白色の自己主張

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サプライズエール

白色の自己主張
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白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



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金曜ドラマ『アンナチュラル』
『Unnatural Death #1 名前のない毒』に、こんな場面があった。
http://www.tbs.co.jp/unnatural2018/



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日本で不自然な死を遂げたご遺体の内
解剖されるのは先進国で最低の2割。

8割は解剖されないまま
もっともらしい診断名が付けられ荼毘に付されるため

警察や自治体からの依頼はもとより

警察や大学病院へ解剖依頼しても断られた
死因に納得できないご遺族の駆け込み寺となるべく発足した

不自然死究明研究所(unnatural death Investigation laboratory 通称 UDI ラボ)。



『法医学は死んだ人の学問ではなく未来のための仕事』を信条とする

医科大学の法医学教室で准教授として研鑽を積んだ後
法医解剖医へと転身した三澄(みすみ)ミコトの元に
http://www.tbs.co.jp/unnatural2018/chart/

葬儀会社『フォレスト葬儀社』に紹介されたと言ってある日
突然死した息子の死因を究明してほしいとの依頼が持ち込まれた。



応対した所長 神倉(かみくら)の話では突然死したのは

化学製品を扱う株式会社ケイズペック宣伝部社員
高野島 渡(たかのしま わたる)35歳。

会社を数日無断欠勤し
心配した上司から様子を見てきてほしいと頼まれた
婚約者 馬場路子(ばば みちこ)により

室内で倒れているのを発見された。

警察からは突然死の中でも多い『虚血性心疾患』と伝えられたが
登山を趣味としているほどで健康そのもの。

とても突然亡くなるなんて考えられないとのことだった。



虚血性心疾患は狭心症から心筋梗塞まで幅広く含まれるため
医者が最も書きやすい死因。

それゆえ解剖されないまま荼毘に付されれば
本当の死因は永遠に判らないことにもなる。



ご両親の本当の理由を知りたいという想いに応えるため
ミコトはメスを握った。



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解剖を進めていくと心疾患ではなく
『急性腎不全』の疑いが出てきた。



毒物が疑われた。



すぐさま検査をしてみるが
照合した200種類のリストにはいずれも引っかからない。

現存する薬物と比較することでしか死因となった毒物を特定できないため
言い換えるなら未知の毒物なら完全犯罪が可能になる。

ここから先はリストにない毒物の可能性(例えばふぐの毒)を
ひとつひとつ地道に当たっていくしかない。



そんな時だった。



所長が高野島のご両親から
情報提供されたと伝えてきたのは

高野島と組んで仕事をしていた社外のデザイン会社社員
敷島由果(しきしま ゆか)の突然死。



一人暮らしをしており
事件性なしと判断され

解剖されずに遺族へと返された後荼毘に付されていたため
解剖による死因の特定はできなかったが

高野島とまったく同じケースで
稀な偶然とは考えにくい。



喘息持ちで薬を飲んでいて

突然の発作で呼吸困難になり亡くなったと警察に言われれば
そうかなと思ってしまう。

離れて暮らしていて親に心配かけたくないと思う優しい子で
久しぶりに逢ったのが霊安室だったと心を痛める敷島の母の姿を見て

ミコトはなんとしても
ふたりの命を奪った毒物を特定しなくてはと思った。



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高野島のご両親から所長が預かった部屋の鍵でミコトは

チームを組む記録員で医大生のアルバイト 久部六郎(くべ ろくろう)
臨床検査技師 東海林夕子(しょうじ ゆうこ)らと共に高野島の自宅を訪れ

ありとあらゆる試料を持ち帰り調べるものの空振り。



高野島の会社にあるデスクからも試料を持ち帰るが
こちらも空振りに終わって途方に暮れていた。



社内を訪れた折久部は

同じ部署だとばかり思っていた馬場が見当たらず
同僚に声を掛けて馬場が働く場を案内してもらっていた。

外から眺めていて彼女が棚に薬品を収める際
収納棚の表示から毒物を扱っていることを知った久部は

すぐさまミコトと東海林に伝えた。



ポリエステルの研究職にある馬場は
エチレングリコールを仕事で使用しており

この薬物は体内吸収後12時間で呼吸障害
24時間経過後は腎臓障害を引き起こす。



ふたりの症状と合致する。



社内では
高野島が馬場と敷島ふたりと交際する二股の関係にあり

『これを知った馬場がエチレングリコールで殺したのでは?』

との噂が立っていた。



高野島と敷島が亡くなった後出社すると
馬場へ『よく出社できるな』陰口も叩かれていた。



エチレングリコールは舐めると甘い。
お菓子や飲み物に混ぜれば気付かれない。

そうした見立てから高野島のデスクにあったお菓子

併せて敷島の実家を訪ねた折仏前にあり
母の話ではバッグの中にあったという
高野島のデスクにあったものと同じお菓子を調べるが

いずれのお菓子からも毒物は検出されなかった。



未知の毒物を開発したのか。
馬場が天才なら。



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行き詰まりを打開したのは
刑事のような真似事をして事情を嗅ぎ回っていた久部の
なにげないひとことをミコトがラボで耳にしたことだった。



