鉄と鋼 - 白色の自己主張
~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~

鉄と鋼

Photo:Reuven Anati, the Blacksmith By:Flavio~
Photo:Reuven Anati, the Blacksmith By Flavio~



白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



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親愛なる きんちゃんに


『新社会人へ贈る言葉をください』

きんちゃんの手紙にこう書いてあったの読んだとき、失礼ながら『人選ミスでは?』と思いました。白羽の矢が立つのは他に居るんじゃないかなと。なんせ、ぼくが高校卒業後正社員として就職していたのは通算7年程。アーリーリタイアするまでの25年で考えたら、18年は流転の職歴ですからね。43歳の現状を鑑みれば年齢にふさわしい社歴はまるでなく、社会人として胸を張れるのかと思ってしまうほどです。めでたくアーリーリタイアしているのだから卑屈にならなくてもいいのですが、『新社会人』ということばの眩しさに気圧されたのかもしれませんね。もう勤め人には戻らないご隠居さんの身ですから。


模範となるような社会人ではありませんでしたから『ぼくなんかでは』と思ったのですが、きんちゃんが『ヒロさんなら気に入ると思って』手紙に添えて送ってくれたルピシアの『THE BOOK OF TEA LE VOYAGE(ブックオブティー・ヴォワヤージュ)http://www.lupicia.com/shop/pages/bot10.aspx?mode_pc=0』には、思わず『やります!』心変わりしました。

さっきまでの卑屈さは何処へやら。贈りもの作戦にまんまと乗せられてしまったわけです。見事に心を射抜かれました。ははは、現金なものですね。


想いには想いで応えたいと思ったのです。
ぼくだから贈れることばもあると思ったのです。


発売を心待ちにしながら予約を忘れ、一般発売日も失念し、気づいたときにはオンラインストアは完売。『あ~あ、やってまった』あきらめていたのです。まさか名鉄百貨店にあったとは。よく見つけましたねぇ。探してくれたんですよねきっと、あちこち駆けずり回って。

ティーバッグのパッケージデザインが、民族衣装やテキスタイル(http://www.lupicia.com/shop/pages/bot10intro.aspx)。一目惚れしているであろうぼくの心をよくご存知で。流石、ファッションのライフワークをご一緒してきただけのことはありますね。


前置きが長くなりました。


『新社会人へ贈ることば』と考えてまっさきに思い浮かんだのが、最近読み返していた宮本輝(みやもと てる)さんの小説『水のかたち』にあったこのことばです。



「鉄の塊を真っ赤に熱して、それを大きな金槌で叩いて叩いて鍛えて、鋼が出来上がっていくっていう喩(たと)えを引いて、人間もまったく同じなんだって教えてくれました。鉄を叩いて鍛えると、いろんな不純物が表に出て来るんですって。それがあるあいだは、鉄は鋼にならない。そんな鉄で刀を造っても、ナマクラだ。鋼となった鉄でないと名刀にはならないって。経済苦、病苦、人間関係における苦労。それが出て来たとき、人も鋼になるチャンスが訪れたんだ。それが出て来ないと永遠に鉄のままなんだ。だから、人は死を意識するような病気も経験しなければならない。商売に失敗して塗炭(とたん)の苦しみにのたうつときも必要だ。何もかもがうまくいかず、悲嘆に沈む時期も大切だ。だから、人間には、厳しく叱ってくれる師匠が必要なのだ。師匠は厳しく叱ることで、弟子のなかの不純物を叩き出してくれる。南原さんは、優しい口調で、私にそう教えてくれました。ちょうどそのころ、私はニューヨークで病気にかかり、一緒に暮らしてた男に別に好きな女が出来、師事していた先生に能無しだってののしられ、あるところから英語がまったく上達しなくなって、何もかも投げ出して、日本に逃げ帰ろうって決心した矢先だったんです。そうか、私はいまどこにでもある普通の鉄から鋼に変わろうとしてるんだって思ったら、途轍もない勇気が湧いてきました」



