白色の自己主張

ARTICLE PAGE

正しい恋愛 正しい結婚 正しい家族

白色の自己主張
  • comment-
  • trackback-
15357582480_7598a8c374_z.jpg
photo credit:lincet via Flickr (license)



白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



                    *



                  360通目



                    *




「人間て、勝手なもんやで。このロバや馬なら、まだ可愛がりよる。しかし何もせん蛇やトカゲやと、憎むのや。子供は蛇をみるとすぐ殺そうとするやろ。あれは何故か知っているか」

首を振った一平に、

「それはなア。ただ蛇が人間から見て異形な形をしているからや。つまり足がなくて動くからや。それだけの理由で蛇は人間に憎まれるのや。不気味やと思われるんや。しかし蛇が何を我々にしたんやろ。そう思うと俺は蛇が可哀想でならんねん」

一平は思わず笑いだしたが、上田は真剣そのものの顔だった。

                    *

幼少期より吃音のため人間関係が築けず、物言わぬ動物を生涯の友とした福本一平(ふくもと いっぺい)。言葉が不自由なため即戦力とはならず勤労動員され、召集を待つ間に終戦を迎えた。敗戦後の故郷に帰り着くが、一面焼け野原。徴兵検査前入学が決まっていた私立大学は再開の目処が付かない。

そんなある日、『あなた、そんなに動物が好きなら・・・・・・動物の勉強を一生やったら。誰にも負けない動物学者になったら、素晴らしいんじゃない』教師の誰もがどこか煙たい存在と思うなか話しかけてくれた小学校時代の音楽教師 秦直子(はた なおこ)から手紙が届いた。

高校受験に失敗し落ち込む自分を動物園へと誘ってくれたあの日のことを思い出した一平は、宝塚動物園へと足を運んだ。そこで、東大理学部で動物学をやりながらも病気のため中退。兵役を免除されて終戦を迎え、飼育員として働く青年 上田(うえだ)に出逢った。通い詰め、動物心理学を教えてもらうなか、戦争を行った人間の愚かさに重ね合わせるように上田が言った。

遠藤周作(えんどう しゅうさく)さんの小説『彼の生きかた』(新潮文庫)




