白色の自己主張

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強さとか 弱さとか

白色の自己主張
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photo credit:VelvetMomoKo via Flickr (license)



You are the reason why I write. あなたがいる、それがわたしの書く理由。
Donna Jo Napori (ドナ・ジョー・ナポリ)http://www.donnajonapoli.com/about.html



     白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



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岡本太郎の太陽の塔(http://taiyounotou-expo70.jp/about/)。

1970年の大阪万博のシンボル。
あれ、僕 好きなんですよね。

知ってました?
太陽の塔には、3つの顔があるんです。

過去の顔。
現在の顔。
そして、未来の顔。

過去は真っ黒で、現在はむすっとしていて。
そしてその上に、金色に輝く未来の顔がある。

未来は変わる。
それに、少しだけ顔を上げれば、未来は確かにそこにある。
でも、その未来が信じられなくなる。

人が自ら命を絶つって・・そういうことなんだろうな。

スクールロイヤー(学校弁護士)田口章太郎
http://www.nhk.or.jp/dodra/yakeben/html_yakeben_cast.html
NHK土曜ドラマ『やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる(やけ弁)』第5回



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『生きる』を選ぶ人を、人は『強い』と言う。
『死』を選ぶ人を、人は『弱い』と言う。


『強い』ってなんだろう。
辞書を引いてみる。



つよ・い【強い】

1 力や技がすぐれていて他に負けない。
2 健康である。心身が丈夫である。
3 物事に屈しない精神力がある。少しのことでは参らない。ひるまない。
4 環境や条件に屈しない。物事に耐える力がある。
5 程度や度合いが大きい、また、はなはだしい。
6 ゆるみがない。かたい。
7 断固としている。きびしい。
8 はっきりしている。明確である。
9 得意とする。

【出典】デジタル大辞泉



『弱い』ってなんだろう。
辞書を引いてみる。



よわ・い【弱い】

1 力や技が劣っている。
2 心身が丈夫でない。病弱である。
3 意志が堅固でない。心がぐらつきやすい。
4 環境や条件に屈しやすい。物事に耐える力が乏しい。
5 程度や度合いが小さい。
6 ゆるみがある。固くない。
7 決意が感じられない。きびしさがない。
8 鮮明でない。ぼんやりしている。
9 不得手である。

【出典】デジタル大辞泉



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ぼくは『生きる』を選ぶ人を『強い』と言いたくない。
言えない。

『死』を選ぶ人を『弱い』と言いたくない。
言えない。



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Hulu×HBO Asia共同製作ドラマ『ミス・シャーロック/Miss Sherlock』
Episode4『武蔵野ヶ丘のヴァンパイア』に、こんな場面があった。


共に医師である両親の反対を押し切り、正義感と使命感から国際ボランティアの医師団に参加した外科医 橘和都(たちばな わと https://www.happyon.jp/static/miss-sherlock/chart/)。戦地シリアに赴任したが、現実は非情。想像を絶する過酷なものだった。

反政府勢力を助けることになるからと、政権の妨害により物資の補給ルートが正常に機能していない。乏しい医薬品。満足な医療器具もない。衛生状態も極めて悪い。病院でさえ攻撃対象になる中で懸命に治療にあたるものの、次から次に患者はやって来る。治しても、治しても。まるで無限ループのようだった。

待っていたのは、力の限界。
使命感や青臭い理想など木っ端微塵。
無力感に打ちのめされ、帰国した。


日常的に死が隣り合わせにあり、眼を覆うような惨状、悲鳴や泣き声、銃声や爆音が響く中に身を置いていると、戦地を離れ一見平穏な日常に戻ったように思えても、なにかの拍子で戦場での記憶が生々しく蘇ることがある。PTSD(心的外傷後ストレス障害)と呼ばれる症状だ。

そのため戦地から帰国した和都は、医師団からカウンセリングを受けるよう勧められ、入川クリニック院長で心理カウンセラー 入川真理子(いりかわ まりこ)の元へと通い始めた。


