白色の自己主張

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一生のうちで何度母と呼べるだろう 呼んだだろう

キリトリ
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Photo by Kelly Sikkema

火曜スペシャル BSジャパン開局15周年特別企画
山本周五郎人情時代劇 第一話『なみだ橋』
https://www.bs-tvtokyo.co.jp/yamamotoshugoro/01.html

腕の良い大工である新吉は、幼なじみのお仲と、お仲の父で岡っ引きの仁右衛門が気に掛けるなか、悪事に手を染める一味 佐助にそそのかされ、賭場に入り浸る日々を送っていた。

今までは賭場に岡っ引きが踏み込んでも、賭場を仕切る者の案内で運良くお縄になることを免れていたが、あるとき、よりによって気に掛けてくれている仁右衛門によってお縄にされてしまう。

額を畳にこすりつけて詫びる新吉。

本来なら牢屋に連れて行かれるところなのだが、仁右衛門は温情を掛け、条件付きで新吉を放免する。その条件とは、幼い頃の叱責が原因で失踪した盲目で独り身の老女 お兼の息子 次郎吉のふりをすること。

新吉は早くに母を亡くしており、賭場のことなどで孝行できずにいた。そんな過去を抱える新吉に親孝行の機会を与え、まっとうに生きることを願ったのだった。


お仲と仁右衛門が変わらず気に掛けてくれるなか、ウソをついていいのか、いつかバレるんじゃないかと戸惑いながらも新吉は、お兼と一緒に暮らし始める。

自分の叱責が原因で失踪したことをずっと後悔していたお兼が、ある日突然現れた新吉を、ひょっとしたらもう気づいているのかもしれないなかで、本当の息子のように接してくれる、本当の息子のように愛情を注いでくれる姿に、新吉は自身の母が重なり、やがて本当の母のように大切に想い慕っていく。


親子の中を裂こうとする、どんな悪事の誘いがあっても。


久方ぶりに観ていて、こみあげるものがあった。新吉が、お兼のことを、『おっかさん』と何度も呼ぶのを観て。


かあさん
おかあさん

おふくろ

そして、母の名前。

一生のうちで、何度呼べるだろう。
一生のうちで、何度呼んだだろう。


今から25年前に、末期がんの母を看取った。

親子でいられる時間は、短い。
共に生きられる時間は、短い。

位牌に向かって呼びかける『母』は、淋しい。
けれど、これからも呼び続けるだろう。
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  • posted by コウノトリの噛み痕