                    *



NHKプレミアムドラマ『弟の夫』に、こんな場面があった。
http://www.nhk.or.jp/pd/otto/



                    *



14歳

公園でサッカーをしていると
双子の弟の涼二(りょうじ)が告白した。

好きな女の子の話題かと思ったが違っていた。



自分は、『ゲイ』だと。



兄の折口弥一(おりぐち やいち)は
http://www.nhk.or.jp/pd/otto/html_otto_cast.html

耳を疑いつつも
如何にも判ったようなことをさらりと言ったが

涼二はその場から走り去っていった。



受け止めたふりだと見抜かれた。
拒絶されたと思った。
以来涼二はほとんど 口を利かなくなった。



高校2年の冬
両親が交通事故で他界してからは会話した記憶すらない。



涼二はその後、単身カナダに留学。

そのまま移住し
日本の地を再び踏むことなく

生涯を終えた。



永住権を取得していて、葬儀はカナダ。
埋葬もカナダ。

弥一は葬儀にも出席せず
お墓に手を合わせることもできていない。



涼二が現地で同性婚していたからだ。



夢を見た。
涼二の。
特別な来客があるからだ。



部屋を掃除していた。
いつものことだ。

離婚し、一人娘の夏菜(かな)を育てている。
先祖代々の土地を貸して生計を立てている日常。

おもてなしのためではない。



チャイムが鳴った。

引き戸を開けると
大柄な男が立っていた。

カナダ人。
マイク・フラナガン。



弟の夫だ。



弥一の顔を見ると
亡き涼二と瓜二つ。

矢も盾もたまらず抱きしめるが
弥一は同性婚への嫌悪感からマイクを引き剥がし

双子だから似ているのは当然で
二度と間違わないでくれと怒鳴り

露骨な不快感を特別な来客に初対面早々ぶつけてしまう。



客間に通したものの
長方形のテーブルの端と端。

来客をあげるにしては距離がある。
心の距離でもあった。



大学で学んだという流暢な日本語でマイクは

否が応でも感じるガラスの壁を
自分から飛び越えていこうと話し掛けるが

シャッターを下ろしている弥一との間には
気まずい間やデッドボール

落球気味のぎこちない会話が続く。



そこへ、夏菜が小学校から帰ってきた。

息苦しい間に
春風到来だったが

頭の痛いタイミングだとも思った。



初めて見る外国人に興味津々だ。

弥一がどう紹介したものかと考えあぐねていると
マイクの方から自己紹介してくれた。

ひやひやしていた。
自分のことをなんと紹介するのかと。



マイクは夏菜のおじさんであること。
そして、弟の涼二と結婚して夫であったことを告げた。



あまりにストレートで苦々しい思いだった。
子ども相手なのだからオブラートに包むとかできないのかよと苛ついた。



ゲイの弟が居ることを恥だと思ってきた。
知られたらこの町に住めなくなると恐れた。

ゲイの弟が居ると知られたら自分はどう見られるのか。
同じ様にゲイだと見られるのではないか。

弥一は、弟の存在をひた隠しにしてきていた。



だが夏菜は

弟が居るなんて知らなかったと
実にあっけらかんとしている。

弥一
他人様
世間様が抱く偏見など微塵もなく天真爛漫に接し

マイクのこと
涼二のことを知ろうとしている。



無知故か。
それとも子どもの天真爛漫さ故か。



テーブルの真ん中。
公平中立を示すようだった。



                    *



この後はどうするのか。
気になった。

ホテルに泊まるのかと尋ね
暗に自分からも夏菜からも遠ざけたかったが

去年の夏親戚が泊まっていったのだから
マイクも泊まっていけばいいとはしゃぐ夏菜に負け

渋々滞在してもらうことを決める弥一。



心中は穏やかではない。
ゲイであるマイクを泊めるということ。

自分もそんな目で見られるのではと
胃に石ころが入っているような居心地の悪さ

ざわつきがあった。



ただ

弟のことを思って日本まで来てくれたマイクのことを思うと
心底ぞんざいにはできなかった。

カナダに単身留学するまで涼二が使っていた部屋に通した。



おもてなしにでも寿司でも取ってやるか。
いや、アイツ、生魚食えるのか?

念のため確認しようと
声を掛けようとすると

畳に頬を擦り付け
『涼二、涼二』呟いている姿があった。



どれほど愛してくれていたのか。
そうは思えず、ただただぞっとした。



                    *



翌朝マイクは弥一にメモを読みあげ
行きたい場所があると告げた。

外国人が行きたい場所といえば秋葉原や京都を連想していたが
出てきたのはご近所ばかり。

涼二が弥一と遊んだ場所
楽しかった思い出の地だと語ると

弟という存在を消していた弥一の中に弟の記憶が蘇ってきた。



一緒にいくのはごめんだと
自身にも用事があるからと

思い出の地を記した地図を手渡し
日本に来たばかりのマイクには独りで行かせ

自分は母方の親戚の顧問税理士に
会計の書類を渡しに出掛けた。



税理士から問われた。
マイクはなんのために日本へ来たのだと。



弥一の両親が遺した財産を相続するためではないか。

日本では同性婚は無効だが
交通事故に遭い病床の両親に遺言を書かせたかもしれないから気をつけろ。

焚き付けた。



ここにも偏見があった。



ゲイであることだけでも気が重いのに
更に厄介なことに巻き込まれるのか。



そう思っただけで足取りは重かった。



                    *



初日にマイク独りで
まずは一箇所思い出の地を巡ってきてもらったが

マイクから涼二のことを聴くうちに
分け隔てなく接する夏菜の姿を見るうちに

周りがあれこれ言うが
周りは色眼鏡で見るかもしれないが
自分でもまだ思うところはあるが

弥一の心に変化が芽生え始めた。



二日目からは、自分も一緒に行っていいかと。



今度は自分が知る弟 涼二の姿や思い出をマイクに語りかけながら
夏菜と三人で共に歩き、巡った。



巡ってひと休みした公園。

涼二とよく遊んだという公園のベンチに
缶コーヒーを手渡しながら腰掛けた時

弥一はマイクのすぐ隣。



出迎えた時の場所とは対象的だった。
笑顔もあった。




弥一:

この公園では涼二とよく遊んだよ。
鬼ごっこ、かくれんぼ、ブランコ・・

マイク:

弥一さん。
きょうは、本当にありがとうございました。

弥一:

いいよ、礼なんて。
俺も涼二との思い出を辿れて、懐かしかった。
子どもの頃は、アイツとずっと一緒だったなぁって。
おおきくなるにつれて、そんなこともなくなったけどさ。

(缶コーヒーを開けてひとくち口に運ぶ弥一)

マイク:もしかして、それは涼二のカミングアウトのせいですか?

