~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~

誰もが通り過ぎていく日にぼくだけは立ち止まりたい

Photo:Crowded rainy afternoon By:angelocesare
Photo:Crowded rainy afternoon By angelocesare



You are the reason why I write. あなたがいる、それがわたしの書く理由。
Donna Jo Napori (ドナ・ジョー・ナポリ)http://www.donnajonapoli.com/about.html



     白色の自己主張 ~ 何色にも染まるたおやかさ 染まらない凛凛しさ ~



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サヴァン症候群による驚異的な記憶力で、人体のあらゆる器官、膨大な医学書や論文、患者情報などを瞬時に暗記し、データベースのように自在に操る。人体のあらゆる器官の構造を立体的に把握する次元変換能力(=空間認識能力)。それらを組み合わせ、体に触れただけで体内で起きている異常を探知する能力を持つものの、自閉症で、どこか挙動不審な様故に偏見にさらされ、病歴を理由に医師国家試験合格を取り消された。

それでも小児外科医を目指す幼少期のある想いを胸に、赴任予定の病院に於ける採用反対。他者への共感力に欠け、デリケートな患者を前にして思ったことをストレートに口に出すトラブルメーカー。切迫した患者を前にした時に起こる極度の緊張でパニックに陥るなど自身の弱さを乗り越え、支えてくれる人たちの後押しによって成長していく姿を描いたドラマ

韓国版グッド・ドクター(主人公はパク・シオン)
http://www.bsfuji.tv/gooddoctor/

アメリカ版グッド・ドクター(主人公はショーン・マーフィー)
https://dramanavi.net/special/sp-149-good-doctor/

日本版グッド・ドクター(主人公は新堂湊 しんどう みなと)
http://www.fujitv.co.jp/gooddoctor/


幼い息子を事故で亡くしたものの、警察との軋轢で事件をうやむやにさせてしまったことから、どんな手段を使ってでも依頼人の利益を勝ち取るよう変貌した遣り手の弁護士 本庄英久(ほんじょう ひでひさ)。

とある案件で、アルツハイマーの症状が現れたことを病院や同僚らに知られたくない医師を暗に揺さぶったところ、その医師が自殺してしまう。いつもの狡猾な手法だったが、自分の言動でひとりの人間を死に追いやってしまった。衝撃に揺れる最中、皮肉にも本庄自身が若年性アルツハイマーであることが親友の脳外科医から告げられる。

遣り手のプライドから、疲れているだけだからと決して認めたくない本庄だが、息子が事故で亡くなった日を忘れるなど消えていく記憶に抗いながら、どれだけ無様であっても自身の尊厳を守ろうとする姿を描いたドラマ、自身の人生でなにを残したいのか問うていくドラマ

フジテレビ ONE/TWO/NEXT×J:COM共同制作連続ドラマ『記憶』
http://www.kioku-drama.jp/index.html


一度眠るとその日の記憶がすべてリセットされる。
(こうなる数年前までは憶えていてその時点までリセット)

それ故、秘密保持は最高レベル。
それ故、どんな事件も一日でスピード解決。

それ故、事前予約は受け付けない。
それ故、報酬は当日現金払い。
それ故、腕や脚に自分への置き手紙(黒のマジックでメモ)。

それが、ドラマ『掟上今日子の備忘録』主人公
置手紙探偵事務所所長 掟上今日子(おきてがみ きょうこ)。
http://www.ntv.co.jp/okitegami/


記憶がリセットされるために一度眠った後の今日子には、見るもの触れるものすべてが新鮮に映って羨ましいなと思った。長く生きれば生きるほど、こどもからおとなになるほど、新鮮さを失ってしまうものだから。

でも、彼女にとっての『今日』は、どんなに望んでも眠れば消えてしまう儚いもの。一方のぼくは、サヴァン症候群ほどではないが卓越した記憶力(元SMAP草彅剛【くさなぎ つよし】さんが演じた『スペシャリスト』シリーズの宅間善人【たくま よしと】に近い)を授かり、彼女とは正反対。ぼくにとっての『今日』は、どんなに望んでも決して消えない永遠のもの。


『忘れてしまう』って幸せなんだろうか。
『憶えていられる』って幸せなんだろうか。


『記憶』を巡るドラマを観ていると、考えさせられる。






東京 ←→ 名古屋
日本 ←→ アメリカ

13年間の遠距離恋愛の末婚約した愛しき女性を、挙式直前に病気で亡くした。
もう何年も前のことだ。

13年という時間は数字で見れば13年だけれど、ぼくらにとっては13年ではなく、もっともっと濃密で、花も嵐も踏み越えた仲、生涯を共にした伴侶と言ってもいいくらいだった。それほどの人だったから、一生分の恋愛をしたと思っていた。『もう人を好きになることなんてないのかも』『もう人を愛することはできないのかも』とまで思ったほどの喪失感だった。

後追い自殺を考えるほどの喪失感で、その後ご縁あっておつきあいする女性に恵まれた時には、『ぼくだけが幸せになっていいんだろうか』悩み苦しむことになる。


なんの因果か両親から卓越した記憶力を授かり、卓越した記憶力故に彼女と過ごした日々をありありと憶えているからこそ『ぼくは幸せだったな』と思えるけれど、憶えているからこそ『ぼくだけが幸せになっていいんだろうか』悩み苦しむことになる。


『忘れてしまう』って幸せなんだろうか。
『憶えていられる』って幸せなんだろうか。

なぜ忘れない?
なぜ憶えてる?

