~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~

触れる

Photo:hands-glow By:RJSmitty22
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You are the reason why I write. あなたがいる、それがわたしの書く理由。
Donna Jo Napori (ドナ・ジョー・ナポリ)http://www.donnajonapoli.com/about.html



     白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



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親愛なる さぶに


サチオ:ジョーはさ、怖くなった時どうしてる?
ジョー:ん?

サチオ:

なにかするのが怖くて、動けない時。
オレも、自分で闘えるようになりたいんだ。

ジョー:なんでもいいから、そこに立ってるもんに触れ。
サチオ:えっ?

ジョー:

そうすりゃ、今が現実だって判る。
やんなきゃいけねぇことが理解できるってよ。
昔教わったまじないだ。
どうせデタラメだろうけどな。

サチオ:

なんだよそれ。
誰に教わったんだよ。

『あしたのジョー』連載開始50周年記念企画
TVアニメ『メガロボクス』ROUND11 “A DEADMARCH”
https://youtu.be/BSbEuJvedfI(【公式】TVアニメ『メガロボクス』大好評放送中PV)


中流以上の者が住むことを許される認可地区。貧民が住むことを許される未認可地区とが厳格に市民IDの有無で区別、管理される近未来。

認可地区では、エンターテインメントとして肉体と最新のギアテクノロジー(=建設や介護の現場に於いて作業者の負担を軽減させる目的で導入されているパワードスーツの進化版)を融合させたメガロボクサーによる格闘技『メガロボクス』が大企業白都コンツェルン主催で行われ、未認可地区では非道なヤクザ藤巻が元締めの賭けボクシング地下メガロボクスが行われている。

その地下メガロボクスで元ボクシングジム経営者、今は落ちぶれているトレーナー南部贋作(なんぶ がんさく http://megalobox.com/movie.html)と組み、生計を立てていた素性不明の驚異的な身体能力を持つメガロボクサー JNK.DOG(ジャンク ドッグ http://megalobox.com/character.html)。圧倒的な強さを誇ることから対戦相手が組めず、食っていくために八百長試合に手を染め、燻っていた。


そんなある日、メガロボクストーナメントファイナリスト4人による世界王者決定戦『メガロニア』開催を知った。最後の一席が現メガロボクスランキングトップの者に与えられる。しかもそれは誰にでも開かれていると知りエントリーを考えるも、市民IDを持たないジャンクドッグは端から相手にされていない。

ジャンクドッグの名の如く不公平さ、メガロボクスそのものにも噛み付くと、絶対王者勇利(ゆうり)の虎の尾を踏む。地下闘技場へ現れ紛い物と見下す勇利に『本物のメガロボクスを教えてくれよ』自信満満に挑発。『拳が、リングが穢れる』拒むかと思われたが、リングに上った勇利。今まで味わったことのないゾクゾクするような気持ちがこみあげ拳を交えるも、鼻っ柱をへし折られるほどに惨敗。リングに沈められた。

『再戦を望むならこちらのリングに上ってこい』と言い置いた勇利と再び拳を交えるためメガロニアへの参加を決意したジャンクドッグは、南部や藤巻の協力を得て、藤巻の手下に抹殺された者に成りすます市民IDを非正規ルートで入手。ふと心の水面に浮かんできた『ジョー』の名を登録した。


メガロボクスランキング最下位からのスタート。タイムリミット三ヶ月でトップランクしなければならないが、どこの馬の骨だか知れない奴とは対戦相手を探すことさえままならない。

そこで南部は、敢えてギアを身に付けずに試合に臨む新人ボクサー『GEARLESS JOE(ギアレス・ジョー)』として注目を浴び、ランキングを駆け上がろうと画策。

白都コンツェルンでかつて父親が勇利のギアのエンジニアとして開発に携わりながらも、白都側の裏切りで研究成果すべてを奪われ追放。失意の中で亡くなり、後を追うように母親も病気で亡くなったことで白都を恨む未認可地区ストリートチルドレン、父親譲りのエンジニアの腕を持つサチオと共に『チーム番外地』を結成。

メガロボクサー ジョー
トレーナー兼セコンド 南部贋作
ギアのエンジニア兼セコンド サチオ

3人でメガロニアの頂点を目指していく。


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触れる。
言葉に触れる。


中学2年生の秋。父から母が末期がんに侵されていて余命3ヶ月だと知らされた時、ぼくの中で『時間=命』という想いが芽生えました。


その日から、母の言葉はすべてが遺言になりました。


人は誰もが産まれた瞬間から例外なく死へと向かっている。そう考えると、余命を宣告された人の言葉だけでなく、目の前の相手が話す言葉はすべてが遺言になるのだと思います。