(マイクの顔を初めてじっと見つめると立ち上がって)

弥一:アイツのことを怒らせてしまったからね。

マイク:

涼二は、怒ってなんかいない(その言葉に振り返り)。
弥一さんは、受け入れてくれたと。

(マイクのやさしい眼差しがあった)

弥一:

いや・・受け入れたかのように振る舞ったんだよ。
でも、俺がどう感じたかは涼二にも伝わったはずだ。
きっと、怪物を見るような眼でアイツを見てた。
俺、子どもだったんだ。
弟はゲイなんだって、受け止めきれなくて・・

(気まずい空気の中、公園で遊ぶ夏菜が滑り台で一緒に遊ぼうとマイクを呼びに来た)

夏菜:マイクもやろうよ!
マイク:ハイ!夏菜ちゃん。

(そこへご近所さんがやって来て弥一に声を掛けた)

弥一:あぁ!
西條(さいじょう):あぁ、久しぶりだねぇ、弥一君。
弥一:あぁ、ご無沙汰してます、西條さん。

西條:きょうは、夏菜ちゃんとお散歩?
弥一:えぇ、はい。

西條:

夏菜ちゃんと一緒に居るのは、あれ、誰だい?
ほら、体のおおきな外人さん。

(視線の先には別のご近所さんが連れてきたワンちゃんと戯れるマイクと夏菜)

弥一:あっ、彼は『マイク』と言って・・弟の・・
西條:弟?・・あぁ!涼二君の。

弥一:えぇ・・弟の・・・友人です。
西條:あ、そう。へぇ。




『弟の夫』とは言えなかった。
『友人』と誤魔化してしまった。



『友人』と紹介した時の笑みはいつしか消えた。



                    *



ある日の夜

ネットで知り合ったアメリカ人と会うと言って出掛けたマイクが
泥酔して帰ってきた。

玄関先で酔いつぶれて動けないマイクを
肩を貸して部屋まで連れていき

床の準備をしていた時だった。



泥酔して理性のブレーキ
記憶や感情のたがが外れたのだろう。

タックルするように『涼二!涼二!』
名を叫びながら弥一を押し倒してきた。



一気に嫌悪感が吹き出した。



初対面の時

玄関先で抱きしめられ
弟と二度と間違えないでくれと言ったあの気持ち悪さが再燃。

ぶん殴るぞと拳を上げた。
だが、殴れなかった。




なぜ死んだ?
約束したじゃないか
ようやく日本に来られたのに
どうして君が一緒じゃないんだ




泣きながら涼二への想いを吐露するマイクの後頭部を
拳を解き、ぽんぽんとしていた。




弥一 心の声:

誰だって辛いよな。
大切な人を亡くすのは。




『しばらくこうしといてやるから』

涼二もマイクも怪物じゃない。
同じ人間なんだ。

向き合ってみて初めて判ったことだった。



マイクへの想いも変わり始めていた。



そのまま寝入ってしまったマイクをなんとか布団に寝かせ
聞いているのかどうか判らないが語りかけた。




アイツがカナダで死んだって知らせを受けても、全然実感湧かなくてさ。
だから俺、葬儀にも出席しなかった。
・・涼二が死んだなんて認めたくなかったんだ。
今までずっと泣けなかったけど・・