お菓子は

馬場が高野島や敷島にあげたのではなく
高野島が出張先でお土産として購入し

帰国後同僚含め敷島にもあげたものだと判った。



高野島と敷島のゴシップも

高野島の風邪が敷島に移ったもので
個室でイチャイチャしていたからだと

火のないところに煙といったものでしかなかった。



風邪
出張



ミコトは、この言葉に反応した。

出張先を久部に確認し
サウジアラビアだと知るや否や

向かっていたパソコンで海外の論文を検索。



稀な偶然でもない。
毒物でもない。



帰国後

咳の症状を軽い風邪だと思い込み
土日で急激に悪化。

免疫の過剰反応で
急性腎不全を発症。

短期間で死亡に至った報告を見つけた。



即時の検査で高野島の検体から検出されたのは
MERS(マーズ)=中東呼吸器症候群だった。



国内初の感染例としてメディアで大々的に報道されると
高野島の名前こそ伏せられたものの大混乱をきたした。

インターネット上ではどこから情報を得たのか
個人情報を晒し特定する私刑が横行し拡散。

インフルエンサーとなった高野島や
両親に対するバッシングの嵐となった。



死因が特定され
ようやく葬儀を執り行えることとなったご両親。

だが雨中
会場へと向かうその道もまた

メディアスクラムによる非難の嵐だった。



中で待ち

依頼されたとはいえ
自身が明らかにしたことによって
高野島はまるで罪人のように晒され

ご両親も同じく世間から断罪される姿をガラス越しに見て
ミコトは胸が潰れる想いだった。




『息子が無理を押して帰国したのは、会社を休んではいけないという気持ちがあったからだと思います。子どもの頃から私は風邪ぐらいで学校を休むなと、我慢強い男になれと、そう言い聞かせて育てました』

『間違ってたのかなぁ・・。あの子、がんばり屋さんだから、頑張り過ぎちゃったのかな』


遺影を眺めながら瞳をうるませ
大切な息子を亡くしながらも
なおもご迷惑をおかけしましたと頭を下げる両親の姿に

ミコトは掛ける言葉がなかった。



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『ご住職が到着しました』

息子の死にとどまらず
非難を浴びて憔悴した両親を気遣い呼びに来た馬場は

ミコトに『彼は無実です』強い口調で言い

ダイレクトメールに紛れていて気が付かなかったという
健康診断の結果が入った封筒を差し出した。



『帰国して3日後に受けていた健康診断の結果はすべて良好で異常なし』

気丈に振る舞い告げる馬場にミコトは

『検診ではコロナウィルス(=MERS)の検査はしません』

と告げ

『常識的な人で、風邪の自覚症状があれば空港で自己申告していたはず』

食い下がり告げる馬場にも

『自覚症状がいつからかを証明するのは難しい』

自身の責務を果たすべく
涙を堪えながら告げた。



そして

検診を受けた大学病院には免疫力の落ちた患者さんが大勢居て
感染は彼らの命に関わること。

高野島がどれだけの人数と接触したのか
社内の人たちを調べたように調べないといけないこと。

今よりももっと辛いことになるかもしれないことを
心を割りながら馬場に伝えた。



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(数日後夕刻の川沿いで待ち合わせたミコトと馬場)
(右手薬指の指輪を見つめながら待つ憔悴した馬場)

ミコト:ありがとうございました。

(預かっていた健康診断の封筒を返すミコト)
(奪い取るように受け取る馬場)

馬場:

わたし、会社で大きなプロジェクトを任されたんです。必死で・・そっちを優先してばっかりで・・一緒に居ればよかった。もっと毎日でも泊まりに行けばよかった。早く籍を入れて、一緒に暮らしてたら・・あんなふうに独りで死なせずに済んだ。

(うつむいていた視線をミコトに向けて)

ネット見ました?
高野島ショック。
本名も、顔写真もたくさん。
・・あんなに真面目な人が、極悪人みたい。
わたしがこんなもの(=健康診断の結果)見つけたから・・

ミコト:馬場さんがこれを見つけてくれたから、被害が最小限に食い止められたんです。

馬場:

(ちいさくかぶりを振り)そんなふうに思えない・・
(何度もかぶりを振り)誰が死んでも、どうでもいい・・

(うつむき頭を抱える馬場)
(隣で川辺りに寄りかかったミコトが鞄から5個入りのあんぱんを取り出す)

ミコト:

これ、食べませんか?
(差し出し)一緒に食べましょう。

馬場:(こんな時になに言ってるんだとばかりに)結構です。

ミコト:甘いものは嫌いですか?
馬場:そういうわけじゃないけど・・

ミコト:ここのこしあん、おいしいんですよ。
馬場:いりません!

ミコト:(封を開けながら)一口だけでも
馬場:わたし、そういう気分じゃないんです!