自問自答の日々が続いた。



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彼女を亡くしてから毎年命日には、欠かさずお墓参りに出掛けている。

亡くした当初、ぼく以上に喪失感がおおきかったのは彼女のご両親。特にお父様は当初遠距離恋愛に猛烈に反対していたこともあって、心臓に持病を抱えていた彼女が亡くなった一因に『遠距離の移動が身体に負担をかけたのではないか』と思っていた。

実際はどうかは判らない。
ただ、やり場のない哀しみの矛先をぼくに向けるしかなかったのだろうと思う。


亡くなった翌年の命日。お墓参りに出掛けた時、実家に立ち寄ってご挨拶をしてからと思ったが、あいにくお父様は外出していた。それではとお墓参りを終えてからお父様にはご挨拶をと思い、墓前で静かに手を合わせていると、いきなり頭から(手桶に入った)水を掛けられた。

振り返るとお父様が立っていて、『なにをしてる』『此処は君の来る所じゃない』『帰れ!』取り付く島がない。問答無用で、ものすごい剣幕で怒鳴られた。

その後も同じようなことが続き、献花しようと持って行ったお花を取りあげられ、それで顔をはたかれたり。ぼくも彼女も好きだったチーズケーキをお供えしようと持って行ったら突き返されたり、目の前で踏みつけられたりといった日々が続いた。


でも、何年かしてお父様の心も落ち着きを取り戻したのだろう。
雪解けの足音は、何度目かの彼女の命日を前にした日だった。

突然の連絡はいつものお優しいお母様からではなく、まさかのお父様から直接。
『行けません』とは言えず、おうちへお邪魔した。


お母様が間を取りもってくれたものの、なにを言われるのやらと戦々恐々。
しばし湯気が立ちのぼるお茶を挟んで、息苦しくなるほどの沈黙が続いた。

どれだけの時間が流れただろう。
もう窒息しそうと思った時だった。

お父様がふとお母様の顔を見遣り、『すまなかったねぇ・・』絞り出すように言われた。


長年のお父様の想いが詰まっていた。
余白に、言葉にならない想いも詰まっていた。


このひとことをどれだけ待っただろう。


彼女は生前、自分になにかあった時のことを心配していた。ぼくが彼女の背中を押したことで国際弁護士になる夢を叶えることができたけれど、ぼくが背中を押したことでいつか苦しい立場になりはしないかと。

長かった。
天国から心苦しく見ていたことと思う。
でも、これでようやく彼女にも微笑みが戻ると思った。

『おとうさん』
ぼくがまたそう呼べることを、きっと喜んでくれていると思う。


それからぼくは毎年命日にご家族を囲んで、彼女のことを話せるようになった。



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いつだったか、そうして話していた時だった。
お父様がこんなことを言ってくださった。


『憶えていてくれてありがとう』
『また話しに来てくれるかい?』


この時のご家族の嬉しそうなお顔を見て思った。

卓越した記憶力故に、ご両親や天国の彼女も望み、喜んでくれているあたらしいパートナーと出逢えた今も彼女のことを忘れることはない。卓越した記憶力故に愛した日々が蘇り、『ぼくだけが幸せになっていいんだろうか』悩み苦しむ。いっそのこと記憶が消えてくれればと何度思ったことだろう。頭に衝撃を加え、記憶を司る場所にダメージを与えたり、栄養失調になれば消えるのではと考えてみたりもした。

でも卓越した記憶力故に、特に視覚優位でまるで映画やドラマを撮影するかのように彼女と過ごした日々を映像としてすべて記録できるからこそ、ぼくはいつだってありありと彼女を思い出すことができる。在りし日のことを。

それは、ご家族が知らない彼女の姿。
ぼくだけが知っている彼女の姿。

たとえ家族とはいえ、四六時中一緒に居るわけじゃない。家族と一緒に過ごしていない時、どんなふうに生きてきたのか。どんな想いを抱き、どんな言葉を紡いできたのか。どんなことに喜び、どんなことに怒り、どんなことに哀しみ、どんなことに楽しみを見出してきたのか。ぼくも四六時中一緒に居たわけではないけれど、ぼくだけが語れることがあるのだと思った。


憶えているからこそ。



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亡くなると、いつしか哀しみの海から誰しもそれぞれの日常へと戻っていく。
歳月の流れと共に、忘れられていく。
良いことではあるけれど、偲ばれないのは哀しくもある。

彼女のことを憶えている人がひとり、またひとりと減っていくことは、ご両親にとって彼女が消えていくようで堪らない気持ちになるのだと、この前お逢いした折こぼしておられた。

遠くない未来に、ご両親も居なくなるだろう。
娘のことを憶えている人が居なくなるかもしれない。

そうした想いが毎年命日に欠かさず上京して語らう時、今以て癒えることのない喪失感の中で『確かにこの世にあの子は居たんだな』実感できるのだと話してくれていた。


今から23年前に末期がんで他界した母も亦同じだろうと思う。

去年末。父の四十九日法要と併せて母の二十三回忌法要も執り行ったが、あれから23年が経ち、母のことを憶えていない人の方が多くなってしまった。去年末期がんで他界した父も、今はまだ憶えていてくれる人の方が多いが、やがてその存在も記憶の彼方へと消えていくことだろう。

写真の人になってしまうだろう。


卓越した記憶力は、グッド・ドクターの主人公が幼少期父親から受けた暴力のようにぼくが幼少期から青年期にかけて受けた虐待の傷(https://ippunkan.blog.fc2.com/blog-entry-443.html)を癒えさせないが、この世に送り出してくれた恩と恨み辛みは別だ。


それぞれの命日。
誰もが通り過ぎていく日に、ぼくだけは立ち止まりたい。