~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~

一口惚れ

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photo credit:BONGURI via Flickr (license)



You are the reason why I write. あなたがいる、それがわたしの書く理由。
Donna Jo Napori (ドナ・ジョー・ナポリ)http://www.donnajonapoli.com/about.html



     白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



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親愛なる しんにぃ そして奥様に

BS12 トゥエルビ 土曜ドラマ・ナイン『居酒屋ぼったくり』
第8話『鉄板の上の想い出』に、こんな場面がありました。



誰でも買えるような酒とか、どこの家庭でも出てくるような料理で金取ってるうちの店は、もうそれだけでぼったくりなんだよ。でもな、美音。たとえありきたりな料理でもな、ひとつひとつ丁寧に、心込めて作んだ。

料理食べた人が、思わず笑み浮かべるような一皿。
それで初めて『払った金惜しくねぇ』って客が思ってくれるようになんだよ。

でもまだ父さんはそこまでじゃない。
だからこの店の名前は『ぼったくり』でいいんだよ。



とある商店街の路地を一本奥へ入ったところにある居酒屋。

両親が切り盛りしていたお店を亡き後引き継いだ料理担当の美音(みね https://www.twellv.co.jp/bottakuri/cast/)とホール担当の馨(かおる)姉妹。父の言葉を胸に丁寧な仕事を心掛け、両親の代からはもちろんその後も常連さんに恵まれ、愛されてきた。

もともとの店名は違っていたが、父 健吾(けんご)の口癖に乗っかった常連さんたちがみんなでお金を出し合い、洒落で『居酒屋ぼったくり』の暖簾を贈ってくれたことがきっかけで物騒な名前、入るのに勇気のいる現在の店名へと変わった。


暖簾の奥には、旨い料理と旨い酒。
そして、人情がある。


ある日の夜。両親の代から贔屓にしてくれている常連で、酒に造詣が深い薬局屋店主シンゾウと、昔芸者をしていたが、今はご隠居さんの身のウメが先に来店。料理や酒に舌鼓を打っていると、電気取付工事会社勤務の職人アキラが来店した。

開口一番ここ最近暑かったり寒かったりと寒暖差が激しく、食欲がめっきり落ちてしまって口当たりの良い麺類のヘビーローテーションが止まらず、かといって食べたいものがないと嘆き節。

そんなアキラに繊細な美音は、両親から店を継いで7年。ありがたいことに客足は途切れず、飽きられないようにと創意工夫を凝らし店には数多くのメニューが並ぶが、これで満足してしまっていたのではないか。お客様のリクエストに応えられていない自分に落胆してしまう。


『夏に食欲がなくなるのは仕方ないことだし、それにいつものメニューでも変わらず来てくれる常連さんだって居るんだから』馨のフォローにも顔は雲ったまま。冷蔵庫とにらめっこ。

今のアキラのように食欲がなくても食べないと体力がつかない時、どんなものだったら喉を通るだろうか。尚も思い悩む美音に『お姉ちゃんの気持ちもわかるけど、でもそれって人によりけりでしょ』重ねてフォロー。

いくつかめぼしい食材を手にキッチンへと戻ってもまだ冴えない顔をしている、なにかにつけて背負い込んでしまう美音を気に掛け、シンゾウが助け舟を出した。



シンゾウ:

そうだよ、美音坊。
疲れた時に食いたいもんなんてのはもう人それぞれ。
時と場合にもよるし、これはね、馨ちゃんが正解。

馨:そうでしょ。

シンゾウ:これはねぇ、食いたいもんをなんでも簡単に食えちゃうっていう我が国ならではの不幸だね。

美音:どういうこと?

シンゾウ:

なんでも食えるってことは、本当に食いたいもんがどんどん無くなるっていうことなんだよ。例えばこの酒は、滅多に入らないだろ?なっ。だからみんなで少しずつ、楽しむように呑むんだよ。たま~にしか呑めないから嬉しいってことがあるんだよ。

美音:どんなに美味しいお酒でも、毎日だったらそれが当然になっちゃいますよね。

シンゾウ:

だろう?(カウンター席の隅っこに居る同世代のウメを見ながら)俺たちがこどもの頃はね、まぁ外食ったら、二~三ヶ月に一度。デパートの食堂に連れてってもらうのがいいところ。だからもう、どれもこれも食いたくてなぁ。