背を向け嗚咽する弥一の姿があった。



                    *



マイク大好きな夏菜が
一番の友だちユキちゃんに紹介しようと登校時声を掛けた。

前回はマイクが出掛けていて空振りだったが

きょうは学校へ行く前に
マイクがずっと家に居ることを確かめておいたからだ。



だが、ユキの様子がぎこちない。



昼間

夕飯のカレーの材料を買うため
弥一が馴染みのスーパーに出掛けていると

ユキの母の姿が目に留まった。



いつものように挨拶しようとすると
よそよそしく避けるように離れていった。



波風が立ち始めていた。



学校から帰った夏菜はマイクに
ユキが来られなくなったと話した後
カレーを作っている弥一の所へ行って問いかけた。




『ねぇパパ、悪影響ってどういうこと?』




学校で習ったことの中にあったのかと思い
判りやすく説明しようとした弥一だったが
二の句が継げなくなった。



夏菜にどこでその言葉を憶えたのか尋ねると
『ユキちゃんのママが』と言いかけて
カレーの匂いに連れて行かれてしまった。



ユキの母の態度が引っかかった。
ユキの母がなにか言ったんだろうか。




ユキの家庭の回想:食卓にて

母:

ねぇ、ユキ。
明日、夏菜ちゃんのおじさんに会いに行くって本当なの?

ユキ:うん。いいでしょ?
母:やめなさい。

ユキ:えっ?どうして?
母:いいから。ねっ!

新聞を読んでいた父:おい。別にいいじゃないか。

母:

だってあなた、もし子どもに悪影響があったらどうするの?
男同士で結婚した変態なのよ。





登校時の夏菜とユキの回想:

ユキ:夏菜ちゃん、そのことなんだけど・・
夏菜:えっ?

ユキ:ママがね、悪影響があるといけないから、遊びに行っちゃいけませんって。

夏菜:悪影響?
ユキ:うん。





食卓を三人で囲みお風呂からあがるまでの弥一 心の声:

すべては俺の想像にすぎない。しかし、もし想像通りなら・・とても酷いことだ。『ゲイ』というだけで、まるで性犯罪でも犯したかのように子どもから遠ざけるべきと考えるなんて・・。いや、俺だって同じだ。『ゲイ』というだけで、マイクに嫌悪感を抱いていた。

(ねぇ兄貴、オレのこともそんな風に思ってた?)

涼二・・




夢を見た。



朝食の席

ユキのママが言ったという
悪影響のことを説明しようとすると

夏菜が泣きじゃくりながら言った。




マイクは悪い人なの?
マイクは悪い人じゃないよ!
違うもん!
夏菜のおじさんだもん!
悪影響なんかじゃないもん!




夏菜の顔を見たくなった。



寝相が悪く布団がはだけているのを直してあげて
寝顔を見つめて部屋を出た。

廊下を通ると
マイクの部屋から

地鳴りのようないびきが聞こえてきて苦笑した。



月夜を見上げた。




悪影響の真祖なんて、どうだっていい。
夏菜が誰かに傷つけられないように守る。
夏菜が誰かを傷つけないように育てる。
それが、父親としての務めだ。

(月光に照らされて伸びる自身の影を見て)

・・・だよな、涼二。




                    *



ある朝弥一が洗濯物を干していると
学生服を来た男の子が門からこちらを窺っていた。

前に別れた妻 夏樹(なつき)が
夏菜に誘われマイクに逢うため訪ねてきて

弥一とふたりで出掛けようとした時見掛けた子と同じ子だった。



声を掛けると夏菜の友だちのお兄さんで
小川一哉(おがわ かずや)と名乗った。

マイクに逢いたくて来たと言う。

当のマイクは面識がなく
弥一ともども困惑したが

なにかを察したマイクが縁側を借り並んで腰掛けた。



ふたりの背中を見守っていると一哉が嗚咽した。



肩にそっと手を当てるマイク。
『だいじょうぶ』と言っているようだった。



マイクがあったかくて甘い飲み物をリクエスト。
テーブルを囲んで三人で座った。



急に泣き出したことを気に掛ける弥一。
マイクが言ってもいいかと尋ねると、一哉は静かに頷いた。



『ゲイ』だった。




同級生がアイドルでは誰が好きとか、クラスの誰がカワイイとか騒いでる時、ぼくがいいなぁと思うのはいつも男子で。気がついたら、ずっとそうで。

『ホモ』とか『ゲイ』とか言葉では知ってるけど周りには居ないし、ネットで調べたら病気だとか、頭がおかしいとか、酷いことがいっぱい書かれてて怖かった。これを一生隠さなきゃいけないんだって・・。だんだん辛くなってきて、誰かに相談したかったけど誰も居なかった。弟からマイクさんのこと聞いて、逢ってみたかったんです。

