白色の自己主張

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へその緒

白色の自己主張
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Photo:オカンとへその緒 By:nauleyco
Photo:オカンとへその緒 By nauleyco



白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



                    *



                  342通目



                    *



ペルソナ総合医療センターに勤務する産婦人科医であり
素性を隠したピアニスト BABY としても活動する鴻鳥(こうのとり)サクラが
http://www.tbs.co.jp/kounodori/chart/

様々な事情を抱えながらも
産むことと向き合うすべての人のために

どんなに困難な状況であっても
産まれてくる赤ちゃんを祝福するために
チーム一丸となって赤ちゃんをこの世に迎える物語

金曜ドラマ『コウノドリ 命についてのすべてのこと』10話
『出生前診断 家族を作るということ』に、こんな場面がありました。
http://www.tbs.co.jp/kounodori/



                    *



サクラの同僚 四宮春樹(しのみや はるき)の父で
石川県にある能登北総合病院で産科医をしている
晃志郎(こうしろう)が倒れたとの連絡が妹の夏実(なつみ)から入った。



一報を受けすぐに帰省したが
当の本人は涼しい顔で診察中。

話をしようにも聞く耳を持たず
患者をほっぽりだしてきたのなら帰れと言わんばかりの態度で

駆けつけた春樹を呆れさせた。



倒れたとの連絡を受けた以上事情を知りたい春樹は

頑固親父の診察が終わるまで
なにがなんでも待合室で待つことにすると

その姿を見かけた院長から声を掛けられた。



晃志郎の病状を心配してのことだった。



そこで初めて父の病状が
ステージ4の肺がんであることを知った春樹は

実家に戻った夕食の席で
引退して治療に専念するよう促す。



だが晃志郎は

『この町を子どもが産めない町にしたくない』

引退を拒否。



『産科を閉鎖しても隣町の病院へ行けばいい』
『地域医療にも限界がある』

春樹にも言い分があり
口角泡を飛ばすが

頑固親父の晃志郎にも言い分があり折れることはない。



『この町の子どもはみんな自分がとりあげてきた』

自負
いのちをつなぐ使命

静かに語る瞳の奥に
熾火のような熱を感じた同じく産科医の春樹は

『だったら生きろよ』

親父譲りの頑固さには似つかわしくない言葉を贈り

思わぬ言葉に目を丸くする晃志郎が
産科医を続けられるよう見守ることを選んだ。



                    *



入院し治療を受け始めたことで
体調が良くなってきた晃志郎は

食欲も戻り
診察にも週に何回かは出られるようになったと

今後の治療など相談したいことがあり
上京してきた夏実から聞き安心する。



その席で

そういえばと夏実がキャリーバッグから取り出し
春樹にラベンダー色の布にくるまれたものを差し出した。

晃志郎から

『春樹に渡してほしい』

預かったものだという。



包みを開けると
漆の箱が顔を出した。



なにか判らず首を捻る春樹に夏実は
『へその緒』であることを告げるが

なぜ父が自分に託したのか
ますます春樹には父の想いが推し量れなかった。



                    *




(出生前診断の結果を前に悩む二組の夫婦を知った後で尚更思いは複雑だろう)
(医局でひとり包みを開いて手に取り見つめる春樹)

(そこへ産婦人科のムードメーカーであり、皆の精神的支柱でもある助産師 小松留美子(こまつ るみこ)がやってくる)

小松:

きれいな箱!
なにが入ってるの?
お菓子ならひとつちょうだい。

四宮:へその緒です。
小松:Oh!・・タベラレナ~イ!

四宮:親父が俺に『渡せ』と言ったらしくて。

小松:

しのりん(小松が呼ぶ春樹の愛称)のへその緒なんだ。
これ、輪島塗(=能登の伝統工芸)?

(そっと眺めながら手に取る)

四宮:はい。
小松:ふ~ん。

小松:

へその緒ってさ、昔はお守りとして、女の子はお嫁に行く時に手渡されたり。男の子なら、戦争へ行く時に持たされたりしたんだよね。あとは、亡くなった時に棺桶に入れてもらうと、天国で迷子にならずにおかあさんに逢えるとかね。

四宮:そんな言い伝えがあるんですか。

小松:

おとうさんの気持ちだね。
しのりんを守ってくれますようにっていう。




                    *



【シリーズ】 『がん』をかんがえる
http://ippunkan.blog.fc2.com/blog-category-64.html

8月に晃志郎と同じくステージ4の肺がん(父の場合は肺腺がん)と診断され
11月17日に他界した父を

ぼくはドラマをあらためて見ながら重ねていました。



病状悪化で救急搬送される前
入院前最後の検査を外部の病院で受けた帰りのタクシー車中

父から実家のゴミ屋敷のような書類の整理や
お彼岸が近いからと仏壇の掃除を頼まれていました。



それまでの検査で

『肺腺がん』という診断名はまだ付く前でしたが
レントゲンで見た腫瘍の異様なおおきさから

『入院すればもう二度と家に戻ることは叶わない』

判っていたのだと思います。



仏壇の引き出しを整理していましたら

裏面にぼくの名前のある『寿』と書かれた桐箱と
名前を命名した証(書のようなもの)

