白色の自己主張

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『生きる』をかんがえる ~ 運命篇 ~

白色の自己主張
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白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



                    *



                  340通目



                    *




【運命】デジタル大辞泉より

1 人間の意志を超越して人に幸、不幸を与える力。
また、その力によってめぐってくる幸、不幸のめぐりあわせ。運。

2 将来の成り行き。
今後どのようになるかということ。

                    *

【運命】大辞林 第三版より

① 超自然的な力に支配されて、人の上に訪れるめぐりあわせ。
天命によって定められた人の運。

② 今後の成り行き。将来。




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人知れず
ちいさな親切をしている人の存在をわかちあい

今度はじぶんも

出来るときに
出来る範囲で

出来る分だけやってみる。



そうして

ちいさな親切をちょっとずつ増やしていくことで
世の中を思いやりに溢れた社会にしていこうと活動している

プチ紳士・プチ淑女を探せ!運動代表で
http://www.giveandgive.com/

文筆家としても多方面でご活躍の志賀内泰弘(しがない やすひろ)さんから
今年も『初夢 七福神縁起 宝船(=絵札)』が届きました。



志賀内さんのご著書
プチ紳士・プチ淑女を探せ!運動の月刊紙「プチ紳士からの手紙」
同運動のメールマガジン
新聞の連載コラム「ほろほろ通信」
Facebook
主催する「たった一言で」コンテスト

といったフルメディアで

ぼくが巡り逢いの妙で出逢ったちょっといい話を紹介いただくご縁から始まり
お逢いしたり手紙のやりとりをさせていただくに至る志賀内さんとのご縁。



年賀状を出さない志賀内さんにとって毎年12月の頭に届くこの宝船が
今年一年お世話になった方々への感謝の印になっています。



今年は恒例の

平成三十年 初夢 七福神縁起 宝船
ひとり新聞『徒然草子(つれづれそうし)』 第92号に加え

これまた恒例のおまけに
つい最近発売されたばかりのご著書

『眠る前5分で読める心がほっとするいい話 (文庫ぎんが堂)』

も同封されていて

皆の善き人生を
見返りを求めず願う変わらずの太っ腹ぶりに

じぶんファーストのぼくは
ただただ恥じ入り感謝するばかりです。



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皆の良き人生を願う『宝船』の由来は
志賀内さんによると(以前いただいた徒然草子より)


日本古来の縁起物で、元旦あるいは二日の夜に枕の下に敷いて寝ると、縁起の良い夢が見られるとの言い伝えがあります。

                    *

明治中期までは、この「宝船」を元旦に町中を金魚や風鈴屋さんのように売り歩いていたそうです。それを「船屋」さんと呼んでいたそうです。そして売るほうは「お宝~お宝~」という掛け声。なんとも粋ですね。


なのだとか。



この宝船の絵筆は

志賀内さんのご友人のアーチスト
『ごとう屋』主人 後藤久彰さんが。

原画には

牛毛神社 禰宜(ねぎ=宮司を補佐する職)
久米生光さんがお精入れ(=魂入れ)を。

印刷後の宝船(約1500枚)には
さらに氷上姉子(ひかみあねご)神社でご祈祷をあげて


来年も皆様のご多幸を心よりお祈り申し上げます。
まずは、良い夢を見ることができますように。
そして夢がかないますように。


そんな志賀内さんの想いとともに
ご縁のある1500人ほどの方の元へと

毎年この時期に届けられているそうです。



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郵便受けに届いた
志賀内さんからの封書。

開封して手にした宝船が

『まっさらな一年が待ってるよ、きっと』

そう言ってくれているように感じて胸が熱くなりました。



以前友人と一緒にごはんを食べていたとき
彼がこんなことを話してくれたのを思い出しました。



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ヒロ(ぼくのニックネーム)さんとの時間は、きょう3時(=15時)までだったでしょ。すっごい話し込んだし、楽しい時間は過ぎるのも早いって言うから、あ~っという間に時間きちゃったんだろうなと思って、さっきヒロさんがお手洗い行ってる時に時計見たら、まだ15分前だったんだよ。今朝もさ、いつも起きる時間に目が覚めたと思って目覚まし時計見たら、まだ1時間も早かったのね。こうゆうのってさぁ、神様からのミニボーナスだと思うんだよ。本当はもうないはずなのにまだ時間があるなんて、なんか嬉しいよね。




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こう感じてうれしいのは彼だけじゃない。

『まだ一緒に過ごせますね』

そう言ってもらえているようで
ぼくもうれしかったです。



帰り道彼の想いのこもったことばに浸っていたら
ふと、こんなことをぼくも思いました。



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ぼくは小学生の頃学校の健康診断で
しょっちゅう心電図にひっかかっていました。