初めてなんです。
『ゲイ』って打ち明けるの。

(ここまで伝えるのも勇気がいった。泪が溢れて言葉に窮するが、それでも伝えたいと勇気と言葉を振り絞る)

・・だから・・すごく怖くて




マイクは手を差し出した。
『友だちになりましょう』と。



手を取るふたりを見た弥一は微笑みをたたえていた。
一哉と涼二が重なっていた。



                    *



日本へ遠路はるばるやって来たものの
『これぞ日本の文化』と呼べるものにまだ触れていなかったマイク。

外国人観光客に人気の温泉が
テレビで取りあげられているのを見ていると

一緒に見ていた夏菜とともに
行ってみたいとリクエストされた。



唐突なお願い。
だが、夏菜ひとりで女湯に入れるわけにはいかない。

こんなこと頼んでもいいのかな
戸惑いながらも別れた妻 夏樹に電話すると

拍子抜けするほどあっさりと OK の返事。



大浴場に並んで浸かった後
部屋で夏樹とビールを飲みながら
自身の中に起きた変化を話し始めた。




弥一:マイクと風呂に浸かってたらおかしくてさぁ。
夏樹:なんで?

弥一:

ほんの数日前まで、一緒に風呂に入るなんて絶対できなかった。マイクがゲイだって意識し過ぎてたから。それがごく自然に同じ湯に浸かってることに気付いて、なんだかとてもうれしいような、ちょっと前の自分が滑稽なような、不思議な感覚だった。

夏樹:つまり折口弥一は、成長した!
弥一:茶化すなよ。

夏樹:へへへ。進化した!
弥一:えっ?う~ん、まぁ、そうなのかな。




夕餉を四人で囲み
仲居さんに一枚の写真におさめてもらった。



夏菜とマイクが旅館の探検へと出掛けるなか
弥一は夏樹を誘って部屋を出て
庭が見渡せる縁側のテーブル席でお茶を飲んでいた。




弥一:俺たちのこと、どんな風に見えるのかな?
夏樹:ん?

弥一:

旅館の仲居さんから見たら。
一人娘が居る夫婦が、海外からのお客さんをもてなしてる。
きっとそんな感じだよな。

夏樹:うん。そうだね。

弥一:

でも実際は、俺と君は今夫婦じゃないし。
マイクは義理の弟で、不思議な関係だ。

夏樹:別に気にすることないでしょ。

弥一:

うん。
そうだけど、こんな関係を一体どんな風に呼んだらいいのかなって。

夏樹:

(ちょっと考えてから微笑んで)『家族』でいいと思うよ。
(固まっている弥一にもう一度微笑んで)『家族』でいいじゃない。

弥一:そっか、家族か。




弥一も微笑んでいた。



『家族』か。
一枚におさまった写真を誇らしく思った。



                    *



温泉から帰ってしばらくしたある朝
マイクが起きて居間へ入ろうとするとすっ転んだ。

見ると
夏菜が前日笛のテストがあると言って

公園に付き添って練習した時持っていた笛だ。



テストなのに笛がないなんて。

マイクは涼二の思い出の地を巡るために
弥一が渡してくれた地図を頼りに

夏菜が通う小学校へと忘れ物を届けに出向いた。



所用を終えた弥一が戻ると
留守番電話があることを知らせるランプが点滅していた。

再生すると
忘れ物を届けに来たマイクを見掛けた夏菜の担任

横山(よこやま)からメッセージが入っていた。



弥一と話しておきたいことがある。
夏菜のことで。

急ぎではないと言っていたが
奥歯に物が挟まる言い方が気になった。



夕食時
マイクが夏菜の通う小学校へ忘れ物を届けたことを知ると
弥一は顔が曇った。



早速、翌日出向いた。



『夏菜のことで』

気になって横山に尋ねるが
特段問題があるわけではなかった。

やっぱりという予感がした。
本題は別なのだと。




横山:あの、お宅に外国人が滞在してらっしゃいますよね。

弥一:

マイクですか?
昨日、こちらに伺ったと聞いてます。
ご迷惑をおかけしましたか?