このことばは、23歳のときから12年間ニューヨークで修行して独立した舞台衣装を専門とするブティック『ブティック・スダ』オーナーの須田愛子(すだ あいこ)が、ひとりでニューヨークへ行くときも、ニューヨークから逃げ出そうと本気で思っていたときも、この世に二人とない知己を得た南原興産社長が励ましてくれたから今があるのだと亡き南原を偲び語ったもの。詳しい前後の話は、機会があれば作品を手に取ってみることを薦めます。


『若い時の苦労は買ってでもせよ』

年長者が好むことば。『楽をするな』という意味です。きんちゃんも今までに耳にしたことがあるかもしれませんし、これから耳にするかもしれません。ぼくも10代、20代、30代、耳にたこができるほど聞かされました。あっ、『耳にたこができる』ってきんちゃんの世代では意味不明でしょうか?今風に言えば、『うっぜぇ~』ってところです。


20代、本屋さんで働いていた頃絵本が大好きだったぼくは、いっとき絵本屋さんを開くことを夢見て(今はこんな働き方はオススメしないというかしてはいけません。好運に幸運が重なってたまたま健康を害さずに済んだだけなので)早朝は新聞配達、昼間は本屋さんで正社員としてフルタイム勤務、夜は会員制の高級クラブでバーテンダーとしてそれぞれ働いて、潤沢な起業資金を貯めていました。

結局起業はせず(そのほうがじぶん的には物事がうまく運ぶと判ったので)、全額相場の世界へアクセルベタ踏みで放り込んだのですが、あまりに熱心に働くのでクラブのオーナーママから可愛がっていただいていて、あるとき営業が終わってからこんなことを教えていただきました。


人を殺さない犯罪
首を吊らない借金
死なない程度の病気
愛する人の死

この4つが男をおおきくするのだと。


当時のぼくはなにをどう思ったのかこのことばの意味を洗脳のように刷り込まれた『若い時の苦労は買ってでもせよ』だと思っていましたが、アーリーリタイアした今から振り返ってみるととんでもない思い違いをしていたのだと思いました。『若い時の苦労は買ってでもせよ』と思い込んでいたせいで、背負わなくてもいい苦労を人一倍背負い込んでしまい、随分と酷い目に遭ったものです。命を絶ったりもしました。浅はかでしたねぇ。


日本人は特にこの傾向が強いですが、『苦労人』ということばに実に弱いです。すぐほろりときます。また苦労の渦中に居る本人も、『苦労人』と思うことで、呼ばれることで、悲劇のヒロイン、悲劇のヒーローとして酔ってしまうのですね。『嗚呼、なんて私は可哀想なの・・』と。厄介なことに、本人も周りも気付いていませんが。


オーナーママのことばも、水のかたちのことばも、今振り返ると、今読み返すと違った景色が見えてきます。

『苦労』というのは大なり小なり、人間生きていれば誰にでも一定量は避けようなくやってくるものです。スピリチュアル系や自己啓発に取り憑かれた人は『毎日がいいことばかり』お花畑のように言う人も居ますが、あれは筋金入りのポジティブ思考や生来の性格によるものであって、実際には苦労が訪れているのですね。そう感じるか感じないかだけで。


大事なことは、一定量に留めればいいということ。
それだけでも充分大変ですし、それだけでも鉄が鋼になるには充分なのです。


そもそも『苦労』という経験を経なければ成長できないということはないですし、それに代わる経験を経ていくことで成長していくことだってできるわけですよね。もっと言うなら、苦労しなければ得られない経験なんてないのかもしれません。だったら火中の栗を拾うような真似はせず、そちらを選べばいいのです。

それぞれの人に必要充分な苦労がやってくるのにそれでも買いたい人というのは、じぶんをいじめたい、いじめられたいドMなんじゃないかと思いますね。苦労なんてものは、しないで済むのならしないほうがいいのですから。


苦労と喧嘩は買わないこと。
じぶんから呼び寄せず、じぶんから買わずです。


二度とない人生。
今しかないこの時間を余計な苦労で濁らすなよ、新社会人。


軟弱者からのエールに代えて。
ヒロより。

2018.4.11



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