~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~

『生きる』をかんがえる ~ 愛のかたち篇 ~

Photo:dark candle By:Wim Vandenbussche
Photo:dark candle By Wim Vandenbussche



     白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



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親愛なる さぶに

お手紙拝読。ぼくの母が末期がんで余命三ヶ月と告知されたのが、さぶと同じ14歳。季節は秋でした。今と違って『緩和ケア病棟』『ホスピス』というものがまだ一般的ではなかった頃でしたから、母は入院した救急病院で最期を迎えました。ですが、余命三ヶ月と告知されてから看取るまで、実に6年近くも長生きしました。二十歳の成人式姿、そして桜を見届けた年の夏でした。最後の最期まで辛い治療を続けていたからです。

去年末期がんで他界した父は、救急病院に搬送後緩和ケア病棟へと転院しました。母と同じ、余命三ヶ月でした。緩和ケア病棟への転院は、もう治療をしないということ。父の場合は『できない』でした。この意味をさぶは判っていることと思います。ぼくに手紙をくれたということはそういうことだろうと。文面から伝わるその覚悟や想いに応えたいと思って、14歳のじぶんに語りかけるように、さぶに語りかけたいと思います。


一通目は、『愛のかたち』です。


オトナの土ドラ『いつまでも白い羽根 http://tokai-tv.com/shiroihane/』第3話『誰かを憎いと思ったことはありますか?』第4話『本当の自分をわかっていますか?』に、こんな場面がありました。


製薬会社で営業職にあった父がうつ病で失職。毎日寝込むようになってしまいました。母がパートに出て収入をなんとか得ていく苦しい台所事情へと暮らし向きが変わってしまい、国立大学一本で受験せざるをえなかった木崎瑠美(きざき るみ http://tokai-tv.com/shiroihane/chart/)。

ですが、受験に失敗。母から大学は諦めて食いっぱぐれない職業に就くようくどくど言われ、諦めきれない国立大学を内緒で目指しつつ、仕方なく看護学校へと進学します。

毎朝学校一階ロビーにあるナイチンゲール像を見る度に『きょうこそ辞めよう』『きょうこそ辞めよう』と思うのですが、どっちつかずでずるずるときてしまう有様。実技を一緒にやることになったグループメンバーとの出会いもあり、友人が出来、頼りにされ、辞めるに辞めれません。

言いたいことを我慢できずに言ってしまう性格で、先生に反抗的な態度をとることもしばしば。看護師には向いていないと自覚しながらも、結局戴帽式を迎える日まで来てしまいます。肝心の大学受験は流れてしまっていました。

戴帽式を迎えると、病棟での実習が始まりました。『先生に反抗的な態度をとる生徒には難しい患者を担当させて実習を落とす』そんな噂があります。瑠美が担当することになった肝臓がんの末期患者 千田(せんだ)は、噂通り看護師が手を焼く患者でした。

怒りの沸点が低く、物に当たったり、大声で罵声を浴びせてきます。医師や看護師から厳命されている禁止事項は知ったことかとばかりに破りますし、治療やケアにも非協力的。自身に任せられた仕事が一向にはかどりません。学校で先生から実習を始めるにあたり『前向きな入院生活を送るためには何が必要か』教えられていたのですが、瑠美は我慢の限界に。売り言葉に買い言葉で、初日早々喧嘩になってしまいます。

看護師長から注意され、途方に暮れる瑠美に手を差し伸べたのは、学校(=医科大学附属の看護学校です)の図書館で顔を合わせたことのあった小児科研修医 菱川拓海(ひしかわ たくみ)。ランチに誘われた後、小児科病棟のキッズルームで絵本や玩具の片付けを手伝っていた時のことでした。

当初瑠美は拓海のことをお金に苦労する自分とは違って恵まれた家庭の出だとばかり思っていましたが、拓海は母子家庭。仕事をいくつも掛け持ちして大学へと送り出してくれて、奨学金を得て医師になったことを知ると、千田にも意外な一面があるのかもしれないと思い直します。