横山:

いえいえ。
そういうことは。

・・夏菜ちゃんがたびたびその・・外国の方の話をしておりまして。

(気まずい話題に間を仕切り直そうと席を立ち、急ぐものでもないのに教室の後ろにある掲示物が外れているのを直しながら)

『同性婚』っていうんですかね。
カナダでは、男同士で結婚ができると。

弥一:初めて聞いた話なので、はしゃいで話したんだと思います。

(差し向かいで座るのを拒むかのように立ったまま話す横山)

横山:しかし、日本では事情が違いますよね。

(困惑して言葉に詰まる弥一)

弥一:夏菜が日本でも同性婚ができると発言したんですか?

横山:

いや、そういうことはありません。

(ようやく席に着き)ただ私が思うに、こういう話は小学生にはまだちょっと早いんではないかと。他の子と違う話をして周りから浮いてしまうと、その・・いじめの心配もありますし。

弥一:夏菜が周りから浮いたり、いじめられたりしてるんですか?

横山:

いやいや、それはありません。
ただお宅は、他のご家庭とはちょっと事情が違いますよね。
そういった面でも、少し心配がありまして。

弥一:先生。
横山:はい。

弥一:それはうちが父子家庭だから心配ということでしょうか。
横山:いや、そういうことではなく・・

弥一:

お気遣いには感謝しますが、心配は無用です。もし夏菜に変わったところがあったとしても、私はそれを『人と違うから』という理由でやめさせたくはありません。

先程から先生がおっしゃっている『外国人』というのは、私の弟の夫で、夏菜のおじです。あの子が大好きなおじの話をするのを止める権利など私にはありません。

横山:お父さん、私はですね・・

弥一:

もし、もしあの子がいじめられるようなことがあったら、先生にはいじめる子の方を注意してほしいと私は思います。

(言いたいことはまだあったが、弥一の想いを受け止め、何度も頷きながら)

横山:・・わかりました。




ご近所さんに後ろめたさから『友人』としか紹介できなかった弥一。
横山に『弟の夫』と紹介していた。



ようやく言えた。



マイクが思い出の地として巡った校庭にある松の樹。
涼二とふたり、幼き頃よく登った松の樹に報告した。



                    *



心境の変化が訪れていた。



その夜、マイクが滞在する部屋を訪ねた。

初めてここへやって来た時
夏菜に見せていた涼二との写真。

あの時は見られなかったが今なら見られる。

いや、見たい。
見せてほしいと頼んだ。




弥一:アイツのこんな表情、初めて見た。
マイク:私の知ってる涼二は、いつもこうでした。




iPad におさめられている涼二の写真を見せてもらっていると
マイクが結婚式の写真を出してくれた。

以前なら見たくもないものだったが
弥一は微笑みを投げかけるように

祝福するように見つめていった。



スライドする手が止まった。



マイクの家族に囲まれ
祝福されている涼二の姿。




マイク:

弥一さん。
結婚式が終わった後、涼二は泣きました。


(回想)

涼二:

家族に祝福される君が羨ましいよ
俺 もっと兄貴と向き合うべきだった

だからマイク 約束するよ
いつかきっと日本を訪れて
兄貴に君のこと紹介するよ

『俺の新しい家族だ』って

約束するよ
いつか必ず日本へ一緒に行こう


マイク:

その約束果たす時間、涼二には既にありませんでした。
・・がんが進行していましたから。

弥一さん。
だから私、ひとりで日本に来た。
涼二との約束守るために。
弥一さんと家族になるために、私、日本に来ました。

(知られざるふたりの想いを知り自身も溢れる想いを噛み締めて)

弥一:

その約束果たせたね。
もうとっくになってるよ、家族に。




                    *



涼二とマイクの想いに応えたいと思った。
帰国前に。



翌朝弥一は
夏菜・マイクと連れ立って出掛けた。



両親のお墓の前に居た。
『家族』になったことを報告するために。



三人でお線香を供え手を合わせた後
気持ちを察したマイクが夏菜を連れて離れると
堪えていた想いが溢れ出した。




父さん。
母さん。

突然マイクを連れてきて驚かせたかな?
それともそっちで涼二から聞いた?