フラッシュバックなどもなく、何回か日をあけて通っていたある日。待合スペースで、『守谷透 写真展 苦しみの先に希望はあるのか』のチラシを見つけた。戦場カメラマン守谷透(もりや とおる)が開いている個展。守谷もまたここでカウンセリングを受けているひとりだった。失意から帰国した和都だったが、同じ志を持っている人が居ることが嬉しくて、会場へと足を運んだ。

一枚の写真の前で足が止まった。
じっと見入る姿を、守谷が声を掛けた。

イラクで撮ったというその写真は、戦場であることを忘れてしまうかのような少女の笑顔。
守谷が一番気に入っている写真だと告げると和都も応じ、想いが溢れた。



今でも時々、判らなくなります。
自分が何の役に立っていたのか。
もっと救える人が居たんじゃないか。
もっとやれることがあったんじゃないかって。



相通じるものがある。
守谷は、カフェへと和都を誘った。



和都:また戦場に・・

守谷:

近々。
出来るだけ多くの時間、戦場に暮らす人々に寄り添って写真を撮りたいんです。
怒りや哀しみ・・その中で時折生まれる、笑顔。

彼らは本当に強いですよ。
みんな身近な人を戦争で失っている。
それでも哀しみを抱えながら、前を向こうとして生きてるんです。
それはただ哀しみに浸っているより、何倍も辛いことですから。



                    *



守谷が寄り添ってきたイラクの人たちは強いのでしょうか。
ふたりが心奪われた少女の笑顔は強さからなのでしょうか。



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子どもの頃、話そうとするとどもってしまう吃音(きつおん)症を抱え、独り悩んでいた。

『相談すればいいじゃん』
『なんで相談しないの?』

簡単に言う人も居たけれど、自分にとって息を吸って吐くように出来ることが他の人にも同じように出来るわけじゃない。話そうにも話せないのだ。想いを伝えようにも、ことばが出てきてくれないのだ。

『日本語なのになんで?』

そうしたもどかしさが余計に心に負担をかけ、さらに悪循環を招く。


そんなぼくは、いたずら好きの小学生にとってはからかいの格好のターゲットになった。
大勢の前で誇張も交えてどもるマネをされ、顔や耳が真っ赤になるほど恥をかいた。

悔しくてひとことでいいから言い返そうと震えながら勇気を振り絞ってわめいたこともあったが、幼稚園に通い始めた頃からコミュニケーション音痴の自覚があって、人付き合いが極度に苦手だ。自信がないから、声は普段からちいさい。じぶんでもびっくりするほど。まさに、蚊の鳴くような声。

それに加え筋金入りのマイナス思考だし、日本代表があればレギュラー入り確実なくらいの小心者だし。声変わりで小学生とは思えないほどに低音ボイスになったことと、運動も得意ではなくて肺活量が乏しいことから、お腹から声を出そうにもさらに出ない。わめいた声は、ちいさくかすれた。

それでもなんとか聞こえていたはずだが

『はぁ?』
『なんか言った?』
『なんて言ったんでしゅかぁ?』
『なに言ってんのかわかんねぇよ、ハハハ』

キスするくらいの距離にまで顔を近づけられ、代わる代る露骨なほどに耳に手を当てる仕草をされ、嫌味なほど何度も何度も大袈裟なほどに聞き返され

『なに、このちいさい声』
『お葬式?』
『誰か死んだの?』

度が過ぎた悪ふざけで、クラスメイトみんなに笑われた。


そんなことが何日か続き、重い足取りである朝学校へ登校すると、みんな下を向いてやけにクラスが静かだった。ふと見ると、ぼくの机の上にお花が一輪、花瓶に入れて置いてあった。