上半身裸でベッドの上に寝て

そこになぜだかそう仕向けているのではと思うくらい
毎回めちゃめちゃきれいな看護師さんとふたりっきり。

胸に心電図をとるための吸盤を付けられたら

子どもだから
そのふれあいだけでもう

心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしっぱなし。



心拍数は一気に MAX です。



それに加えこの頃から並外れた性欲の自覚がありましたから
頭の中はエッチな妄想でぱんぱん。




ちょっと心臓の鼓動が速いねぇ。
緊張してるのかな?
深呼吸して、ラク~にしてね。


なんて触れられながら言われたら
そりゃ無理ってもんです。



横になっていて目立つ半ズボンのふくらみを
無い知恵を絞っていかように抑えるのかと相まって

毎回心拍数をゆったりさせるのに

『あっちもこっちも落ち着け。落・ち・着・け!』
『ここでそんな展開なんてない。ないない』

エア念仏で反芻しながら

す~は~
す~は~
深呼吸を繰り返し

頭の中ではいじめなど
嫌な出来事を次から次に思い浮かべたりして

エッチな妄想を追い出すのに四苦八苦していました。



毎度毎度何度やっても興奮してしまい
心電図が異常を示していたわけですが
再検査してももちろん異常はなし。

そりゃそうです。

ひとりエッチな気分になって
鼓動が速くなっているんですから。

でも

そのときのお医者さんは念のためにと
ドキリとすることを実にさらりと言っていました。



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今は大丈夫だけど、将来悪さをするかもしれないから気をつけておくんだよ。




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時限爆弾を渡されたようなものでしたが
そんなことはもう記憶の遥か彼方に行ってしまった30代。