父さんと母さんはどう思うか判らないけど、少なくとも涼二はマイクと出逢えて、結婚ができて、本当に幸せだったみたいだよ。

本人が望むなら見守り、幸せなら祝福する。
そんな簡単なことだったのに、俺はさ・・




泣き崩れていた。



後悔
届かぬ言葉
叶わぬ再会
そして祝福



本当は涼二が大好きだった。



家族になれた。
涼二とも。
ようやく。



                    *




正しい家族の形ってなんだ?
そんなもの存在しない。




そう思いながらも

正しい恋愛
正しい結婚
正しい家族

一番正しさにがんじがらめになっていたのが弥一。



正しさの先にあるものと巡り逢えていた。



                    *



嫌悪感の正体ってなんだろう?



無理解?
無知?



それとも・・



                    *



今みたいに持病だったり
自殺未遂を7回も繰り返して心臓がごきげんななめになる前

絵本が大好きで海外の絵本を読み歩きたいと思ったり
チーズケーキが大好きで海外のチーズケーキを食べ歩きたいと思ったり
世界遺産や世界の絶景を観たいと海外を旅していた頃

イタリアを訪れたときに
絵本を架け橋に仲良くなった

休暇でイタリアを訪れていた男性ふたりと食事を楽しんでいました。



それまで訪れる先々で男女問わずなのですが
同性愛と思われるカップルを何組か見かけていて

『日本じゃまだまだあれだけど、寛容な国って結構あるんだなぁ』
『世界じゃ昔は病気だって言われたり、犯罪扱いされてた時代もあったからね』

なんて話してたら

『僕らもそうだよ』

唐突に告げられ
一瞬固まってしまいました。

そんな素振りはぼくの前では見せていなかったからです。
だからあからさまに『げっ』っという顔になっていたことでしょう。



それまでのぼくは

男は女に
女は男に恋するものだと思っていたし

それが世間の模範解答だと信じて疑わなかった。



中学生のとき

男の子が好きな男の子の同級生が居て
彼が『薔薇族』というゲイ雑誌を学校に持って来ていて

見せられておぇってなっていました。



馬鹿にしていました、正直、『ホモ』って。



そのときの模範解答のままおとなになったし
周りには同性愛の人なんて居なかったから
『げっ』って顔になってしまった。



それまでは
どれだけ旅先で見かけても距離のある他人事だったのが

今は心の距離が近い眼の前の人で
自分事になってしまったのだから。



でも彼らはそれを咎めたりせずに


『ヒロ。君には好きな芸能人とか居ないのかい?ひとりやふたりは居るだろう?そのなかに男性は居るかい?そう。その人に抱く『好き』という気持ちを気持ち悪いと思うかい?同じようにその人のことを好きという男性が居たら気持ち悪いと思うかい?きっと思わないだろう?むしろ嬉しいんじゃないか?同じように好きになってくれて。僕らが男性を好きになるのは、君が男性芸能人を好きになる気持ちの延長線上にあるものと同じなんだよ。特別なことじゃないんだ』


