逝したり
生きる望みをなくす一方

なぜ自分は彼らほどの努力や精進をしていないにも関わらず
50年以上も生き抜いてこられたのか。



今まで自分ひとりの力で生きてきたと思っていたけれど
奇蹟のような生きかたを振り返ってみてこう思ったといいます。



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そういう人たちより、俺なんかの方がぬくぬくと生きてる。
ここのところが実に愛嬌のない現実なんですね。

いかに生きればよいか、という理くつがいろいろあって、その理くつどおりにしていれば成功するというのなら、わかりやすいんだけれど、そうともかぎらないんですね。

俺はね、つくづく思うんですけれど俺の血の中に貯金があって、それを食って生きてきたみたいですね。血の中の貯金というのはね、俺の親や、祖父母や、曾祖父母や、二代も三代も前の人たちの、有形無形の実績が貯金になっていて、それを食っているように思えるんです。




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【シリーズ】 『がん』をかんがえる
http://ippunkan.blog.fc2.com/blog-category-64.html

今年8月下旬から
末期がんの闘病生活を送る父のことを綴ってきました。



8月末の最初の告知では
『余命3ヶ月から半年』だったものが

9月21日の再告知では
『早ければ余命3週間』に。



この時点で唯一使える夢のような抗がん剤は
寿命と引き換えに治療効果を引き出す色合いが濃く
家族としては同意を見送ることに。



見送ったことでもう出来る治療はなくなり

治療はあきらめ
痛みや苦痛をやわらげて
残された時間を穏やかに自分らしく過ごす

緩和ケア病棟・ホスピスへの転院を提案されました。



転院先の候補にした病院を外来受診し
待機リストに複数エントリー。

緩和ケア病棟
ホスピスいずれかから『入院可能』の連絡が来るのを

今か今かと待っているところでした。



本命の外来受診をしたのが10月4日。
エントリーしてからの待機期間は約一ヶ月。

『早ければ余命3週間』と告知されたことで
否が応でも3週間という数字は意識してしまいます。



『連絡』が来るのが先か。
『寿命』が来るのが先か。
綱引きだからです。



余命3週間と告げられた一週間目
余命3週間と告げられた2週間目
そして余命3週間と告げられた3週間目を乗り切り

4週間目を迎え
5週間目を迎えた今月25日

本命から『明日入院可能』との連絡が入りました。



事前に聴いていましたが
連絡は本当に突然来ます。



11時過ぎに携帯に連絡が入ったのですがすぐには気が付かず
10分ほどしてから掛け直すと

『明日入院可能ですがどうしますか?』

即断を求められました。



厚生労働省の規定では
入院していた方が亡くなった場合
翌日には新しい患者さんを入院させなければいけないルールなのだとか。



外来受診時に説明は受けていたので
家族として電話があったときにどう答えるか。

動揺しないよう
後悔のない判断が出来るよう
こころの余裕があるときにあらかじめ決めていましたが

最終確認のため姉と連絡を取りたい旨告げると
『お昼前までに』との期限が設定され

11時半頃には姉の想いを再確認して
『入院お願いします』との返事をしました。



転院の件でお世話になっていた
医療社会事業相談室のケースワーカーさんにも連絡がいっていたので

介護タクシーを手配していただき
翌朝9時入院している病院を出発。

10時に受付というお約束でしたので
時間ぴったりに転院先へ到着。

念願の緩和ケア病棟へ入院することが叶いました。



それにしてももしあのとき
電話に気が付かずお昼を回っていたら・・

待機リストの次の方へと
この千載一遇の好機は渡っていたことでしょう。



つくづく『血の中の貯金』というものを考えます。



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思えば、父はラッキーでした。



そけいヘルニアの手術を受ける予定で外来受診した外科で

高齢で麻酔にどれだけ耐えられるか
術前検査を一通り受けたところ

レントゲンで肺の腫瘍が見つかった一度目の好運と幸運。



診断名を付けるためには各種検査を受けねばならず
その間院外での検査もあったことから

約一ヶ月治療も入院も出来ず