いたずら病魔がひょっこり顔を出し

ぼくの心臓はたびたびご機嫌ななめになったかと思えば
すぐにご機嫌になるのを繰り返す

ツンデレな心臓になっていました。



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病気には

その病気なりの苦しさ・辛さがあると思いますから
他の病気と比較するのはどうかと思うけれど

止まったら即アウトの心臓です。



『いつ止まるんだろう・・・』

そんな恐怖と隣合わせの薄氷を踏む日々のなか
いたずら病魔がひょっこり顔を出した後
診察してもらった担当医さんの見立てもあってぼくは

『40歳までは生きられないだろうな』

と思っていました。



病だけじゃありませんでした。



ぼくの両親には

『甘えるな』の自己責任
『頼るな』の自助努力
『正社員で家族を養って一人前』の男らしさ・自立

そんな THE 昭和の価値観と理想の子ども像があり

子どもの頃からずっとそこから1ミリでも外れることを
ふたりは決して許しませんでした。



生きた化石のような価値観を

子どもの頃の度を越した
今なら虐待であろう両親の厳しい躾によって徹底的に叩きこまれ

ぼくはまるでマシーンのようにその理想を体現すべく
日々こころを潰して邁進しました。



でも

どれほど頑張っても理想の息子にはなれず
躾と称した虐待の後遺症だけが残り

そこを起因とした生きづらさに何度となく苦悩し
命を絶ったほうがラクだとさえ思えて七度命を絶った過去があるぼくにとって

未来を描けないながらも人生に淡い恋に似た期待を抱き
それでも突きつけられる現実から

『40歳までは生きられないだろうな』

と思っていたぼくにとって

40歳からの人生は
本来ならなかったもの。

それが与えられたということは
人生にのりしろが出来たということでした。



友人のことばを借りるなら
神様からのミニボーナス。

いや、いのちなのだから
ビッグボーナスと言ってもいい。



                    *



あれから三年が経ち
ぼくは今年43歳になりました。

ぼくにとって『ない』と思っていた人生がまた一年延びた。
延びてくれました。

先月父を看取っているだけに
想いはひとしおです。



                    *



今年も生きて宝船を受け取れたこと。
『ない』と思っていた人生がまた一年延びたこと。



うれしいはずの出来事ですが

『生きるってなんだろう』

考えさせられる出逢いがありました。



                    *



2日前

おうちの近くの百貨店へ買い物に出かけたとき
ご近所さんのおばあちゃんとばったり逢いました。

いつもはお逢いすると
陽気なお話ばかりをしてくださる方が

この日だけは違っていました。



数年前甲状腺の手術をし
以来服薬を続けていますが

どうも最近おくすりとの相性が良くないらしく
意識を失ってしまうことが度々あるのだとか。



幸いしばらくすると意識は戻り大事には至らないが

先日週2回来てくれるヘルパーさんが来てくれた折
(おばあちゃん的にはいつものことだが)意識を失ってしまって

事情を飲み込めないヘルパーさんを巻き込んで大騒動に。



ヘルパーさんがヘルパーさんを呼んで3人も駆け付け
ヘルパーさんが救急車も呼んで救急隊員も駆け付けた。

血圧を測ったりしながら様子を見ていると意識が戻り

事の経緯を今までも含めて説明すると
皆が皆入院した方がいいと勧める。

定期的に訪ねてくれる娘さんも同じだという。



でもおばあちゃんは

自分でやれることは
自分でやれるうちはやりたい。

入院したら寝たきりになってしまうから
それだけは嫌だとずっと拒んでいる。



自分は一番上だが
自分より下の弟妹はみんなお迎えが来ている。

足腰も弱って
出歩く時はシルバーカーが欠かせない。

今は冷えが厳しいから
エアコンを始終つけていても体が思うように動かない。

甲状腺を切っているために
喉が渇いて仕方がない。

夜眠る時枕元に水を置いているが
飲むとすぐにお手洗いに行きたくなってしまうから
飲むことを躊躇してしまう。

胃腸も弱っているから
ごはんを食べるとすぐにお腹が下り

お手洗いへ行くまでに間に合わず
下着やパジャマが毎日汚れる。

でもそうは言っても
飲まない・食べないわけにはいかないから悩ましい。



今年90歳を迎えたが


『はようお迎えが来んか、指折り待っとるで』
『なんでわしだけよ、お迎えが来んのだ』
『自殺してでもよう、はよう逝きたいんだわ』


ぼくの手を握り
訴えかけるように言われて

胸が締めつけられるようでした。



ぼくの父が11月17日に78歳で先に逝ったことを
『羨ましい』とまで言っていました。



芯のあるお声からは

身体の衰えこそあるものの快活なご様子が伝わってきて
100歳まで生きていそうな感じがするけれど

貧乏くじばかりを引きまくった人生だと
初めて自らの人生を赤裸々に語ってくださったことも併せて思うと

『自殺してでもよう、はよう逝きたいんだわ』

このことばが深く
深く刺さりました。



自殺をほのめかすなんて
本気なのか冗談なのかと思う人も居るでしょうけれど

喉元まで出かかっていましたけれど

『自殺なんてダメだよ』

なんて口には出来ませんでした。



まして、『生きて』なんて言えませんでした。



お話に耳を傾け
想いを受け止める。



それだけで精一杯でした。



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ぼくが生きづらさから思った『死にたい』
おばあちゃんの言う『死にたい』

こうしてことばで書くと同じ『死にたい』でも
重みやそこに詰まっている想いはまるで違います。



よのなかでは金太郎飴のように
ご長寿を『めでたい』とお祝いするけれど

おばあちゃんの想いに触れて
ぼくは素直にお祝い出来なくなりました。



ぼくの父が11月17日に78歳で先に逝ったことを
『羨ましい』とまで言っていた人に。



                    *



『生きたい』と願う人が冷たい石の下で眠り
『死にたい』と願う人が意に反して長く生きる。

愛嬌のない現実を
人は時に『運命』と呼びます。



軽々しく。



でもおばあちゃんは
こうも言っていました。



貧乏くじばかりを引きまくった人生だったけれど
ここへ来て運が向いてきたみたいで
ちょっとはましな人生になったと。

『長生きしてみるもんだわな』

とも聞こえました。



だからぼくも、しぶとく長生きしてみたい。
まだ見ぬ世界をこの眼で見てみたい。
定めがあるのだとしたら、抗い、裏切ってやりたい。



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『運命』ってのは、人任せに生きてるヤツの言い訳だ。

                    *

血の繋がりはないが父親と思って共に生きてきた『セン』を殺され、新宿で質屋を営みながら殺したヤツの情報を血眼になって追う七瀬(http://www.tv-tokyo.co.jp/shinjuku_seven/cast/)。そのことを知った新宿の街を牛耳るチャイニーズマフィア黄幇会(こうばんかい)のボス王(ワン)から退屈しのぎにと命懸けの勝負を持ちかけられ、見事勝利した七瀬は犯人が誰かを教えられる。

センの月命日、亡くなった場所へ行けばソイツと会えると。
姿を見せたのは、懇意にしている中華料理屋の店主シノブだった。

黄幇会の先代の妻だったシノブだが、敵対する組織の日本人と恋をし身籠る。相手の日本人は抗争で死んだが、シノブは秘密裏に出産。それが七瀬だった。だが混血児を産むことは許されず、明るみに出ればシノブも子どもも殺される。事情を知った黄幇会の構成員センは、裏切り者へ死の制裁が加わることも恐れず、シノブと七瀬を守るために、まだ赤ちゃんだった七瀬を連れ去った。

十数年後。放浪という逃亡生活を経て病で余命幾ばくもないセンが連れ去った赤ちゃんが生きていることを伝えるためシノブの前に現れたが、裏切り者へ制裁を加えるため黄幇会の追手がすぐそこまで迫っていた。センはシノブに自身の銃を手渡し、追手が見ている前で撃てば裏切り者を始末したことになり、シノブも七瀬も事の次第の秘密も守ることが出来ると言い、躊躇するシノブに引き金を引かせた。

やむを得ない事情を語り殺したことを認め、七瀬が王との勝負で手にしたセンの銃で殺すよう促すシノブ。『これが運命だ』呟いて目を閉じるシノブだったが、撃つことは出来ず、銃口を下ろし、アンタは違うと涙ながらに言った。

ドラマ24『新宿セブン』第11話(最終回)から
http://www.tv-tokyo.co.jp/shinjuku_seven/



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