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触れる。
体に触れる。


私家版 夜と霧(https://ippunkan.blog.fc2.com/blog-entry-443.html)のような虐待を幼少期から青年期に受けて育ち、紆余曲折あって30代後半から家族として向き合えるようになるまでとにかく父のことが嫌いでした。

母の末期がん発症の一因とも言える喫煙癖故に体臭も、吐く息も、タバコ臭くて嫌。

父と同じ空気を吸うのも嫌。
父と同じ空間に居るのも嫌。

父と同じものを食べるのも嫌。

父が視界に入るのも嫌。
家のどこかで父の声がするのも嫌。

父が入ったお風呂に入るのも嫌。
父と同じ洗濯物と一緒に洗うのも嫌。

父の物を見るだけで嫌。
父が触れたものに触るのも嫌。

父の身体に触れるのも嫌。
汚物扱い・感染源扱いでした。

次第にその存在も嫌になり、嫌いな父の血がぼくの身体の中を流れているのかと思うとなんだか自分が穢れているように思えて存在を消してしまいたくなり、未遂にこそ終わったものの何度も命を絶ちました。


産まれ落ち、父がぼくに触れてくれたことはあったでしょう。でもぼくから父に触れたことは、物心が付く頃からは記憶にありません。生理的に受け付けない。意識的に避けていましたから。


そんな父の体に初めて触れたのは、末期がんに倒れ、各種検査結果が出揃い、入院を待つ間自宅で介護していた時です。

おむつ交換をする時、横になっている父を起こすために手を握りました。初めてまじまじと見る父の手には、戦中に産まれ、戦争を生き抜き、身を粉にして働き家族を養ってきた歴史が刻まれていました。あの手の温もりを忘れることはないと思います。


体調不良や暑さから固形の食事を受け付けなくなり、低栄養を避けるために買ってきた介護食メイバランス(https://www.meiji.co.jp/meiji-eiyoucare/products/nutritionfood/meibalance_mini/detail.html)さえも嘔吐してしまった時。

歌や本の中ではよく見聞きしていたけれど、まじまじと見て驚いたあのおおきな背中。『ごめんなぁ、こうするくらいしかできん』父からは見えないところで泪をこぼしながら背中を擦ったあの手の感触を、ぼくは忘れることはないと思います。


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触れる。
直感に触れる。


救急搬送された病院から緩和ケア病棟へ移り、いよいよ最期の時が近づいていることを示す症状が現れました。

病棟から連絡が入り、飛んで駆けつけました。
担当医からも説明がありました。


週の始め。連絡のあった月曜日から家族が交代で家族室(=布団のある畳の部屋)や病室のソファーベッドに泊まり込んだりしてきて、疲れが溜まり始め、一旦自宅へ帰ろうとなったのが木曜日。夕方頃でした。

ただぼくは直感で『きょう帰ったら、父の最期を看取れないな』と思いました。『父を独りで逝かせない』母を看取った時のように、父もと思った想いの強さ。そうした囁き声のような声に耳を傾けたからこそ聴こえた心の声でした。息子だからこそわかるものだったのかもしれません。


みんなが『そんなことはないだろう』と帰っていくなか、ただひとり、ソファーベッドで泊まり込みました。


日付をまたいだ金曜日午前3時31分。
永眠しました。


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触れる。
なんでもいいからそこに立っているものに。


救急病院で二度余命宣告された時。
父を見舞い、無力さに打ちひしがれる時。
どんな顔をして父に逢えばいいのかわからなくなった時。
病棟の手すりを手でなぞりながら一周すると、気持ちが落ち着きました。


ジョーがロッカールームからリングへと通じる通路の壁を手でなぞっていくように。


父を見舞い、無力さに打ちひしがれる時。
どんな顔をして父に逢えばいいのかわからなくなった時。
緩和ケア病棟の窓際の壁を手でなぞりながら一周。
最後に屋上庭園で深呼吸すると、気持ちが落ち着きました。


父が息を引き取った時。
真夜中の病棟の壁を手でなぞりながら一周。
屋上庭園で朝陽を浴びると、父を見送る気持ちが整いました。


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なにかするのが怖くて動けない時。
それはまるで、心も体も糸の切れかかった風船のよう。
なにかに触れることで、現実に繋ぎ留めるのです。


痛みに効くおくすり『バファリン』の半分はやさしさでできている。
後悔の半分は、心の声の素通りでできている。


さぶ。
やるべきことを見失うな。
先延ばしするな。
精神的支柱、後ろ盾を失う怖さを越えて。


ぼくが一番辛かったのは、父を看取った時でもなく、無力さに打ちひしがれる時でもなかった。もう触れられない現実を突きつけられた、読経が響き、棺桶の上にお線香を手向け、所定の場所に収められ、火葬執行のボタンが押される時でしたから。


ヒロより。
2018.6.16



Photo:Touching the clouds By:© Ahmed Amir
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