白色の自己主張

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『ありがとう』のない家庭で育ったオレと『ありがとう』の溢れる家庭で育った彼女

キリトリ
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Photo by Wilhelm Gunkel

両親から虐待されて育ったオレには、『ありがとう』なんて感情が無かった。『ありがとう』なんて言葉が無かった。


先日、ガールフレンドとごはんに行った時だった。お会計を済ませ、『ちょっとぶらぶらしない?』彼女に誘われ、春に浮き立つ街を歩いた。

彼女が言った。

          *

迎えてくれた店員さんに『ありがとう』。席へ案内してくれた店員さんに『ありがとう』。メニューを持ってきてくれた店員さんに『ありがとう』。オーダーを取りに来てくれた店員さんに『ありがとう』。メニューを返す時にも『ありがとう』。料理を運んでくれた店員さんに『ありがとう』。食べ終えたお皿を下げてくれる店員さんに『ありがとう』。お水を注ぎに来てくれる店員さんに『ありがとう』。お会計でお釣りを受け取る時に『ありがとう』。お店を出る時に『美味しかったです。ありがとう』。お見送りしてくれた店員さんに『ありがとう』。

下げやすいようにって、お皿を通路側に寄せたわたしにも『ありがとう』。そうそう、隣のテーブルに居た女の子が、『なんであのおにいちゃん、ありがとうって言ってるの?どっちもお店の人みた〜い』って、笑ってたよね。

ヒロくん、出逢った頃『ありがとう』って言ったことなかったけど、今じゃわたしの方がヒロくんに釣られて『ありがとう』って言ってるよね。こんなことにも『ありがとう』って言うんだって。

          *

彼女はこんなふうに言ってくれたが、こちらこそ『ありがとう』なんだ。どんなちいさなことにも『ありがとう』を欠かさない。そんな彼女のことを心底素敵だと思ったし、いつしかオレも、真似して言うようになっていたんだ。


いつか『この命にありがとう』と言える日が来たらいいなと思っている。

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  • posted by コウノトリの噛み痕