ウメ:

ふふふ。あたしも。
ショーケースの中のサンプルに張り付いて、もういつまでも悩んで。
『さっさとしろ!』って、父親に叱られたよ。

シンゾウ:

そうそうそうそう。
やっと決めてさぁ、食券買ってもらってもまだ未練が残ってる。
で、泣き出したりしてさ。

ウメ:

そうそうそう。はっはっはっは。
食べたいものがあって、我慢して我慢して、やっと食べられた時の幸せったらないからねぇ。

美音:たしかに。

馨:

そういえば、最近『なに食べたい?』って聞いても『なんでもいい』って答えるこどもが増えてるんだって。

シンゾウ:で、結局目の前にあるものの中から適当に選んで食うってことになっちまうんだよ。

馨:

う~ん、適当かぁ・・。
食べること楽しめないって、なんか悲しいね。



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TVアニメ『鹿楓堂よついろ日和』
第十話『喫茶店のナポリタン』には、こんな場面がありました。

店主で、お茶を担当するスイ(東極 京水 http://rokuhoudou-anime.jp/character/)。料理担当のときたか(永江 ときたか)。スイーツ担当の椿(中尾 椿)。珈琲を担当するイタリア出身のバリスタ ぐれ(グレゴーリオ・ヴァレンティノ)が働く和風喫茶 鹿楓堂(ろくほうどう)。

深夜番組のグルメランキングで喫茶店のナポリタンが1位に輝いたことで、翌日スイが祖父の代からお店と共に引き継いだ看板メニュー『ナポリタン』が、飛ぶように売れていく。そこへ姉妹揃って上京し、今や売れっ子漫画家として活躍。鹿楓堂を編集者と訪い贔屓にしている犬飼菊子(いぬかい きくこ)が、アパレル店員として働く妹 琴(こと)と共に来店した。

昨夜テレビで観たナポリタン。
琴はある想いを胸に、少し距離を置いていた菊子を久しぶりに食事へと誘ったのだった。

菊子は胸に秘めた想いがあるとは露知らず、ここのナポリタンが気になっていたもののまだ食べたことがなかったと、しかも最初のナポリタンが妹と一緒と嬉しそう。互いに近況報告をする中で、琴は思い切って心情を吐露した。


ランキングが放送された日。琴は菊子の新連載が掲載されている雑誌を手に、なんとか終電で帰ることの叶った自宅で、缶ビールを呑みながら思っていた。

洋服が好きで、憧れのブランドで仕事がしたいと上京したが、理想と現実のギャップに思い悩んでいた。菊子の活躍が嬉しい半面、輝いている姉が羨ましくもあり、これでよかったのかと。同じように夢を抱いて上京しながら。

まだまだ新人で、勉強不足も否めない。ノルマも達成できないことが多い。そんな不甲斐ない自分に苛立ち、本当にこの仕事に向いているのか、なにがしたかったのかさえ見失いかけていた。


久しぶりの再会なのに、重苦しい空気。
そこへ、アツアツの『濃厚こくまろナポリタン』が運ばれてきた。

たちのぼる湯気。
食欲をそそる香り。

一瞬にして互いの顔に花が咲いた。
重苦しい空気など、どこかへ飛んでいった。


その味は、我が家のナポリタンに似ていた。
その味は、時計の針を遡らせた。



琴:昔もどんなにしんどくても、これだけは食べられてさ。

菊子:

そうだったねぇ。
お母さん、わたしたちが大変な時、いっつもナポリタンを作ってくれてたし。
どんなに忙しくても、ソースから作ってね。
そうそう、琴が上京する日だって。

琴:・・あぁ。あの日もみんなで食べたねぇ。

菊子:

ねぇ、あの頃は気付かなかったけど、ナポリタンを食べたら元気になれたのって、お母さんの気持ちがこもってたからかもね。

琴:えっ?
菊子:わたしも漫画を書く時、いろんな想いを込めるから。

(ファンレターを一枚一枚コルクボードに貼ってある部屋で漫画を書く菊子の回想)
(その言葉に琴はハッとする)

(新人で、会議の場などでは先輩方の顔色を窺って、言いたいことがあるのに意見できなかったりした。それでもお店では新人だからと気後れすることなく思い切って声を掛け、お客様の魅力を引き出せるような洋服選びをお手伝い。ご満足いただけてお帰りになる後ろ姿を見送る頃の自分が蘇っていた)

