その、君の、髪に - 白色の自己主張
~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~

その、君の、髪に





白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



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去年11月17日に死去した父の納骨法要。

お墓が山あいにあるので
雪解けを待って春頃執り行うため

ご住職と打ち合わせをしに
生家のある菩提寺へと出掛けた。



ちょうど去年の今頃は父が運転する車で
姉と共に春のお彼岸のお墓参りへと出掛けたのに

一年後
まさか父の納骨法要の打ち合わせでここへ来ることになろうとは

思いもしなかった。



隣に居るはずの人が居ない。
亡き父が一番驚いていることだろう。



亡くなったときも
葬儀のときも泪はでなかったが
このときだけは泪がこぼれた。



律儀な人で春と秋のお彼岸
お盆にはお墓参りを欠かさなかったが

去年の夏父が救急搬送されたお盆と
入院して末期がんの治療が始まった秋の彼岸は

それどころではなくお墓参りに行けなかった。



だから今回の訪問は

父が自分に代わって行ってほしいとぼくと姉に頼みながらも
予断を許さない厳しい状況が続いて父の傍を離れるわけにはいかず
叶わなかった一年振りのお墓参りと

一年近く放置したために荒れ放題となったお墓の掃除も兼ねていた。



当日姉は所用があって行けず
ぼくのパートナーが快く行ってくれることになった。



車でならなんてことないのだが

電車とバスを乗り継いていくには交通の便がよろしくないので
早めに行って早めに帰る予定でいたのだが

ご住職との打ち合わせ後始めたお墓の掃除が思いの外時間が掛かり

お昼もすっ飛ばして掃除を終え
お花やお菓子を供え
蝋燭とお線香に火を点け

手を合わせたときにはもう夕暮れにさしかかっていた。



本堂横の休憩室で

毎回楽しみにしているご住職の奥様お手製のお漬物をいただきながら
一緒に作って持って来たお弁当を遅めのお昼としてたいらげ

帰る前にひとことご挨拶をと
道路を挟んだ向かいにあるお住いを訪ね

彼女に『お待たせ』声を掛けようと戻ってきたときだった。



雪化粧のまだ残る
雄大な遙かなる山々を背景に
パートナーが茜色に染まっていた。



そよ風が吹いた。
彼女の髪を撫でた。
髪が躍った。



『お待・・』
声が止まった。



デジャブった。



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20代後半から30代前半にかけてぼくは

13年間の遠距離恋愛を実らせた婚約者を
挙式直前に病気で亡くした喪失感から抜け出すことができず

職場も人生も流転する黒歴史の時代を生きていた。



ぼくはある町に根を下ろし
派遣で仕事に就いていたが

雇用契約が満了を迎え
更新されずに雇い止めになることを

会社から告げられていた。



満了金だの慰労金だのをたんまり貰えるものの
こうしたことの繰り返しでなんとか生きてきていたぼくは
もう心身共に擦り切れていた。



疲れ果てて死に場所を探すようにふらふらと町を歩いていたら
川に掛かる橋で黒髪の女性が
茜色に染まる町を眺めているのが目に留まった。



橋の真ん中には道路が走っていて
両側が歩道橋のようになっている。

ぼくは歩きながら反対側から女性を見ていて
ほとんど後ろ姿しか見えなかったのだが

ちょうど真後ろのあたりに差し掛かったとき風が吹いた。



彼女を撫でた。
スカートと髪が躍った。



『美しい』と思った。



『美しい』って思えた。
ぼくはまだだいじょうぶなんじゃないかと思えた。



それまでは死んだようだったが
沸沸としたなにかがぼくのこころにあった。



家へと戻って、あの後ろ姿を水彩画にした。
もう二度と巡り逢えない美しさを残しておきたかったのだ。



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しばらくしてこの地で仲良くなったカフェを営む友人が
お別れ前にとぼくの家を訪ねてきた。

壁に飾ってあった水彩画をひと目見て彼はいたく気に入り
お店に飾りたいと言う。

この地で友人の居ないぼくにとって唯一の友人となってくれただけでなく
相談に乗ってくれたり
陰日向に力になってくれたりした人だったから

お礼とお別れに快く譲った。



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この地を経つ日
彼から電話があった。

『じゃあ、またな』
『元気でな』

こざっぱりしたやりとりを期待していたのだが
彼の口から出たのは意外なことばだった。



『ヒロの絵を欲しいって言ってる人が居るんだけど』



キャリーバッグをコロコロしながらお店へ行くと
女性が待っていてくれた。



彼女もこの町を離れると言う。

ただ、この町が嫌いになったわけではない。
嫌いになりたくない。

だから

今まで行きたいなと思いながらも行けずにいた
友人が営むこのちいさなカフェへと

善き思い出づくりに足を運んだ。



珈琲を待つ間
何気なく見た壁の一枚の絵に心を奪われた。

自分が好きな景色を
同じ様に好きだと思ってくれる人が居る。

それがたまらなくうれしかった。



オーナーである友人に『誰か描いたんですか?』尋ね
『描いた人に逢わせてくれませんか?』口にしていた。



自分でも驚くほど積極的だった。



引き合わせてくれた友人に感謝しながら
ぼくはあの日のことを話した。



途方に暮れていたこと
死に場所を探していたこと
ふと見た先に黒髪の女性が居たこと
風が吹いて髪とスカートを撫でたこと
その姿を美しいと感じたこと
美しいと感じられたぼくはまだだいじょうぶだと思ったこと



『わたしかもしれません』



日時
着ていた洋服
橋の場所と名前



まるで宮本輝(みやもと てる)さんの小説
『水のかたち』で描かれる善き人が善き人を呼ぶようだった。



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幼少期より虐待を受けて育ったぼくは両親を恨んでいた。
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けれども

赦すでもなく 赦さないでもなく
http://ippunkan.blog.fc2.com/blog-entry-289.html

そんな第三の場所へのソフトランディングを経て家族をやり直し
病に倒れた父に

人生の最期に良い感情・幸せな記憶を抱いてほしい
そんな感情を共に抱いて見送られ見送りたいと願い

約三ヶ月共に駆け抜けてきた。
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父を亡くしたことはぼくにとって
隕石が衝突してできるクレーターのようなぽっかりを残した。



アーリーリタイアして
毎日が日曜日のご隠居さんで
パートナーも居てくれて

父を亡くしたものの
いつしか父が病に倒れる前の日常を取り戻したように思えたけれど

親孝行
恩返し
父の願い

悔いなくできた
悔いなく叶えてあげられたと思うけれど

こころの何処かで
なにか言いようのないものが残っているのも感じていた。



そんななにかを

雪化粧のまだ残る山々を背景に
茜色に染まっていたパートナーを撫でた髪が

ぼくの中から流してくれたように思った。



あの時感じた『美しい』とは違う感情。
この感情に名前をつけるなんて軽薄だ。
野暮だ。



でも風に撫でられたパートナーの髪を見て
ぼくのこころは前に進んだ。



手応えとともに。
たしかに。



この想いだけは記しておきたい。



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いい髪は、背中をおす。まだ見ぬ誰かの。