が出てきました。



『寿』の文字の下には

『御臍帯納』
『御産毛納』

の文字。



裏面には

両親の名前
生年月日
身長
体重
頭囲
胸囲
生地
医師又は助産師

とあり、名前がそれぞれあります。



桐箱は開くと中のへその緒は
一部が粉末のようになっていました。

証も経年劣化で茶色く変色し
あちこち虫に食われ

穴が空いていました。



42年という時の流れを感じます。



                    *



ぼくは幼少期から青年期に至るまでの18年間
365日虐待の皆勤賞で育ちました。

顔の骨格が変わるほどの
奥歯が一本残して全滅するほどの往復ビンタ。

激しいビンタの衝撃で頬の内側を切り
血の味がするごはんを食べて生きてきました。



虐待されるような産まれ落ちることが誰からも歓迎されないじぶんに
こんなものなどあるはずがないと思っていましたから

今の今まで大切に残されていたことに
ぼくは今まで父に対してしてきたことと綯い交ぜになり

ことばがありませんでした。



それは

中学2年生のときいじめを苦にして自殺した折
ぼくがこの世に居た証なんてなにひとついらないとばかりに
身辺整理に写真という写真はすべて焼き尽くしていたにもかかわらず

母が末期がんで他界後
病院の個室で荷物を整理していたときに出てきた母子手帳に

幼い頃のぼくの写真が
大切に挟んであるのを見つけたときと同じ想いでした。
http://ippunkan.blog.fc2.com/blog-entry-251.html



仏壇の引き出しに入っていたことを父は知っていたでしょう。
ぼくが桐箱を見つけることも。



どんな想いで託したのか。
ドラマの中での春樹と重なります。



考えあぐねていたとき
あるドラマでの台詞を思い出しました。



金曜ドラマ8時『ユニバーサル広告社~あなたの人生、売り込みます!~』です。
http://www.tv-tokyo.co.jp/universal_koukoku/



                    *



くたびれた港町にある『さくら通り商店街』にある日

出ていく人の方が多いなか
久方ぶりにやってくる人たち

弱小広告会社『ユニバーサル広告社』がやって来ます。



超大手広告代理店で時代の寵児ともてはやされながら
尊大な態度で始終周囲の人に接したためについに干され

ヤケを起こした暴力沙汰の挙句
会社の看板を自身の能力と自惚れ転職は連戦連敗。

流転の末社長に拾われたクリエイティブディレクター杉山
http://www.tv-tokyo.co.jp/universal_koukoku/cast/

業績が振るわず社屋の移動移動で通勤時間がどんどん伸びるものの転居せず
ぶつぶつ文句を言いながらもお洒落にもメイクにも手抜かりなく通い続ける
無愛想で毒舌な事務担当の猪熊

キャンピングカー暮らしで猫好き
ロックなデザイナーでなにかというと猪熊とちっちゃな火花を散らす村崎

社長であり営業担当であるもののなぜか存在感が薄く
発言しようとすると社長なのにいつも社員から疎まれる石井らが

最初は訝しみながらも
依頼を持ち込んできてくれる町の人たちの悩みに

広告はあらゆる悩みを解決出来る人任せの魔法ではなく
輝こうとしている人の輝きを増すものだとの信条で応え

町の活気を亀の歩みで取り戻すお手伝いをしていく最終回。



商店街唯一の飲食店で
メニューを開けばいろいろあるのに

食べたいものを注文しても
『ない』『できない』ばかり。

エビピラフとナポリタンしか作らないことに
ユニバーサルの面々を呆れされるものの

その訳を『亡くなった妻が好きだったから』と話してくれた
商店街の純喫茶『ジュルビアン』店主 藤沢。



もう死んだような町を舞台にした映画を撮りたいと
さくら通り商店街を視察に訪れた失礼千万な若き監督に
『ジュルビアン』という店名の由来を語る場面がありました。



                    *




『ジュルビアン(Je reviens)』ってのは、香水の名前でな。死んだカミさんが好きだったやつでよぉ。『再会』『また逢える』『きっと帰ってくるぞ』って意味なんだ。兵士がな、そういう意味を込めて贈ったりしたそうだ、愛する人にな。つまり、『死なないぞ』って意味だ。つまり、『死んでたまるか!』ってことだ。




                    *



小松が春樹に語ったへその緒の言い伝えと
ぼくの中で重なりました。



生きづらさから自殺未遂を7度も繰り返してきたぼくへの
『死ぬなよ』というエールだったんだと。



『生きろ』じゃないところが
『親父、変わったんだな』亡き今になって思います。



                    *



晃志郎が入院し治療を始め
診察にも週に何回か出られるようになったある日
再び倒れたとの連絡が夏実からペルソナに入った。



駆けつけると相変わらず
患者をほっぽりだしてきたのなら帰れと言わんばかりの態度だったが

緊急の手術が必要な患者が出ると
あれだけ自分がと言っていた晃志郎が春樹に託した。



初めて見る息子の姿に不安がる患者家族に晃志郎は

息子であること
優秀な産科医であることを告げ

頼むと春樹に頭を下げた。



慣れない場所での手術ではあったが無事成功し
報告にと春樹は病床の晃志郎を訪ねた。



ペルソナに比べ設備も劣る。
前立ち(=助手)も産科ではない。

『よくここで医者を続けてきたな』

あらためて父の自負
いのちをつなぐ使命に

『ジュニアくん』と呼ばれた確執を越えて感じ入った。



父の無事と手術の無事を見届け帰る春樹に
晃志郎は握手を求めた。

『ありがとう』

そして、『おまえにはまだ負けん』と。



それからしばらくして晃志郎は他界した。



医局で能登北総合病院のホームページを見た春樹は
産科が休診になっていることに胸が割れるようだった。



このままではやがて廃止になる。
父が守ってきた燈が消える。



『へその緒』を思い出した。
なぜ晃志郎は妹を介して自分に託したのか。

小松が教えてくれた言い伝えもあるだろう。

けれど春樹にはこんな想いが
願いが込められていると思った。



ペルソナを辞めることを

同僚でありもっとも心を寄せるサクラに告げ
能登北総合病院へと赴任。

休診していた産科を再開。
父からのバトンを引き継いだ。



                    *



燈燈代代。
へその緒は、いのちがつながった証。
連綿と続くいのちのリレーをここで絶やすな。



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