『我慢する』とかじゃなくて『嫌だ』って思わない - 白色の自己主張
~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~

『我慢する』とかじゃなくて『嫌だ』って思わない

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photo credit:djniks via Flickr (license)



You are the reason why I write. あなたがいる、それがわたしの書く理由。
Donna Jo Napori (ドナ・ジョー・ナポリ)http://www.donnajonapoli.com/about.html



     白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



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友人とランチをしていたら、立ち位置の話題になった。窓から見える街ゆく人たちを見て、男女の立ち位置やふたりの間の微妙な、絶妙な距離を見て、上司と部下、先輩後輩、同期、仲間、友達、恋仲、逢瀬などどんな関係か、どんな名前か、今どんな気持ちなのか、これからどこへ行ってどうするのか。想像を膨らませて、物語を紡いでいた。

『ヒロは?』と聞かれた。

女性と手をつないで歩いている時、腕を組んで歩いている時、ぼくの立ち位置は左。
飲食店で横並びに座る時、ぼくの座り位置は左。
これは、食べる時(あとマウス操作も)左利きというのもあるのかもしれない。

でも、互いのおうちでソファーなどに座る時の位置は右。
一緒に眠る時の位置も右。


『なんで変わるの?』と聞かれた。

それはそうだろうな。
漫才師のボケ・ツッコミみたいにたいていは定位置だ。

不思議に映るのかもしれない。


左に居る時は、公共の場ということで適度な距離を保っている。
イチャイチャはしない。
でも、ふたりきりとなれば人目を気にする必要もなくなる。

改めて考えるまで無意識だったけれど、恋人やパートナーに限らず心の距離が有る時ほど左になり、心の距離が無くなるほど右になるのだと思う。

だから右に居る時というのは、相手を慕っているという表れ。
反対だと、心と一致しないとなんだか落ち着かない。


『じゃあさ、相手がどうしても左がいいとか、右がいいとかこだわる時はどうするの?ヒロがこだわるように、相手もこだわる人だったりしたら』

『そういう時は、どうしてもぼくは左じゃないと嫌だとか、右じゃないと落ち着かないとか言わないで譲るね』

『あっさりしてるな』

『そんなことにこだわってせっかくのいい雰囲気が険悪になるなんて馬鹿らしいし、あれだね、『お先にどうぞ』って順番譲るみたいなもので、損もしなければ、負けとかでもなくて、嫌な思いもしないっていう』


そんなことを話しながら、立ち位置に限らないな。
ふと思った。



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NHKプレミアムドラマ『アイアングランマ 2nd SEASON』
Episode 5『百万年の誓い』に、こんな場面があった。


塩谷令子(しおのや れいこ)
佐藤直美(さとう なおみ)
https://www.nhk.or.jp/pd/irongrandma2/html_igm2_cast.html

ふたりは共に1972年、二十歳でアメリカに留学。
特殊機関によって、潜入捜査・戦闘の英才教育を受けた。

帰国後表向きは一般人として生活しながら、裏では国益のために塩谷はその名から『ソルト』、佐藤は『シュガー』のコードネームでソルト&シュガーとしてペアを組み、幾人もの人を踏みにじり政治工作活動に従事してきた。この世界でソルト&シュガーの名を知らぬ者は無いと言わしめる程の活躍を見せていたが、40歳を機に依頼は途絶えた。

おばさんにはもう用は無い。
お払い箱とされたのだ。


ふつうの生活へと戻り、24年の歳月が流れたある日。名門私立小学校の理事長となった塩谷と、娘一家と共に暮らす平凡なおばあさんとなった佐藤は、娘のこどもがいじめに遭って転校した学校で偶然再会。思わぬことからふたりは、ソルト&シュガーとして工作員へと舞い戻る。


塩谷は男女の関係となって校長を抱き込み、教育省から補助金を受けて推進する手厚いケアが売りのいじめ対策プロジェクトの陣頭指揮を執っていたが、立派な看板の裏では元工作員さながらに知略の限りを尽くし、多額の補助金を中抜きして横領する計画を秘密裏に進めていた。

ところが、思惑とは裏腹に教育省の役人を納得させる実績をあげてしまって世間の注目を浴び、モデル校、いじめ撲滅の先駆者となってしまって困惑。塩野の息のかかった、大学で心理学をかじった程度の女性 星野由美(ほしの ゆみ)をスクールカウンセラーとして配置し、横領にも耐えうる、教育省へと提出する書類の作成も兼務させ、審査も通って、補助金を手に出来る段になったところでまたもや思わぬ邪魔が入った。

いじめ対策プロジェクトを推進するにあたり、カウンセラーが手薄ではないかと気を回した教頭が、新しいカウンセラー駒井安子(こまい やすこ)を赴任させたのだ。


大学で心理学をかじった程度ではない歴としたカウンセラーで、したたかだった。本来の業務に当たる傍ら、星野が手掛ける書類から横領計画を察知。レズビアンであることも見抜いて抱き込むと塩野にも近づき、自分も計画に加えるよう暗に脅した。

取り分が減ること、計画が露見することを嫌った塩谷は、交換条件に駒井を任期途中で留学させ遠ざけるものの、今度は後釜として教育省から出向してきたカウンセラー仁科マキ江(にしな まきえ)に目を付けられる。どうやら横領の事情を知っているようで、露見をちらつかせている。