琴:

そうだ。
わたしのしたかったことって、服に込められた気持ちを伝えること。
この服で、楽しく過ごせますようにって。

(微笑みを贈り合うふたり)

琴:菊子姉、あたしまた頑張る!
菊子:うん。応援してる。



ナポリタン。
その味が、姉妹の絆を取り戻していた。
その味が、ふたりの想いを未来へと向けていた。



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しんにぃと初めて逢ったのは、ぼくがまだ高校生の頃でした。当時オムライス専門店でアルバイトをしていて、そこへふらりとやって来たのがしんにぃ。当時まだ珍しかった『飲食コンサルタント』とは知らず(凄腕然り)、一お客様として接し、スタンダードなオムライスをお出ししました。

ぼくが働いていたお店はフランチャイズでしたが、餃子の王将のように店舗ごとに味に変化をつけることが認められていました。変化といってもオムライスですから幅は限られるのですが、お店ごとにやはり作り手の技量や個性が滲み出て、味に違いが出ていました。

それを本部は『いつ何処で食べても同じ味』という融通きかんちんの如何にもフランチャイズではなく、良い意味での差異としていましたし、今のようになんでもクレーマーの息苦しい時代ではないおおらかさがありましたから、お客様もそれぞれにお気に入りのお店を見つけていました。

しんにぃはアツアツなのにあっという間に平らげ、『ごちそうさん』と帰っていきました。『できたてが一番うまい。だから平らげる。それが作ってくれた人への礼儀、敬意』が信条だと後から知るのですが、今のように『SNS映え』とか言ってできたてをほったらかしにして写真を撮ることに夢中になっている人が居たら、ずかずかとテーブルへ来て説教していたでしょうね。

そうして週に一度のペースで必ず来店してくださり、ぼくを指名。何度目かの来店の折、どうしてこのお店を選んでくださるのか、来てくださるのか話してくれました。


『一口惚れ』。
作り手にとって最高の褒め言葉でした。


飲食コンサルタントという頭脳労働でしたが、ジムでのトレーニングを欠かさない人でした。味をしっかり見極めるために、タバコは吸わず。味覚に影響するからと口腔ケア、ストレスマネジメントや体調管理にも人一倍気をつける人でした。

そんなしんにぃが病に倒れ、自宅療養。奥様を通じて『ヒロのオムライスが食べたい』とお声掛けがあったのが先週のこと。新幹線をすっ飛ばして駆けつけ、とびきりの食材を揃え、キッチンをお借りしておふたりにお出ししたオムライスに『そう。これ。一口惚れ』あの頃と同じ褒め言葉。

『このオムライス。新幹線やらホテル代やらで、5万円くらいするなぁ』『野暮なこと言わないでくださいよ、まったく』なんて冗談を言い合ったのが最期でした。


ぼくも正直体調が芳しくないしんにぃが、あの頃と変わらないレシピで作ったオムライスを食べて『一口惚れ』なんて言えるのかななどと無粋なことを思ってもいました。

でも、『ヒロのオムライスだったら(こんな時でも)食べられる』と、飲食コンサルタントとして国内外問わずあらゆる料理を食べ尽くして、本当に食べたいものがどんどん無くなるなかで、最期の一皿にぼくのオムライスを選んでくれた。今思えば、死期を予感されていたのかもしれません。

なんの変哲もない、プロの料理人でもないぼくが作るオムライスを『食べたい』と言ってくれる人が居ることに、『一口惚れ』を疑う気持ちなどもう無くなっていました。


デルテ・シッパーさんのご著書『人生最後の食事』。
父が病に倒れた時、読んでいました。

ぼくが作った母への最期の一皿は、『ほうれん草のベーコンバター炒め』でした。ぼくが作った父への最期の一皿は、さっぱりイケるぶっかけうどんに納豆とオクラを乗せて卵を落としたものでした。

人間、泣いて産まれたのだから、笑って死にたい。
人生の最期に良い感情、幸せな記憶を心に刻んで逝きたい。見送りたい。

ぼくの個人的な想いでしたから押しつけになってはいけないと胸にしまっていましたが、しんにぃの笑みに、奥様の幸せなお顔に、この想いが果たせたかなと思っています。


ヒロより。
2018.6.20



Photo:20150118 Kyoto 12 By:BONGURI
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