『なに、このちいさい声』
『お葬式?』
『誰か死んだの?』

あの言葉が蘇り、お花の意味が判った。
テレビで見たことがある光景だったからだ。


声を出すことを練習する人は、唄う人や人前に立って話す人以外ほとんど居ない。
なぜなら、特段練習せずとも、意識せずとも出来てしまうから。

おぎゃぁとこの世に産まれ落ちてから声を出してくることがもう既に練習で、別メニューで一所懸命自主練習して声を出せるようになったわけじゃない。そんな意識せずに出来てしまうことが『できて当たり前』を生み、いじめる連中の根底にはあったと思う。


心に癒えない傷を負った。
葬式ごっこは堪えた。

もう話さない。
もう声なんていらないって思った。

そして、『だったらおまえらの望み通り死んでやるよ』とさえ思った。


この頃ぼくは吃音以外でもいじめに遭っていて、厭世観はMAXとなり、学校内唯一の安全地帯 図書室へと駆け込んだ。葬式ごっこを現実化してやると意気込んで。

『死ぬ方法』なんて本は、学校という性格上も、教育上も置いてあるわけがない。だったら、若くして死んだ人の話を読めばいいんじゃないか。小学生ながら必死に考えて、伝記のような本を探していると、病魔により32歳の若さで他界した医師 井村和清(いむら かずきよ )さんの手記『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ 若き医師が死の直前まで綴った愛の手記』を見つけ、手に取った。

目次を見ていると、『自殺』というキーワードが飛び込んできた。病魔に侵され、自殺を考えたんだろうかと思って読んでみると、とある患者さんとの出逢いを振り返った言葉だった。意外な言葉に、眼が潤んだ。



自殺をする人間は弱い人間、とよく言われます。しかし、私はそうは思わない。自殺という勇気を必要とする行為へ彼を走らせたその苦しみは、どんなに大きかったろうと思います。ひとりで悩み、ひとりで苦しみ、ひとりで泣いて、そして、ひとりで死んでいかねばならない。こんなに辛いことはありません。しかし人は、自殺をする人間は弱い人間と嗤(わら)います。

自殺をする人間は弱い人間、とは思いません。その人に負わされていた苦悩の重荷を思うとき、とても私にはその人の行為を嗤うことはできないのです。そこまで追いつめられ、彼はどんなに悩んだことかと思います。ずいぶん辛かったろうと思います。小さな胸を割るほどに悩み、そして独りで死んでいく。彼らの苦悩を、オトナたちは決して理解しようとしない。自殺をする子は弱い子供。そしてその原因は、親の生活態度にあるとか、教師と生徒の断絶とか、社会のせいにしてしまう。

本当にそうでしょうか。私は子供たちの自殺の記事をみるたび、胸がしめつけられます。しかし、私はおそらく、その子供たちはもっと違った、オトナの知らない彼らだけの世界で、ひとりきりで泣いていたのではなかろうかと思うのです。そして、死ぬことを選んだ。私はとても彼らを責められません。



後にも先にも、こんな言葉を贈ってくれた人は居ない。



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『生きる』を選ぶ人は強いのでしょうか。
いじめに立ち向かう人は強いのでしょうか。



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NHK土曜ドラマ『やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる(やけ弁)』第5回に、こんな場面があった。


自らの意思で学校へ通わない積極的不登校の経験がある筋金入りの学校嫌い 田口章太郎(たぐち しょうたろう http://www.nhk.or.jp/dodra/yakeben/html_yakeben_cast.html)。難関試験を突破し弁護士になったものの、意気軒昂とは裏腹に、所属する高城法律事務所の軒先(=部屋の一部)を借りる『軒弁(のきべん)』から抜け出せないでいた。

口だけはいっちょまえだが、独立なんて夢のまた夢。年収は200万円にも届かず、未だ法廷経験もない。そんなうだつがあがらない田口を、所長はスクールロイヤー(学校弁護士)して青葉第一中学へと派遣する。学校初の弁護士。筋金入りの学校嫌いだからこそ出来ることがあるはずだと見込んで。