本省からの出向者仁科を遠ざけるには、駒井のようになにか餌をぶら下げるわけにはいかない。表面化するようなことを仕掛ければ、補助金にも影響しかねない。塩谷は星野に仁科とレズビアンの関係を持たせるよう仕向け、とあるバーの個室で親密になったところを復帰した工作機関を使ってパワーハラスメントによる性的行為の強要として写真による証拠を押さえ、口止めを図った。


同じ頃、ロンドンへと留学した駒井が同時多発テロで命を落としたという報道があり、仁科は背筋が寒くなる。これ以上塩谷やいじめ対策プロジェクトの横領計画を暴くことに関わると、今度は自分の命が危ないかもしれない。不穏な空気に、辞職を申し出た。



(カウンセラー室で私物を片付ける仁科)
(その姿を遠目に見つめる星野)

星野:

仁科さんて、律儀ですよね。
業務を全部きちんとこなしてから辞表を出すなんて。

仁科:最後だから聞くけど。
星野:はい。
仁科:あなた、駒井安子のこと好きだったの?

(棚に飾られた駒井の写真に顔を向ける星野)

星野:好きでした。

仁科:

そうかな。あなた、ちっとも哀しそうに見えない。
安子さん、あんな悔いの残る死にかた・・
此処に居るとろくなことがないってことかもね。

星野:

あたし、今までいっぱいいろんな別れがあったから、動揺しない方法、自然に憶えちゃったみたいです。

仁科:自己分析?

星野:

あとあたしって、強い人に強要されると断れないんですよね。我慢するとかじゃなくて、嫌だって思わないんです。(自分で自分を笑い)変ですよね。

(離れていたが、片付けるのを止めて星野の前へと歩み寄る)

仁科:

カウンセラーとしてアドバイスしてあげる。あなたは10代の頃にいろんな目に遭って、いろんなことを強要されて、自己崩壊しないように、自分のやりたいことを他人のそれに当てはめちゃう癖をつけちゃったのよ。早く、自分の本当にやりたいことを見つけないと、そうしないといつまでも他人から強要された人生を送ることになっちゃう。

星野:それでもいいかなって。
仁科:じゃあ、好きにしたら。

星野:仁科先生は、怖いものがあるとすぐ逃げるんでしょ?



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虐待が日常の強制収容所のような家庭で育ち(https://ippunkan.blog.fc2.com/blog-entry-443.html)、いつも両親の顔色を窺って生きてきたぼくは、理想のこどもになるよう叩き込まれることを従順に受け入れてきた。

逆らえば虐待の雨が降ってくるのだから、それがどれだけ理不尽なものであっても受け入れる。相手に合わせる。それが、親を選べない、親の庇護を受けなければ生きていけないぼくに残された唯一の方法だった。

ドラマの中でスクールカウンセラー星野が語っていたように、『我慢するとかじゃなくて、嫌だって思わないんです』そう思うことで自己崩壊しないよう、こどもながらに身に着けた生き地獄を生き抜く術だったのだろうと思う。『仁科先生は、怖いものがあるとすぐ逃げるんでしょ?』嫌だと思わないことで、恐怖に立ち向かっていたんだと思う。


心療内科医 海原純子(うみはら じゅんこ)さんが毎日新聞朝刊日曜版別刷りで連載しているエッセイ『新・心のサプリ』。

『「無念さ」の活かし方』と題された回で、医学生時分と医師の今の論文執筆環境、定期的にライブを開いているジャズボーカリストを巡る環境の変化。特にインターネット環境の有無、チャンスや手を差し伸べてくれる人の有無に想いを馳せ、最後をこう結んでいた。

「無念さ」の活かし方:新 心のサプリ – 海原純子のHarvard Diary
http://www.umiharajunko.com/blog/archives/5470(記事はクリックで拡大表示されます)



「あの時、こうだったら」人生はかわっていたのに、と思うのはないものねだりで、言い訳だ、とされている。「あの時、こうだったら」というのは、その時、その人が切望した何かだろう。「それはできないことの言い訳です」というのはもっともかもしれないが、私自身は、切望した何かを得られなかった人の無念さを共に味わえる人間でいたい。それが自らの「無念さ」の活かし方だと思っている。



ぼくにとっての『あの時、こうだったら』とは、虐待のない世界であり、強要のない人生だった。立ち位置を巡ってこだわりがぶつかった時あっさりと引っ込めてしまうのも、幼少期から青年期にかけて受けた虐待の陰。無念さだろう。

でも、それが今も『我慢するとかじゃなくて、嫌だって思わないんです』なのかと問われたら、違う。自暴自棄ではない。絶望でもない。『我慢するとかじゃなくて、嫌だって思わないんです』の先。未来に向けてなにかが生まれる予感がするものへと昇華しているから。


他人からの強要をひらりとかわす。
ぶつかりをクッションのようにふんわり包み込む。
温かい波へと変えて、相手に、よのなかに送り返す。


それが、ぼくの、おとなの『無念さの活かし方』だと思っている。



Photo:CNV000015 By:vic xia
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