最後の検査を終えた翌日に肺炎を併発して救急搬送。

あと一日搬送が遅ければ重篤化し
命を落としていたところから助かった二度目の好運と幸運。



緩和ケア病棟・ホスピスへの転院が主治医から提案され

医療社会事業相談室のケースワーカーさんに
外来受診のスケジュールを組んでいただいたものの

どこも受診希望者が多く
早くて予約は3週間後だったのが

予約を入れたわずか2日後に
並行してエントリーしていたキャンセル待ちからキャンセルが出て

外来受診が
それも本命の外来受診が

2週間も早まった三度目の好運と幸運。



『早ければ余命3週間』から自己ベストを更新し続け
5週間目を迎えることが出来た四度目の好運と幸運。



そして5週間目を迎えることが出来たからこそ
本命の外来受診が2週間も早まったからこそ掴んだ
緩和ケア病棟入院という五度目の好運と幸運。



多くの方が

緩和ケア病棟
ホスピスへの入院を待ちわびながら

その前にお迎えが来てしまうのが現実。



父の幾重にも渡る好運と幸運を思いました。



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入院を待つ間に異常なスピードで衰弱し
寝たきりとなってしまった父。

9月4日
入院後の父の元に

介護保険の認定調査員さんが来られました。



認定が下りてしまえばこっちのものなのでぶちまけますが
不愉快極まりないおばさんでした。



こんな人間性に難ありな人が
『認定権』なんて強力な権限を持つなんて

ミサイルをおもちゃにする
どこかの国のおぼっちゃん独裁者を見ているようでした。

なにより介護の現場に
こんな人が居る事自体が驚きです。



個室へ入り
寝たきりの父を見るや否や

闘病生活を始めたばかりの父を前に
ご自身のお父様ががんで亡くなったとのことで

『死んだ』

というキーワードを連発。

『あんたバカなのか?』
『この状況でそれ言うかね?』

口まで出かかってしまいました。



また

末期がんだと判った人
余命が宣告された人
もう出来る治療法がない人のことを

『可哀想』
『お気の毒』

などと評することにも腹を据えかねました。



これから闘病生活を始める人を前にしてそんな言葉を言い続けたら

『もう俺はダメなのか』

自己暗示をかけてしまうようなもので
生きる力を削いでしまいます。



それにぼくはたとえ

末期がんだと判った人
余命が宣告された人
もう出来る治療法がない人であっても

『可哀想』
『お気の毒』

などとは思わないし
実際この3ヶ月近く一度も口にはしませんでした。



『もう終わった人』ではないからです。
『未来に繋がるもの』『希望』を周りに散りばめられると思っているからです。



つくづく貧乏くじを引いたと思いました。



一秒でも早く帰ってほしかったので
とはいえ認定権を持っていますから
気分を害されては認定に響きかねません。

『そんなことはない』
『公明正大』などと綺麗事を言うでしょうがそこは人間です。

分野は違いますが
裁判で被告が美人だと男性裁判官の判断が甘くなり
判決が軽くなるなんて言われるほどですから

笑顔で
爽やかに
聞かれたことにはハキハキと答えつつも

こころの中では

『はよ帰らんかなぁ、このおばはん』

毒づいていました。



懲戒請求してやろうかと思うほどに我慢ならなかったのは
ぼくがあと4日後に43歳となり後厄だと知ると

『お父さんが厄を持ってってくれたからだねぇ』
『感謝しなさいよ』

末期がんでベッドに横たわる父を指差し
涼しい顔で言いました。



嬉しいなんて思うでしょうか?
感謝ってなにに?

もう運を使い果たしたみたいな物言いに
開いた口が塞がりませんでした。



『親が子を思う気持ち』とかぬかしていましたが
苦しんでいる親を前にしてこんなことを喜ぶ子が居たら狂っています。



父の血の中の貯金をぼくは
こんな形で使い果たさせてしまったんだろうか。



でも、違っていました。



もう二度と会うことはないでしょうし
顔も見たくありませんが

緩和ケア病棟入院を果たした父に代わって
あのおばさんにどうだとばかりに言ってやりたいです。



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あんたから見れば『もう終わった人』かもしれないけど
父は『持っている人』だよと。


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