赴任早々、手荒い歓迎を受けた。
学校には、学校の秩序がある。

非正規職員を巡る問題。授業の準備や部活動など長時間労働の問題。いじめの問題などに対して長年積み重ねてきた現場のやり方に固執する教職員に、田口は立て板に水。法律論と自身の不登校経験からくる若さゆえの正論をまくしたて、なんとか実績をあげようとすればするほど関係はこじれる一方だった。

だが、バカ正直なほどに真っ直ぐに想いをぶつけてくる田口に、事なかれ主義の権化のような校長を筆頭にして波風ひとつ立たなかった教育現場に、いつしか波風が立つようになっていく。特に教務主任の三浦とは、当初水と油。ことごとく意見が対立していたが、ある事件をきっかけに歩み寄りが始まっていく。


ある女子生徒の自殺未遂。


その気もないのに『付き合ってください』と告白して相手の反応を楽しむ『ウソ告』を、裏でクラスを牛耳る女子から執拗に強要された山下未希(やました みき)。

クラスに友だちもおらず、お昼ごはんのお弁当を独り食べるなど学校内で唯一の居場所だった囲碁将棋部が教職員の負担軽減の一環として廃部になり、居場所を失ったことで追い詰められ、ある夜、教室から身を投げた。

その日の昼。廃部となった囲碁将棋部の前でお弁当を手に立ちすくむ未希を見掛けながら異変に気づけなかったことを、三浦は悔やんだ。声を掛けたものの立ち去ってしまい、『またな』と背中に言葉を掛けただけだったからだ。身を粉にし、誰よりも生徒を思っていると自負していたからこそ、その想いは叫びにも近いものとなった。

幸い落ちた先が花壇だったことで命に関わることはなかったが、怪我をして入院することになった。
だが、自殺未遂以降両親にさえひとことも話そうとしない。

母親から未希のスマートフォンが見つかっていないことを聞いた田口たちは、三浦が未希を囲碁将棋部の前で見掛けたことから室内をくまなく探した。ほどなく、ロッカーからスマートフォンが見つかった。

中を見ると、悪辣な『ウソ告』のLINEによる指示。断られたら、スカートを脱いで再度交際を迫る様子を面白半分に隠し撮りした動画。すべてが証拠として残されていた。それは、ゲーム感覚でエスカレートしていき、複数回に及んでいた。


証拠を遺すことは、恥を晒すこと。
死して尚、尊厳が傷つけられる。


それでも告発した未希の想いに対して校長は、いじめられた未希に戻ってきづらいだろうと転校を促し、いじめた複数の生徒たちにはいじめ防止法による対処を田口に求めた。スクールロイヤーは、学校の代理人。指示に従わないのであれば、校長権限で解任するとちらつかせて。

今ここで解任されてしまったら、自らの尊厳と引き換えに死の抗議をした未希の想いに応えられない。
ぐっと堪え、加害者対応を終えると、被害者対応へと三浦と共に向かう。

だが校庭で、三浦は足取りが急に重くなった。
弱音など吐いたことのない三浦が弱音を吐いた。



三浦:

初めてですよ。
25年教師やってきて、何度もいじめに遭遇しました。
でも、生徒が命を絶とうとした。
初めてです。
これほどキツイとは・・

田口:やっと人間らしくなってきましたね。
三浦:はい?

田口:

いや 、弱み、見せないからあなた。
弱いから人に頼るんじゃなくて、強いから人に頼るんですよ。
『助けてくれ』と言うのは強さだ。

三浦:あなたに頼れとでも?
田口:僕は、先生の先生ですから。

三浦::ふっ。じゃ、頼りましょうか。
田口:立ち会うことしかできませんけどね。



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未希は弱いから先生や親に頼れなかったのでしょうか。
『助けてくれ』と言えないことは弱いのでしょうか。



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『生きる』を選ぶ人を、人は『強い』と言う。
『死』を選ぶ人を、人は『弱い』と言う。

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ぼくは『生きる』を選ぶ人を『強い』と言いたくない。
言えない。

『死』を選ぶ人を『弱い』と言いたくない。
言えない。

強さとか、弱さとか。
いずれでもない、その間にあるものを見つめていたい。



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