押し付けるでもなく
実にさらりと言ってくれたのです。



愛に溢れたことばだなって
帰りの飛行機の中でずっと思い返していました。



ぼくと彼らの間に違いがあるとするなら

好きのままで止まるか
そこからさらに先へ進んで気持ちが深まるかどうかだけ

それだけだと思いました。

ぼくも芸能人とはいえ男の人を好きになることあるなってハッとしました。
それまでは『そんなことあるか』って思っていましたから。



                    *



嫌韓
嫌中

なんてことばがあります。

文字通り、韓国文化や韓国の人を嫌う。
文字通り、中国文化や中国人を嫌う。

彼らが何故それほどまでに嫌うのか
聞いてみたことがあります。

ぼくは好きだからです。



でも彼らのことばを聞いていると

ネットで見た
本で読んだ
誰々が言っていた

そんな程度であって

『じゃあ実際に韓国へ行ってみたのか』と問うと
『行ったことがない』と言う。

『じゃあ実際に韓国人に会ってみたのか』と問うと
『会ったことも話したこともない』と言う。

『じゃあ実際に中国へ行ってみたのか』と問うと
『行ったことがない』と言う。

『じゃあ実際に中国人に会ってみたのか』と問うと
『会ったことも話したこともない』と言う。



彼らが嫌う理由ってこんなものなのかと驚いたし
嫌悪感の正体っていうのは
もっと違うところにあるんではないかと思いました。



ままならない人生や自分への怒りや不満。

それを晴らすための格好の餌食として
抗する術を持たない弱い者を攻撃したり

アタマの中だけで敵として妄想している
韓国や中国の人たちへと向けられているだけではないか。



彼らが君たちになにをしたのでしょう。



LGBT(http://www.nhk.or.jp/heart-net/themes/lgbt/index.html)を巡るものも
これと同根なのではないか。



本当に LGBT への嫌悪感なのか。
それとも怒りや不満の捌け口なのか。



ドラマを見ながらそんなことも思いました。



                    *



弥一が

夏菜がマイクに感化され
女性のことを好きになり

女性と結婚する夢を見たと夏樹に話した。



マイクと出逢い

好きになった人が男でも女でも
幸せならそれでいいと思っていたが

夏菜には苦労してほしくないと告げると夏樹は
『ふつうなんてクソくらえよ!』啖呵を切り

弥一には弥一のやり方で
夏菜を幸せにしてほしいとエールを贈る場面があった。



『ふつう』ってなんでしょう。
『正しい』ってなんでしょう。



異常だと思っている自分の方が異常だってこともある。
正しいと思っている自分の方が間違っていることがある。



同性婚を認めると社会秩序が乱れると
がっちがちの家族像に取り憑かれたこの国の頭の固い政治家は言いますが

そんな政治家の方が多様性を否定し
実は社会秩序を乱しているかもしれません。



社会秩序が乱れることが怖いんじゃない。

あたらしい価値観や生きかたを認められない。
そんな自分たちを恐れている。

あたらしい価値観や生きかたを認めたら
これまでの自分の人生が否定されるのではないかと恐れている。

だから『国民の懸念』などという言葉を持ち出して牽制する。
自分たちが傷つきたくないだけではないか。



じぶんから見て相手がしあわせかどうかではない。
その人自身がしあわせかどうか。

しあわせには角度がある。
ぼくはそう思う。



                    *



4月1日はエイプリルフールだったが

LGBT
同性婚

そうしたことばは『み~んな嘘でした』となればいい。



『人が人を愛する』
『本人が望むなら見守り、幸せなら祝福する』
それだけでいい。



いつかそんな世界になる。
ぼくは本気でそう思っている。



ことばがあるということは

自分たちとは違う
異質なもの

そんな区別・差別が根っこにあるということなのだから。



Lの世界
Gの世界
Bの世界
Tの世界



そんな別世界をこの世に創ってしまうのだから。



                    *




「さ、猿が、あんたたちに、ど、どんな悪いことをしたというんや。さ、猿が人間に、ど、どんな害を、あ、あたえたと言うんや。さ、猿はものが言えん。に、人間のようにものが言えん。し、しかし、ものが言えんでも、猿かて・・・・・・か、悲しみはあるんや。さ、猿かて・・・・・・悲しみはあるんや」

朋子は思わず、耳を両手でふさぎたかった。猿はものが言えん。でも悲しみはあるんや。この言葉は一平が口の不自由な自分自身のことを語っているのだと彼女にはわかったからだった。

「あんたらは強い。あんたら人間は強い。でも強いさかいに弱い猿にどんな仕打ちをしてもええと限らんのや」

                    *

幼少期の恩師の言葉で野生猿の研究者になった福本一平。野生のまま研究することにこだわり餌付けをしてきた猿たちが、観光の名のもとに、そして開発会社の専務が接待した海外の研究者に野生猿をプレゼントするという約束をなんとしても果たすために、猟友会を巻き込んで強引な捕獲作戦に乗り出し、今にも捕獲されようとしていた。

そこには専務の秘書を務め、夫との死別後専務と再婚する幼馴染みで、望外の再会を果たしていた朋子(ともこ)の姿もあった。

かつていじめられても抗することができない一平を、その後も優柔不断な一平を見るにつけ『弱虫』となじったが、今朋子の眼前には、追い立てられ逃げ惑う猿たちの前にたったひとり身一つで立ちはだかり、猿を守ろうとする一平の姿があった。

遠藤周作さんの小説『彼の生きかた』(新潮文庫)



関連記事