お手洗いで謝罪の練習をしてから病室へ。
ところが千田は容体が急変。
狼狽する瑠美の前で、明日をも知れぬ身になってしまいました。

翌朝。落ち着いた病室で改めて頭を下げると千田は、『おまえのせいで死にかけた』笑えない冗談を言ってぶっきらぼうながらに場を和ませ、言いたいことは言う、看護師に向いていないとあっさり認める、可笑しくもないのに笑う『感情労働 https://woman.excite.co.jp/article/beauty/rid_Escala_20170519_6878724/』をしない、抗がん剤の副作用でのたうちまわり『ばかやろう!』『こんちくしょう!』叫ぶ千田が自分を鼓舞するように言っていることに心を合わせて一緒に叫んだりする素直な瑠美に、誰もが煙たがるなかただひとり向き合おうとしてくれる瑠美に、次第に心を開いていきます。

母親が看護師をやっていたこと。その母が戦死したこと。幸せになるのが許せないほど憎んだ人が居たこと。家業を継ぎ、材木屋をやってきたこと。家族を養うために身を粉にして働いてきたこと。それなのに息子ふたりと娘ひとりは家業を継がず、家を出ていって疎遠。見舞いにも来ない。来たら『遺言状を書け』と言う。ちいさな材木屋の土地建物の相続にしか興味がないことを語リ聞かせていました。

そして、かつて憎んだ人『花房(はなぶさ)チヨ』宛の手紙、病床で力を振り絞って綴った手紙を託すのです。危篤を知ったら駆けつけてくれる唯一信用できる親族 孫の野木佑太(のぎ ゆうた)に渡してほしい。チヨを探して手渡してほしいと。どうしても死ぬ前に伝えたいことがあるのだと、固辞する瑠美の手を固く握って。

瑠美は迷っていました。こんなにも大事な手紙を、出会って間もない、身内でもない、一看護学生が預かっていいのかと。どうしたものかと悩んでいると、学校で同じグループになり、学校での最初の友達となった山田千夏(やまだ ちなつ)がこんなことを語りかけてくれました。



(ロッカールームで千夏に『おつかれ』肩をポンとされると、どすんと腰を落とした。心身ともに疲れがどっと出た瑠美の肩をもみながら)

千夏:

そっかぁ、すごい話だね。
そりゃ受け止めきれないわ。
肩も凝るって。

千夏:・・でも、良かったね。
瑠美:えぇ?

千夏:

だって、そんなに大切な手紙を瑠美に預けるんでしょ。
信用してるってことだよ、瑠美のこと。

瑠美:そうかなぁ・・
千夏:そうだよ。

千夏:初めはものすごく嫌がってたのに、すっかり仲良くなっちゃって。
瑠美:最初は口の悪い嫌な人だなぁと思ってたけど、今は嫌いじゃない。


(マッサージする手を止めて)

千夏:

ねぇ、瑠美。
人の好き嫌いって何だと思う?

瑠美:えっ?

千夏:

何かされたわけじゃないのにいけ好かない人が居たり、親切にされたわけじゃないのに『好きだなぁ』と思う人が居たり。そういうのってなんでだと思う?

瑠美:さぁ・・

(マッサージを再開して)

千夏:

あたしね、生きる姿勢だと思うんだ。
その人の生きる姿勢が好きか嫌いか。
それが、その人を好きになるか嫌いになるかなんだよ。

瑠美:生きる姿勢かぁ・・

千夏:

千田さんはきっと、しっかりと生きてきた人なんだと思うな。
瑠美が親切にしたいって思うぐらいだから。

瑠美:ふふ。ありがとう。


(病院を出たふたり。夕暮れに染まる東京タワーと空を見上げて)

千夏:わっ!オレンジ色の綿菓子みたい!
ふたりで笑い合う:ふふ。

瑠美:千夏はどうなの?実習。

千夏:

あたしは順調だよ。
患者さんに恵まれたみたい。

(担当患者のおばちゃんをケアする場面の回想)

患者さん、ベッドの上でただ横になってるだけ。
いつ危篤になってもおかしくないって。
本人すごく苦しいはずなのに、それでもあたしに優しいの。
身内でもない他人なのに、親切なの。
そういうのってスゴイと思わない?