(そっぽを向く馬場)

ミコト:そんな気分じゃないから食べるんです。

(微笑みを添えて促され渋々手に取り頬張る馬場)
(じゃわたしもとひとくちでぱくっと頬張るミコト)

馬場:

はぁ・・なんで・・おいしいんだろうこんな時に・・
嫌になっちゃいますね・・

(振り返ると夕日がふたりを染めた)
(右手薬指にはめた指輪を夕日にかざす馬場)

ミコト:(指輪を見つめ)綺麗ですね。

馬場:

お土産です。
婚約指輪の発祥は、古代エジプトなんだぞって。
自慢げに。

ミコト:高野島さんが。

馬場:

帰国した、翌日。
・・一緒に過ごした最後の夜になっちゃった。

(なにげないこのひとことが本当の感染源と真相を明らかにさせることになる)
(それは高野島の名誉回復へとつながるものとなっていく)




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【シリーズ】 『がん』をかんがえる
http://ippunkan.blog.fc2.com/blog-category-64.html

末期がんで緩和ケア病棟へと転院した父を
去年11月17日に看取りました。



午前3時31分に永眠し
すぐに葬儀会社へと連絡。

病院から葬儀会館へと搬送するための車が10時に到着するとのことで
それまでに病室を空けなければならないため

部屋の片付け
親族への連絡

9時過ぎには死亡診断書ができあがり付属する死亡届の作成
隣接するコンビニエンスストアで死亡診断書と死亡届のコピー

合間を縫って
『クロワッサン特別編集 身内が亡くなったときの手続き』を読み

哀しむ間もなく慌ただしく時間が過ぎていきました。



前日

父との別れが近づいていることを
直感で感じていたぼくは泊まり込んでいて

食欲がなく
昼も夜も食べていませんでした。

朝は亡くなったばかりで
当然食欲なんてありません。



コンビニエンスストアへ
死亡診断書と死亡届のコピーへと出掛けた折

カロリーメイトを一個買ってきて
それで済ませればいいと思っていました。



それくらいしか入らない。
それくらいが口へ入れるには精一杯でした。



9時半頃になって姉が病院へ来ました。

ちょうど病院横のコンビニエンスストアから
コピーを終えて戻ってきたところに

一階ロビーで呼び止められました。



『あれからごはん食べた?』
『朝は?』

前々日に泊まり込んでいて帰った姉から聴かれ

『これがあるからいいよ』

買ってきたばかりの小さなレジ袋から
カロリーメイトを取り出して見せると

『そんなんじゃダメ。売店でお弁当買ってきな』

千円札を握らされ
売店へと行かされました。



手作り弁当が入り口傍のワゴンにあって
そういえば前から食べてみたいなと思っていたこともあって
一つ購入してその足で病室へと戻りました。



10時までまだ時間がありました。

『今のうちに食べたら?』

姉から促されますが
食欲はいっこうに戻りません。



そうこうしているうちに手付かずのまま10時になり
搬送車が到着しました。



車には父ともう一人しか乗れないため

姉と一緒に来てくれた姉の子どもの末っ子は
電車で葬儀会館へと向かうことになりました。

地下までエレベーターで降りぼくが乗り込んで
積めるだけの荷物を積み終えると

姉が最後にお弁当を手渡してくれました。



『喪主が倒れちゃ洒落にならんからね。こういうときなんだから食べなきゃダメだよ』
念押しです。



正直『さっきも言ったじゃん、食欲ないって』と思いましたが

病院を出発して10分15分ほどした頃でしょうか
ぐぅっとお腹が鳴るのです。

姉のことばがリフレインしています。
気遣ってくれたことばが沁みてきます。



『喪主が倒れるわけにはいかんよな』
『最期のありがとうだもんな、しっかりせな』



揺れる車内の膝の上でお弁当を広げ
いただきますと箸をつけました。

永らく絶食状態で最期を迎えた父のすぐ横でばくつくのは
食欲のなさとも相まって気が引けたのですが

ひとくち
またひとくちと
ごはんとおかずを口へと運びもぐもぐしていると

『なんで美味しいかなぁ、親父が死んだばっかなのに』

泣けてきました。



気がつけば、完食していました。



ドラマを見ながら馬場と重ね
あのときを思い出していました。



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大切な人が亡くなってもお腹が減る。
大切な人が亡くなっても口にするものがおいしい。



馬場のことばを借りるなら


はぁ・・なんで・・おいしいんだろうこんな時に・・
嫌になっちゃいますね・・


です。



でもきっとそれは、エールなのかもしれません。

馬場が背を向けていた夕日に顔を向けることができたように
ぼくが倒れることなく通夜・告別式と喪主を立派に務めあげられたように

食べることで感じられる
身体からのサプライズエールなのかもしれません。



だからミコトは


『そんな気分じゃないから食べるんです』


ことばを贈ったのかもしれません。



だから姉は


『喪主が倒れちゃ洒落にならんからね。こういうときなんだから食べなきゃダメだよ』


ことばを贈ってくれたのかもしれません。


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