瑠美:

ほんとだね。
千田さんもそう。
口は悪いけど、わたしに患者として何か遺そうという気持ちは本物だと思う。

(ふっと笑みがこぼれる瑠美)

瑠美:人は最期まで、その人らしく生きるんだね。
千夏:うん。



ふたりの笑みを夕焼けが染めていました。


翌朝。
別れが待っていました。


千田が急変。
食道の静脈瘤が破裂。
大量に吐血していました。

慌ただしく救命措置が行われるなか、瑠美はあまりのことに呆然と立ち尽くすだけ。掛け布団も、シーツも、千田の口周りも血の海でした。そんな瑠美に看護師長は『よく見ておきなさい』手を握らせました。


医師から血圧を計るよう言われた瑠美。

震える手で計った血圧計では測定不能。
触診でももう脈は触れません。

心停止を知らせるアラームが響き渡りました。


8時55分。
死亡確認。


看護師長から肩に手を置かれるまで瑠美は血圧を計り続けていました。


『俺の死ぬ瞬間をしっかり見とけよ』

千田は生前こう言い残していました。
瑠美に何を遺したかったのでしょう。

『響くものがない』

看護師という職業に迷っていた瑠美に。

『何も出来なかった。なんにも』
『(明日)髪洗うって約束したのに。守れなかった』

無力さに打ちひしがれる瑠美に。


先月長野へ出掛けていた時、旅の相棒にと持って行った本のなかの一冊。
村中李衣(むらなか りえ)さんの短編集『かむさはむにだ』。
あとがきに、こんな言葉がありました。



「りんごさん」の原稿をかかえて地下鉄有楽町線に揺られているころ、<菓子屋のミッチョさん>こと、私の愛すべきばあちゃんは、地上をとびたってしまいました。ここ数年間の人が変わったようなばあちゃんのわがままぶりに、ほとほと疲れはてていたのか、泣き虫やの母が、お葬式のあいだじゅう、涙を見せませんでした。思うにあれは、しめっぽいことの大嫌いなばあちゃんの、いきなはからいだったにちがいありません。

人が、人生をとおして、最後に見せてくれる愛のかたちとは、生きて生きて、生きぬく姿なんですね。たぶん、ぶざまでみっともないことを百も承知で。かなしくもあり、たのもしくもあります。

こけしをつくるあばあさんにしても、五色湯のおばあさんにしても、この本に出てくる人たちはみんな、弱者なんかではありません。権力からおよそかけはなれたところで、淡々となにごともないかのように苦しみをまたぎこしてしまうかれらこそ、子どもたちにバトンを手渡せる、強きランナーだと思うのです。



愛する。
愛される。

有形無形問わず、ぼくはずっと『愛』ってこういうものだと思ってきました。
虐待を受けて育ち、愛に飢え、愛に迷い、愛に生きてきたぼくは。

でも今なら、母が、父が、生き切った姿も、最期に見せてくれた愛のかたちだったんだなと思えます。
愛を遺してくれたんだなと思えます。


さぶ。
すべては遺言です(http://ippunkan.blog.fc2.com/blog-entry-2.html)。
緩和ケア病棟へと移ったということは、来るべき日が来るということです。


見届けること。
眼を逸らさぬこと。

父親を見送ることからも。
母親を見送ることからも。

人生同様、一度きりなのですから。


愛されていないと荒ぶれた君に、なにかが届きますように。
なにかが遺りますように。

お父様になにかを届けられますように。
なにかを遺せますように。


水の都から。
ヒロより。

2018.5.2



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photo credit:August Brill via Flickr (license)